MISSION09:木星帰還者保護任務(後)
「……お菓子って、ただ甘いだけじゃなかったんですねぇ」
気が付けば、アグラインが用意した3皿分の菓子はペロリとディサイドの腹の中に消え去っていた。薄くスライスされたナッツが飾られたフィナンシェ、柔らかい口どけのシフォンケーキ、チョコレートの香りが鼻をくすぐる生チョコタルト。
これまでディサイドが口にして来た、とにかく密度が高く、何より輸送効率を重視してパッケージングされていた甘味とは次元の違う味わいを口中に叩き込んでくる。
「まぁ、市販品とは掛けたコストが違うよ」
アグラインの浮かべる笑みからは、彼が生来持つであろう高慢さを突き抜けて。この部屋に積み上げられた本を誉められた時と同じ、純粋な喜びが伝わってくる。
「しかし、まぁ…… 随分と面白いミッションをこなしているよ」
読書を止め菓子を食べ始めてから30分、既に話題は
「多少割が悪い感じはしますが、普通の範疇じゃないですかね?」
ディサイド本人としては、何度も無茶を通したが。無理を通したことはない。ただ自分がやれて、やりたいと思った事をやっていただけで。不可能な事を可能するようなことはしていないのだから。
「いやぁ、可能なら
自分だけの問題なら別に公開しても構わないのだが。どうしてもそんな事をしてしまえばアイリスの存在が表に出てしまう。
「流石に、企業秘密って事でお願いします」
「うーん、分かっていたけど残念だねぇ。まぁ話が聞けただけで充分か」
「……こっちの手の内を、読めたって事ですか?」
流石にそれは困る。アイリスのことは隠して話したつもりだが。それでも数百年単位で
「いや、普通に話していて楽しかったって事だよ」
アグラインは改めて、紅茶をポットから注ぎながら言葉を続ける。
「確かに君の実力は目を見張るものがあるし、個人として好感を持っているが」
ディサイド自身、自分を無力だとは思っていないが。それでもここまではっきりと実力を評価されると嬉しさよりも気恥ずかしさが強く出るが。
「それはそれとして、絶対に替えの効かない才能でもない」
続いた言葉で、少しだけ浮かれていた気持ちが小さくなった。それは当たり前の話であり。自分より腕利きの
「そもそも君と同等、いやそれ以上の才能を持った人間すら作り出す事は出来る」
確かに、
あるいは莫大な演算力を注ぐことで、局所的にローカルネットワーク内の主観時間を加速。物理時間で1秒も満たない間に、ディサイド以上の操縦技能と
「ただ、それは可能ではあるけれど。そうやって作られた人間が」
けれど、アグラインはこれまで積み上げた言説を全てひっくり返して。
「君と同じ選択を選び。同じ成果を上げられるかは別の話だよ」
怪しく、そしてやさしい笑みをディサイドに向けて来る。その表情は顔かたちは全く違うけれども。記憶の中でぼんやりとしか思い出せない父のそれと似ているとディサイドには思えた。
「……何というか、ものすごく俺を持ち上げていますか?」
「勿論! まぁ多少、私の周りにいるスペックだけは高い人々を貶めたがね」
確かに、今のアグラインの言葉には多少の棘が含まれていた。数百年を生きるならば。変化よりも安定を望む人間の方が多くなるのは道理であり。
「そういう意味では、失礼な事をしてしまった」
確かに、誰かを誉めるときに。他の誰かを貶める事は良い事とは言い難い。
「そりゃ、人の上に立ってたら。少しくらい愚痴を言いたくなることもあるでしょ」
ディサイドは安定した選択は必ずしも悪ではないとは思う。けれどその上で木星開発なんてチャレンジを行い続けているアグラインは、そういった性質を好ましくはないと思う事も理解することが出来て――
「3%くらいは、俺にだって分かるんじゃないかなって」
何より、ディサイド自身も。
「くくくくっ! いいねぇ、いいねぇ! ディサイド君!」
「まぁ、そういう類の愚痴は俺みたいな奴に零して下さいよ」
最初の印象こそ、馴れ馴れしいと良くはなかったけれど。アグラインとの雑談がそれこそアイリスとの会話と同じくらい続けていたいと思える位には好感が高まっていることを自覚する。
