MISSION10:モカ・マーフ捜索任務(3)



「貴方が、村長さんの言っていた傭兵さん?」



 かつて、ディサイドが父親を葬った。ゴミ捨て場よりもマシだった墓場と呼ぶことが憚られる場所は、死者を弔うに相応しい整った墓地となっていた。



「ああ、そうだけど―― この墓標は」



 赤茶けた土に突き立てられた墓標は、新しいものほど整ったものとなり。その一つ一つに番号が振られている。



「生きている間は、もしかするとユニティの試験に通るかもしれないけど」


「死んだら、もうその心配はないから。番号が振れるって事か」



 それは、番号ナンバーを持つことが出来なかった未登録の市民にとっては最上の弔いであると理解出来る。



「ここの管理は、君…… いや、貴女が?」



 墓守の少女は、レイブ乗りの少年がアイドルと呼ぶのが分かる程には。人を引き寄せる魅力を持っていた。遺伝子を調整したことを示す桃色の髪と、ディサイドより頭一つほど低い背丈は彼女に十分な愛らしさを与えている。



「へへへ、凄いでしょ?」



 その上で樹脂人形レジンドールには存在しない、調整が不足している大気の中で過ごした年月によって肌に刻まれた細かな傷跡。あるいはそれ以外の何かが。


 彼女が少女として生きる事が出来た筈のモラトリアムを終わらせて、大人としての落ち着きを与えているのが分かる。



「まぁ、街の皆にも手伝ってもらってるんだけどさ」


「そうやって、助けてもらえるのも180%墓守さんの力だろ」


「変な言い回しだけど、誉めてくれてるのは分かるよ。傭兵さん」



 墓守の彼女は、古の修道女を思わせる衣服を纏っていて。恐らくは薄手の対環スーツの上からわざわざ布の服を着ているのだ。


 そんな手間を許され、直接的な生存とは無関係な墓守という仕事で生計を立てられている以上。多くの人が彼女の在り方に賛同しているのだと予想が出来る。



「だけど、なんというか。昔聞いたことがあるような?」


「そりゃ、何年か前まで。俺はこの街に住んでたし――」



 もしかしたら顔を合わせた事もあるのかもしれない、そんな言葉を続けようとした次の瞬間。とんでもない大きさの音が墓守の家から響いて会話の流れを断ち切った。


 弾丸の音でもない、爆発の音でもない、いや爆発的な音なのだが。それでいて身の危険は感じず、しかし危機感を煽る。恐らくは―― 泣き声だ。



「っと、ちょっとミルクを上げてこないと。しばらくお花でも見ててね傭兵さん!」



 ぱたぱたと、慣れた空気で墓守の彼女は家に向かって翔けていく。



「なぁ、もしかしてこの声って――」



 いつもの首に下げたストレージではなく、リストバンド型の端末に向けてディサイドは話しかけた。



『……ホモサピエンスの、赤子の声ですね』



 この時代、この世界において。人間の生まれ方は一つだけ。ただユニティが用意したテストに合格することだ。主観クオリアを持ち、人間としての知性を持つことを証明した時に初めて公的に人間として認められる。



「よく、分からないんだけどさ」



 そう、だから赤子の声なんてディサイドは聞いたことはない。いや、もしかするとあるのかもしれない。少なくともかつてスラムだったこの街でも人が生きて、一定の社会が成り立っていた以上。子供が生まれることだってあったはずだ。


 けれど、赤子の声に気を止められない程に。ここで生き抜くことは厳しかった。たぶん赤子の声を聴いた回数よりも、自分より年下の子供の死体を見た回数の方がずっと多い人生を送ってきたのだから。



『別に、無理に言葉にする必要はないと思います。相棒バディ


「そう、かな。いや、そうなんだろうな」



 その気になれば、十分なコストが支払えるのであれば。いや生身フレッシュの肉体に拘らないのであれば。それこそ今の時代において一度ユニティに登録された人間は、ネットワークの上でどこまでも死なないままでいる事が出来る。


 だから、無理に子を産み育てる必要もない。


 そもそも、主観クオリアテストに受からない知性未満の存在を。わざわざリスクを背負って産み落とすことが問題であるという意見すら極論であれど存在している。


 けれど、それでも。


 この街で赤子が生まれ落ちて、その上で愛されて育っているという事実を知った瞬間に感じた気持ちは決して嫌悪ではなく。


 言葉には出来ない感情を抱いたまま周囲を見渡せば、風に何かがそよいでいることに気が付いた。



「あれは―― 植物?」



 アグラインのオフィスで読んだ幻想に満ちた植物について思い出す。けれど今この瞬間に。この火星ほしに吹く風を受けているそれは確かに存在している。



『ディサイド、リストバンドのカメラを向けて貰っても?』



 墓地を囲むように植えられた白い花弁を持った花に、リストバンドのカメラを向ける。少しコンツェルトとは距離があるが。映像もどうやら問題なく繋がった様だ。



『コスモスですね、そもそもテラフォーミングが不十分な状態でよくもここまで』



 この花もまた、幻想なのかもしれないと。ディサイドは思う。確かに今ここに存在はしているが。しかし誰かが、恐らくは墓守の彼女が手をかけ世話をしなければあっという間に枯れて消えてしまうのだろう。



「まったく、親父は…… 良い場所で眠っているんだな」



 かつて、晴れた日に。赤茶けた土を一人で掘り返した記憶を頼りに。モカ・マーフという名前だった自分の父親の墓を探す。随分と記憶と違った光景に暫くくるくると彷徨う羽目になったが。その時間は悪いものではなかった。


 古い墓も、改めて墓標を立て直し埋葬したのだろう。もしかすると場所が変わっている可能性もあるかもしれないと考えるが。しかし新しくなった墓標も記憶と同じように並んでる。



「……たぶん、ここだな」



 遠くに見える山の、ついでに巨大な廃棄ドームの位置。記憶と同じ場所に、新しい墓標が立っていた。番号は155、ディサイドが父親を葬った時点で百人以上の人々が弔われていたのかと少しだけ驚いた。



『実際、ここで間違いないのですか?』


「場所が変わってるって可能性も、100%無いとは言えないけど」



 それでも大きく場所を変える事は無いだろうと、ディサイドは雑に手を合わせた。ついでに周囲の墓にも頭を下げておく。詳しい話は墓守の彼女に確かめるとして今はこれ位の弔いで十分だろう。


 一応自分を育ててくれて、愛があったとは思うけれど。結構雑に育てられたのも確かなのだから。



「しかし、墓を掘り返すことになるのか」


『ここまでしっかり管理されていると、それは少し憚られますね』



 さて、どうしようかと悩みながら眺めた空は。今のディサイドの心と同じくらいに青く晴れ晴れと広がっていて。もう少しだけ無駄に悩んで時間を過ごすことにした。


 今この瞬間くらいは、登録傭兵マーセナリーズではなく。死んだ父の墓参りをする息子でありたいと思えたのだから。



◇◇◇ Boy thinks of life on mars...... ◇◇◇

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