MISSION08:惑星周回レース護衛任務(6)



(――ディサイド。どうしますか?)



 首元からアイリスが骨伝導で話しかけてくる。つまりこの状況を一人で切り抜けるのか、それともレギュレーション違反になる可能性を承知で自分に頼るのか。どちらにするのかと問いかけているのだ。



「……ギリギリまで、奥の手は出したくない」



 使ったら絶対にばれるとは限らない。しかし標準規格スタンダートを超えたAIを、それも登録番号はなく主観クオリアを持ったAIを使用した事がばれてしまえばチームとしての完走記録が取り消されるだろう。



「命が危なきゃ、そうも言ってられないけどさ」



 ログに残っても問題が無いよう、独り言の体裁で呟きながら。アイリスが入ったデータストレージを読み込み機リーダーに挿入する。



(了解、危険だと認識したらこちらからサポートを行います)



 本来ならグリーンに切り替わる筈の、読み込み機カードリーダーのステータスは待機中のオレンジのまま。アイリスは機体との同期直前で様子を見てくれるようで。



(……100%こっちのわがままに付き合ってくれて)



 本当に自分の無茶を飲み込んでくれるアイリスには頭が上がらない。


 この生き方を止めはしない、それでもそれを当たり前だと思わず。有難い事だと思い続ける事だけは忘れず心に刻む。それを彼女が無茶を口にした時に自分からなにかを返せるように。



(さて、思考を切り替えろ。今やらなきゃいけない事はなんだ?)



 モニターの中で、上昇してくる黒いコンツェルトに砲身を向ける。


 レースを妨害することが目的なら、敵はリリル・レイリーの駆るフル・イカロスを撃破出来れば。いや巡航不能に追い込もうとするはずだ。もし彼女の命が狙いならそれこそレースが終わってから護衛がいない時を狙えばいい。


 護衛を外部に依頼する以上、ディサイドよりも強い人間は社内に存在する確率は高くないのだから。わざわざ強力な護衛がついている時に戦うのはリスクを高めるだけでしかない。



(つまり、敵の攻撃可能圏内から。リリルさんが離脱するまで時間を稼ぐ)



 ならば、問題になるのは敵の武装だ。速度はコンツェルトをベースにしたアセンブルである以上音速を超える事はない。



(敵機のアセンは、右肩に多連装ミサイル、左肩に360mm重長砲バスタードカノン)



 そして、初撃に使用した100mm狙撃砲スナイパーカノン、他の装備もないとは言い切れないが。フル・イカロスを狙撃する射程を望むならそれなりの弾速が、それを確保するためのバレルの長さが必要となる以上。警戒すべき攻撃はこの3つに絞られる。



「きついな、こっちがロングレンジで使えるのは120mm狙撃砲スナイパーキャノンだけだってのに」



 標準規格スタンダードで組まれたアセンブルである以上。敵もこちらに120mm狙撃砲スナイパーキャノン以外に遠距離で攻撃できる武装が無い事は読み取れるだろう。



(こちらが勝っているのは、狙撃砲スナイパーキャノンの射程と機動力)



 強引にフライトパックで跳躍に近い飛行を行っている敵よりも、イカロスボディによって飛行性能を得ているこちらの方が圧倒的に機動性は上回っている。



(となると、相手としては――)



 ディサイドが有効な手を思いつく前に、黒いコンツェルトは。左肩に担いだ360mm重長砲バスタードカノンをリリル・レイリーのフル・イカロスに向ける。



「そりゃ、手数で攻めて来るよなっ!」



 実のところ360mm重長砲バスタードカノンは今の状況ではそこまで脅威ではない。正面に回った時点で圧倒的な火力を叩きつける事が出来るが。弾速が比較的遅く砲が機体に固定され射角が小さい為。軽くけん制するだけで無力化出来る。



(けど、そのけん制をやる余裕が…… 150%足りねぇっ!)



 多用途成型弾頭マルチプルバレットに入力した諸元は炸裂弾、軽量なドローン相手には有効だが。対AM戦だとレイヴにすら力不足。黒いコンツェルトに直撃するも多少姿勢を揺らして。かすり傷をつけるので精一杯。


 画面の中で、黒いコンツェルトのデュアルアイが瞬く。実際にその眼が光っている訳では無い。敵機のセンサーの稼働状況をこちらの機体が予測し。それを可視化しているのだ。



「そりゃ、ミサイルも同じタイミングで撃つよな!」



 操縦桿を捻り、360mm重長砲バスタードカノンを避けた直後。敵の右肩に装備されたミサイルランチャーから3発の対空ミサイルが放たれる。



(装弾数は9発なのに、いやらしい撃ち方を……)



 9発全てを斉射されればあわよくば炸裂弾で纏めて迎撃出来るかもしれない。そんなディサイドの淡い期待は打ち砕かれた。こちらの行動リソースを確実に削って本命の一撃を確実に叩き込むつもりなのだ。



(ディサイド―― やれますか?)