「ふむ、一種のカウンセリングに近い効果もあるしね…… 欲しいものは?」
「今日みたいに、紅茶とお菓子が欲しいですね」
そう返した後で、ディサイドはこういう時にあまり安いものを頼むのはマナーとして良くないとアイリスが言っていたのを思い出した。
ライテック社で生産されているAMのパーツでも頼んだ方が良かったのかもしれないと少しだけ後悔をしてしまう。しかし、もう一度こうしてティータイムを楽しみたいというのは間違いのない本心であることは確かであった。
「本当に…… 嬉しい事を言ってくれるねぇ」
ただ、アグラインの顔を見る限り。お手製の紅茶とお菓子をリクエストしたのは自分にとっても彼にとっても悪い事では無かったらしい。
「いやぁ、君と話していると古い友人を思い出してしまうよ」
「俺みたいな知り合いが、居たんですか?」
意外だとは思わなかった。アグラインという男は敵を作りやすいタイプで間違いないが。自分のように波長が合う相手とは、とことん仲良くなれるタイプであると少ない時間で充分に理解出来ている。
「まぁ、最初に言っていた下心って奴だね」
少し、喉が渇いたので。ディサイドはまだカップに残っていた紅茶を口にする。少し冷めているが合成コーヒーや、ミネラル入りのスポーツドリンクとは違う。純粋に娯楽としての香りと味が口の中に広がっていく。
「モカ・マーフ、生まれてからずっと、一緒に過ごしてきた幼馴染さ」
寂しさと、懐かしさを込めた視線を。アグラインは書斎の一角に目を向ける。題名から見るに幻想小説の類が並んでいるスペースだろうか。
「どこかぼんやりとしていたが、ジャンルは違うが私と同じで本が好きでね」
たぶんアグラインの親友は、いつもあそこで本を読んでいたのだろう。あるいは今のディサイドと同じように一緒にティータイムを楽しんでいたのかもしれない。
「15年前、ユニティのネットワークからの接続を断って行方不明」
「それを、俺に探して欲しいってのは150%筋が通らなくないですかね?」
15年前となると、ディサイドは物心すらついていない。ただただ荒野を父親と共に歩いていた。そんな記憶がぼんやりと残っているような気はする。
「最後の
「まぁ、生まれてから18年間。ずっとアキダリアで生きてきましたが」
それならば人探しは地元の人間にやらせるのは理にかなっているし。丁度オリンポス杯で準優勝者のチームにアキダリアで活動している
「あと、ディサイド君と同い年位の子供を連れていた記録もある」
「その子供が、僕だと?」
「生きていれば丁度、ディサイド君くらいの年になるね」
ただ、その言葉にはあまり熱や期待はこもっていなかった。
「いや、まぁ流石に君が彼の息子だなんて。そんな都合のいい事は期待してないよ」
確かに、そこまで物事がトントン拍子に繋がるのは物語の中くらいだろう。
「アキダリアで
アグラインの期待は理解出来る。しかしそれはそれとしてディサイドの知り合いの中に、
そもそも、ちゃんと生きていて連絡が取れる知り合いの数は
「……その、写真を。モカ・マーフさんの写真はありますか?」
「ああ、あるよ。運が良ければ君が直接の知り合いなんて可能性もあるからね」
すっと彼は端末ではなく胸元から写真を取り出してディサイドに手渡してくる。
今と同じ赤髪と眼鏡、そして白衣を纏ったアグライン。そして彼の隣に立つのは黒いロングコートと、あまり手入れがされていない長い黒髪が印象的で。無表情だがアグラインと並んでも見劣りしない男が少し色あせた写真の中に納まっていた。
「若い、けど。これは」
「……もしかして、見覚えが。あるのかい。ディサイド君?」
「父さん、だと。思います」
長い黒髪も、黒いロングコートも。ぼんやりとした記憶に残る父親の姿と一致しているけれど。そもそも息子に自分の名を明かさない、どうにも掴みどころがない人間なのだ。絶対にそうかと問い詰められれば自信はなくなる。
「確実に、とは言い切れない感じか? いや、それでもいい、今彼は――」
先ほど物語のようだと否定した内容が、現実的な可能性として浮上してきて。アグラインは机から身を乗り出し、キラキラとした目を向ける。だがディサイドは彼からの大きな期待に応える事は出来なかった。
