CHAPTER-03『Returnee to the past』

MISSION09:木星帰還者保護任務(前)


「――なんかこう、夜空って綺麗なんだな」



 二つの月フォボスとダイモスが見下ろす夜の荒野を、蒼いコンツェルトで駆け抜けて――



『かつて、地球では百万ドルの夜景。などという表現がありましたが』



 対レーザーマントをなびかせながら、目前に展開する10機近い空戦ドローンと、3両の重戦車タンク。そしてレイブベース3機、そしてそれらを指揮するオークベースが1機。ちょっとした小隊規模の戦力相手に正面から強襲を仕掛ける。



「ふぅん、で1ドルって今の価値にしていくらなんだ。アイリス」


『世界通貨がCASHに統一されてから、1000年はたってますので』



 空戦ドローンに対して、重機関銃ヘビィガーランドを向け発砲。


 普段は重自動拳銃ヘビィモーゼルで放つ大型の弾丸を、景気よく敵陣に向けて叩きこめば。銃身バレルが長い分、ロックオンしなくとも気持ちよい感覚で敵に向かって火線が伸びていく。



命中確認ヒットチェック、空戦ドローン5機撃。コスパは、良くありませんか』


「敵を倒して、先の有利を買えるなら。多少の弾代は安いだろってね!」



 操縦席にまで届く重低音と共に弾幕を張って。迫ってくるレイヴから距離を取る。

速度と機動力でにおいては有利を取れているけれど。それでもこの数の敵を相手に何も考えずに突っ込めば装甲が蜂の巣ハニカムになるだろう。



「しっかし、こいつら野生のレイヴでございって顔してるけれど――」



 野生のAIは、人類に次いでこの火星ほしで反映している生物である。少なくとも人類に頼ることなく、自立した生存権を確保していることは間違いない。


 けれど実際にミッション中に襲い掛かってくる物は殆どが厳密には野生のAIではなく。少なくともレーザーではなく規格化された弾丸が必要な火器をもっている連中は、十中八九野生のAIのふりをしている無法者アウトローの類だ。


 あるいは、身分を隠した登録傭兵ナンバーズの可能性もあるが……



『なんにせよ、ユニティの法を気にせず倒せる相手です』


「……そうだけど、そこまで割り切っても倒すのも違う気がするな」



 この火星ほしにおける野生化したAIの定義は、ユニティという人類の社会と無関係に生存し、対話が不可能な存在を指し示す。知性や主観クオリアの有無は考慮されない。



『襲って来る相手に手加減する余裕があるのですか? ディサイド』


「そんなもの1%もない、けどなぁ……っ!」



 重機関銃ヘビィガーランドの銃口をボディにではなく、レッグに向けて放てば。軽機関銃ライトマシンガンを持ったレイブがくるぶしを撃ち抜かれて倒れ込む。



『あるじゃないですか、余裕が』


「中にいる奴が周りとちゃんと関係を築けていればさ――」

 


 残った2機のレイブのうちの1機が、くるぶしが砕けて各座した機体のヘッドユニットを抜き取る為に近づいていく。



「助ける為に、手間をかけてくれるってね!」



 少なくとも、知性がある存在は意味もなくリスクを冒さない。ディサイドは自身の行動を棚に上げて原理原則で考える。


 あえて救援している機体は狙わずに。もう一機のレイブ相手に距離を詰め、その両手に腕の代わりに内蔵された砲口レンズから放たれる火線を対レーザーマントで受けきって。左手に持った無銘重長剣ネームレスバスタードで腰から2つに叩き切る。



「これで、2機の撃墜で。3機分の戦力を無効化出来た」



 ディサイドの読み通り、生き残ったレイヴは更に救助を行い。もう戦力としては無力化されたも同然となって。それを確認しながら生き残った飛行ドローンに弾幕を叩き込み、盤面を整えていく。



『残りはオークタイプ1機と、重戦車タンク3機。ミサイルと砲撃、来ます』


「分かったっ!」



 モニター上に予測着弾点が表示されて、ディサイドは綺麗にその隙間にフル・コンツェルトを滑り込ませる。もしも前衛であるレイブやドローンを撃破していなければ数の暴力でキルゾーンに押し込まれていただろう。


 だが、これまでディサイドとアイリスが積み上げて来た戦闘経験コンバットログはここで余裕を持った解を用意することが出来る。



機動管制マニューバコントロール移譲ユーハブ!」


機動管制移譲マニューバコントロール了解アイハブ



 重戦車タンクの砲撃からの回避はアイリスに任せて、ディサイドはオークタイプが放ったミサイルの迎撃に専念。オリンポス杯で戦った黒いコンツェルトが使っていたものと比べれば誘導性能も、速度も遅い。


 余裕をもって重機関銃ヘビィガーランドでミサイルを撃ち落とし。その合間に距離を詰め戦車タンク部隊と距離を詰め――



機動管制マニューバコントロール切替スイッチ!」


機動管制移譲マニューバコントロール了解ユーハブ



 アイリスから機体制御を引き継ぎ、無銘重長剣ネームレスバスタードを薙ぎ、払い、叩き込めば。3両の戦車は紙くずのように切り刻まれる。


 結局のところこの火星ほしにおける戦車タンクとは位相ヴァルター機関を搭載することなく。大型の火砲を運用できる車両であって陸上を支配する王者ではない。


 むしろ、そう呼ぶにふさわしい存在とは――



『敵機、8時の方向から来ます。オークタイプ、重斬斧ヘビィアックス装備』



 茶褐色の装甲が、夜の闇から双眼デュアルアイを赤く輝かせながら。身の丈に迫る大長物ロングウェポンを構えてコンツェルトより一回り大きな巨躯が躍り出る。


 最高速度を犠牲に正面から重長剣バスタードを受け止められる装甲と。多数の火器を積み込める積載量を両立するマグガイン社の重装甲AM、オークタイプ。この火星ほしにおける大地の支配者だ。