 アイリスの声が骨を通じて耳に届く。彼女の手を借りれればと思うけれど――



「やれるさ、全部撃ち落としてやる!」



 残弾は後18発。120mm狙撃砲スナイパーキャノンの発射レートを考えれば撃ち切るまでは20秒弱。それだけの時間があればリリル・レイリーは安全圏まで離脱できる。弾切れの心配はしなくていい。



(まずはっ!)



 3点バースト、入力諸元パラメーターは炸裂弾。狙う時間の短さは、発射する弾数でカバーすればいい。二機のコンツェルト、その間で対空ミサイルが撃ち落とされて爆発の華を咲かせた。



(次弾、来ます。4発)



 それも多少大回りになっても、こちらに120mm狙撃砲スナイパーキャノンを振り回させて行動リソースを奪うのが目的の牽制。だがこの距離なら方向次第でリリル・レイリーのフル・イカロスに届く可能性は否定できない。



(アイリスに分析を任せられたら……)



 当たる確率が高いものだけ迎撃することも出来ただろう。しかしディサイド一人ではこの短時間でそれを見切るだけの余裕が足りない。



「けど、それは120%無いものねだりって言うんだっ!」



 ならば、強引にでも。全部撃ち落とす事だけが今のディサイドにやれる事だ。


 操縦桿を捻る、無理な限界機動オーバードライブとシールドの使用で悲鳴を上げる位相ヴァルター機関を酷使して。イカロス・ボディの運動性に頼った強引な機動で射撃位置シューティングポジションを確保しトリガーを四度引き絞る。


 ギリギリの処で発射されたミサイルを撃ち落とすが、機動力の限界に近い。

 


(残りは、対空ミサイル2発と―― 100mm狙撃砲スナイパーカノン! )



 上昇しながら距離を詰める黒いコンツェルトから。2発の対空ミサイル、そして 100mm狙撃砲スナイパーカノンから砲弾が放たれる。


 右肩に装備された対空ミサイル。左手に持った100mm狙撃砲スナイパーカノン


 どれだけディサイドが人並み外れた反射神経と、これまで行ってきた無茶から得た経験をもってしても。その両方を狙撃で迎撃することは不可能。



「なら、さっ!」



 思考を切り替えて、余計な条件を脳内で切り捨てていく。そもそも100mmのAPFSDS弾を拡散弾で撃ち落とす行為が現実的ではない。故に120mm狙撃砲スナイパーキャノンは可能な限りの発射レートで対空ミサイルの進路に炸裂弾をばらまいていく。


 だが、それでは足りない。敵の放った砲弾を撃ち落とす手段ない。


 ――イカロス・ボディはその速度と引き換えに。フレーム構造が脆弱である。


 故に360mm重長砲バスタードカノンの反動に耐えられず。重長剣バスタードを振るえば腕がへし折れる強度しかない。


 ディサイドは反射的に敵機と、リリル・レイリーのイカロスとの間へ強引に機体を割り込ませた。


 当然の話として機体出力を速度に割り振ったボディでは、シールドを複数回使う事は難しい。装甲も100mm狙撃砲スナイパーカノンを受ければ貫かれるだろう。


 今、ディサイドが駆る機体の手には無銘重長剣ネームレスバスタードはない。



 しかし彼が振う事が出来る剣はその手の中にある。



 左腕の内側から電磁加速リニアスライドで飛び出したグリップを順列制御シーケンス通りに愛機の指先が握り締めた瞬間。内部で臨海寸前で圧縮されていた粒子が刃渡り5mの蒼く輝く光の刃を形作る。


 光波剣レーザーブレード。イカロス・ボディと共に。レイリーブルー社から借り受けた装備。


 連続稼働時間60秒という欠陥と引き換えに、重装甲のAMを両断可能とする爆発的な熱量とほとんどペイロードを圧迫しない取り回しの良さは。


 標準規格スタンダート内で十分な攻撃力を得ようとした場合、一番初めに選ぶべき装備となる。



「――っァ!」



 意識を砲弾に集中し、限界まで引き延ばされた思考の中。爆発的な熱量を持った刃を射線を撫で切るように振り払う。


 当たり前の話として、高速で飛翔する100mmの砲弾に対し、たった10mmしかない光の刃を直撃させて蒸発させ切ることは事実上不可能で。ディサイドであってもアイリスの補助が無ければ恐らく無理だ。


 しかし、直撃させる必要もない。


 APFSDS弾は奇跡的なバランスをもって速度を維持し、装甲を貫通する性能を発揮する弾頭であり。速度、角度、素材の形状。それらの要素は光波剣レーザーブレードで切り払うなどという狂気を想定して組み上げられていない。


 振るわれた光波剣レーザーブレードの熱量が弾道をかすめた瞬間、半ばプラズマ化した大気と、爆発的な熱量により弾体が歪み、明後日の方向に砲撃は吹き飛んでいく。



(リリルさんの、位置は?)