「……その、10年前に」
ディサイドの一言で状況を察して。ぷつりと電源が切れたように、アグラインの顔から表情が消えた。これまでくるくると浮かんでいた笑みは消え去り。まるで蝋人形のように生気が失われている。
「死んだ、のかい?」
「確実に父がモカ・マーフだとは断言できませんが、俺の手で埋葬しました」
「そう、か…… そうだとしたら。今まで見つからなかったのも筋が通るか」
くるりと、赤毛の男は椅子を回してディサイドに背を向ける。大きな背もたれはそれなりの背丈があるアグラインの全てを隠してしまう。
「今、さっきまで最高の日だと思っていた――」
まるで
「いや、ディサイド君。君と出会えたことは本当に、今でも嬉しいと思っている」
間違いなく、その震える声には。ディサイドとの出会いへの喜びは含まれている。けれどそれ以上に自分の親友が恐らく死んだであろうという事実に対する悲しみが隠し切れない程にあふれていた。
「たぶん、モカのことだ。ストレージに記憶を残してもいないんだろう?」
一瞬、アイリスが入っているデータストレージに言及されて少し緊張するが。言葉以上の意味はなさそうだ。純粋にモカ・マーフという人間は自分の記憶や
「……はい、ここで終わりならそれでいいと」
本当に、無責任な父親だと思う。もしもアイリスと出会っていなければ自分はどうなっていただろうか? 多くのものを彼から貰ったのは事実。けれど、それでも、もっと、いっぱい父親らしいことをして欲しかったとも思ってしまう自分がいる。
「ねぇ、ディサイド君…… 今私は、友達相手に見せられない顔をしているんだ」
彼の声は震えていた。ディサイドだって父親が死んだ日には涙の一つは流したのだから。自分よりもずっと長い時間を共にしたアグラインだって同じように、いやもっと多くの涙を流すのだろう。
「すまない、本日の
「後日、また別口で依頼を頼ませて欲しい―― 2~3日後になると思う」
「しばらく予定は開けておくんで、落ち着いたら連絡を下さい」
その上で、彼は効率ではなく故人を悼む為に時間をかけようと決めたのだろう。
それは一般的に考えるなら無駄と呼べるのかもしれない。
けれど、本が積まれたオフィスから外に向かうディサイドから見れば。そういうあり方は好ましいものだとそう思えた。
□□□―――RESULT―――□□□
MISSIONRANK:S+
整備費:-1000CASH
弾薬費:-500CASH
事後報告:5000CASH
依頼報酬:20000CASH
収支合計:23500CASH
□□□―――STATUS―――□□□
ユニティ登録番号:個人情報により非開示
ユニティ登録名称:ディサイド
所属:傭兵組合
傭兵登録番号:0874
性別:男
年齢:18
総資産:117490CASH
・所持スキル
AM操縦免許
傭兵免許
基礎電脳操作技師
読書家≪NEW≫
・コネクション
No.7787:ニアド・ラック
No.0666:ブロッサムストーム
No.0278:ジャック
未登録傭兵:ヤンスド・ナンデーナ
ユニティ自治区:ゲッカ・シュラーク
ブルーレイリー社:リリル・レイリー
ライテック社アキダリア支部:アグライン
・実績
オリンポス杯完走
・保有装備
ウェポン:
ウェポン:
ウェポン:
ウェポン:
ウェポン:推定超高出力レーザー砲(未鑑定)×1
ウェポン:
ウェポン:
ウェポン:
ウェポン:対ビームコーティングマント(ノンブランド)×1
ウェポン:シールドユニット(ノンブランド)×2≪NEW≫
・メインAMアセンブル
ヘッド:コンツェルト(ライテック社)
ボディ:コンツェルト(ライテック社)
レッグ:コンツェルト(ライテック社)
・予備パーツ
ヘッド:レイヴ(ライテック社)
レッグ:レイヴ(ライテック社)
レッグ:オーガ(マグガイン社)
To be continue Next MISSION……
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