「このぉ!」



 操縦桿を振り回し、ディサイドは機体を急反転ターンさせ。右手に持った重機関銃ヘビィガーランドを叩き込む。だが徹甲弾の斉射程度ではけん制にしかならない。



『どうしますか、相棒バディ?』


「このまま押し切る!」



 生半可な攻撃ではオークタイプの装甲は撃ち抜けない。だからこそ今出せる最大火力を可能な限り叩き込む。


 まずはけん制で稼いだ時間で構えなおした、無銘重長剣ネームレスバスタードを叩き込む。だが見え見えの一撃をオーガタイプは重斬斧ヘビィアックスで受け止めて。



光波剣レーザーソード、右手!」


重機関銃ヘビィガーランド投棄パージ



 右腕の内側に仕込んだ光波剣レーザーソードグリップが炸薬で撃ち出され、蒼い光の刃が伸びる。いかにオークタイプの装甲であってもこれを直撃させればひとたまりもない。


 だが――



『敵機、シールドユニット。展開』



 オーガタイプの強さは単純な装甲だけではない。最高速度を犠牲に通常出力が上がった位相ヴァルター機関はシールドユニットの安定的な運用を可能とする。


 更に敵機は、手に持った重斬斧ヘビィアックスを投げ捨てこちらに向かって拳を振りかぶる。それこそオークタイプの厚い装甲と高いトルクは格闘戦において圧倒的な優位となる。


 セオリーに沿った戦闘ならば、この時点でコンツェルトには勝ち目は消えた。

 

 ここまで懐に踏み込まれた時点で、無銘重長剣ネームレスバスタードでは致命傷を与えられず。光波剣レーザーソードもシールドとの干渉でリチャージまで時間がかかる。


 その上で展開時間が短いシールドではオークタイプのラッシュはしのげない。あとはコンツェルトが壊れるまで、喰らいついて拳を叩き込み続ければ勝負は決まる。



「93%、そう来るって思ってた!」



 だからディサイドは既に無用の長物となった無銘重長剣ネームレスバスタードを投げ捨て、腰のハードウェポンから重自動拳銃ヘビィモーゼルを引き抜き――


 オーガタイプの拳をシールドで受け止めて、文字通り装甲の隙間に重自動拳銃ヘビィモーゼルの砲身を捻じ込みトリガーを引き絞る。二度、三度……


 叩きつけられる拳がシールドが衝突する音。そして敵機の装甲、その内側で徹甲弾が跳ね回る音が夜闇の中で数度響き渡り。


 ディサイドのコンツェルトのシールドが破られる前に、オークタイプの位相ヴァルター機関が停止する。



『敵機、完全に無力化。先ほどのレイブも戦域外に離脱しました』


「なぁ、アイリス。もし中に――」


『AIであっても生身ウェットであっても、死んでいるでしょうね』



 それは当たり前の話だ。これまでのミッションで知らぬ間に知性と主観クオリアを持った相手の命を奪ったこともあるだろうし。そもそも傭兵番号マーセナリーズナンバーNo.0278ジャックとの戦闘で、彼の仲間の命を奪っている可能性だって否定できない。



『このAMを動かしていたものが、何であっても――』



 モニターの向こうで、アイリスは微笑みに届かない程度に表情をくずして。



『ユニティ法上でディサイドに責任はありません』


「確かに、それは100%正しいけれど」



 ディサイドには罪はない。そう言い切るアイリスとモニターの中で倒れ伏したオーガタイプから、夜空に視線を移す。



「それでも、忘れたくない」


『強欲ですね、相棒バディ



 それを悪だと断じられると言われなくとも、それでもアイリスはたしなめてくるという予想は外れ。ディサイドはぽかんと口を開いてしまう。



「ずいぶんと、優しいな。アイリスは」


『まったく、私は呆れているのですよ?』



 口ではディサイドをたしなめながら、それでもアイリスはモニターの中で笑みを浮かべている。それが全面的に正しいとは言わず、それでもディサイドの考えを否定することもない。



『結局、こういうことは何年生きても答えは―― 大気圏外から信号を受信』


「っと、もう木星帰還者ジュピターリターナが降りてくる時間か」



 夜の空に、星が流れて――



『こちら、ライテック社木星開発チーム。……ふぅん、今回の回収班は傭兵か』



 画面の中でレーダーが平面から立体に切り替わって。予定通り木星から帰還する宇宙船とのデータリンクが確立し、そこから降下ポッドが打ち出された事を確認する。



「こちら、傭兵番号マーセナリーズナンバーNo.0874。着陸地点の安全は確保済です」


『へぇ、アームドマキナ2機を含む小隊か。嫌がらせにしては手が込んでいる』


「……ちょっと待ってください。降下速度、速くないですか?」



 三次元レーダーの上で、火星の大気圏に突入するポッドの速度は既に生身ウェットな人間が耐えられる限界に迫っていた。



『ん? ……ああ、惑星間を生身ウェットで行き来するのは手間がかかる』



 プラズマ化した大気によって生まれるノイズの向こうで、木星帰還者ジュピターリターナは笑い。



『遥かな虚空を超えるにはクロームに刻まれた魂が必要なのさ』


「それなら、問題なく降下出来そうで何よりです」


『えー、折角格好をつけたのだから。つれない反応をしないでくれよぉ傭兵君』



 どうやら、センチメンタルな気持ちに浸る間もなく、面倒な形でミッションが続くらしいと。ディサイドは相手に聞こえないように小さくため息をついた。

 


◇◇◇ Mission lasts a little longer…… ◇◇◇

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