 認識力が足りていない。無茶を通すために砲弾一つに意識を集中した結果。どうしようもなく視野が狭まっている。レーダーの表示を見る限りあと10秒――



『ディサイド! 前を!』



 アイリスの叫び声で、ようやく意識が敵に戻る。画面の中で黒いコンツェルトが巨利を詰めていることを理解する。その右手には重散弾銃ヘビィショットガン


 発砲と同時に散弾が機体をかすめた。


 だが、それが思い違いであることが操縦席に響くアラートが示す。普段使用しているボディには存在しない背面のウィングユニット。散弾でAMの装甲は貫けないが、高速機動の為に作られた翼はその一撃に耐えられず。


 ギリシア神話に謳われる愚者の如く地に墜ちることしか出来ない。


 その上で、敵は360mm重長砲バスタードカノンの射線が通る位置を確保していた。ディサイドの対応力を限界まで削り撃破した後でリリル・レイリーを狙い打てばそれで終わり。


 アイリスに頼っていれば、あるいは手があったかもしれない。しかし、ここがディサイドの限界であり。ディサイドが地上で体勢を立て直し。120mm狙撃砲スナイパーキャノンを構える前に襲撃者はリリル・レイリーを撃ち抜くだろう。



 もし誰も、この戦場に介入してこなければ。



 接近警報アラートが鳴り響くよりも先に、黒いコンツェルトが右手に構えた重散弾銃ヘビィショットガンが吹き飛んだ。



「新手!? 機種は―― フル・イカロス!?」



 ディサイドはリリル・レイリーが舞い戻って来たのかと焦るが。方角が違う、何よりその装甲の表面にはところどころ白色の塗装が剥げ落ちて。長い間飛び続けてきたことを示していた。



『こちらフォルテイオー、未確認機アンノウンに告げる』



 レギュレーション、標準規格スタンダートAMによる無補給火星周回ノンサプライマーズアラウンド、レコード保持者。画面に映ったのは白髪白髭の屈強な、長いあいだこの火星ほしの空を飛び続けたなんて言葉がすっと出てくる顔をしていて。



『レースに無粋な横やりを入れないで貰おうか』



 コースはリリル・レイリーと同じ、オリンポス杯ゴールへの最短ルート。その範囲で可能な限り侵入者に対してその手に持ったレーザーライフルを向け続ける。



『貴様は見逃してやってもいい、フォルテイオー』



 黒いコンツェルトから、ノイズ交じりの合成音が届く。どうやら墜落中のこちらは見逃す気はないらしい。ディサイドは折れた翼を諦めて、下半身のスラスターで着地に制御を集中する。



『30秒かけて、そこの傭兵と共に貴様を倒しても構わんのだぞ?』



 30秒、無補給火星周回ノンサプライマーズアラウンドにおいて大きなロスではない。それこそ妨害する敵機を撃墜できるのであれば消費してもお釣りが来るだろう。


 その言葉にフォルテイオーの本気を感じ取ったのか、フル・イカロスがコースを外れて戦闘機動コンバットマニューバを取る前に。黒いコンツェルトは離脱を始め。そこでようやくディサイドの青いコンツェルトは赤い荒野に降り立った。



『救援要請は?』



 画面の向こうから、フォルテイオーが問いかける。確かに重散弾銃ヘビィショットガンで撃ち抜かれた翼では、もう飛ぶことはできない。



「必要ないです、まだ俺はレースを止めてないので」



 だが、まだディサイドの駆るAMには足がある。残り時間と、受けたダメージを考えれば。ギリギリで完走の可能性がある。


 リリル・レイリーが先にゴールするのだから。自分が完走しても、しなくても大した意味は無い。精々、走りぬいたと胸を張れる程度の話。



『そうか、次は―― 君もレーサーとして参加しろ』



 彼はそう言い残しディサイドの返事を待つことなく、機体を加速させた。ここから限界機動オーバードライブを行えば間違いなく機体の限界に迫るだろう。


 場合によっては、このレースを走り切る前に壊れてしまう可能性すらある。


 それでもフォルテイオーの駆るフル・イカロスは飛行機雲をたなびかせながら、1位を走り続けるリリル・レイリーに向けてラストスパートをかけていく。


 その光景に暫く見とれて、思い出したようにディサイドは操縦桿に手を伸ばす。先ほど口にした通り完走の目は残っていて――



(ディサイド、どっちが勝つと思いますか?)


「リリルさんが勝つと、51%は信じるさ」



 レースはまだ、終わっていない。



◇◇◇ Racer keeps aiming for the goal...... ◇◇◇

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