MISSION08:惑星周回レース護衛任務(5)
『ニアド・ラック! ニアド・ラック! ディサイド君が一位ってマジですか!?』
アキダリア
「……ボリュームが大きい! あと、さんを付けろデコ娘!」
せっかく飲んでいた合成コーヒーが少し零れて、ニアドは顔をしかめる。ミッション前に愛機の装備を入れ替える間の楽しみが台無しだ。
『けーど、レイリーブルーがトップだって実況で言ってて!』
「そりゃ、凄いがな……」
コーヒーを一気に飲み干し、カップをゴミ箱に放り投げ。胸ポケットから端末を取り出し起動し検索を駆ければ。確かにレイリーブルーが3時間前からトップを維持しているなんてニュースが飛び込んでくる。
『これは、このまま優勝する可能性もあるのではないでしょうか!?』
「いや…… こりゃ、むしろ完走すら危ういぞ」
ぴたり、と。テンション高めの動きをしていた桃色の機体が動きを止めて。アームドマキナのヘッドの後ろ。人間で例えるとうなじの部分から、ひょっこりと慌てたブロッサムストームの顔が飛び出す。
「え? けどなんか、レコードタイムを超えそうだって」
「……
「無補給無整備なら3時間以上は危険…… おっと?」
彼女も端末を取り出し、しばらく検索をかけて――
「レース開始からの12時間で既に3時間12分、ヤバいのでは?」
「位相ヴァルター機関がヤバい、ラストスパートは無理だし下手すりゃ止まる」
「特にディサイド君…… いや、そんな派手な
上でピコピコとツインテールを揺らしながら、端末を弄るブロッサムストームの言葉を受け。改めてレイリーブルーがトップを取ったシーンの動画を確認してみれば。
「――確かに、最低限の機動で抑えているな」
流石に考え無しで、無茶をやったわけではないらしい。
「それに純正のフル・イカロスなら…… スペック上無補給4時間いけますよ?」
「……マジで、ちゃんとレイリーブルーが優勝を狙ってると?」
「そうだったら、1000CASHなんて金額。賭けた甲斐がありますねぇ」
もし本当にそうならば、ロマンはある。そうニアド・ラックは思う。
かつてこの星の空を青く塗り上げ、入植から数百年ものあいだ地表全ての環境をホモサピエンスが生存可能な状態で維持し続けたかつての
それがオリンポス杯で優勝を勝ち取り、再びこの
「……まぁ、そう簡単に行くもんじゃないが」
仮に優勝したからと言って、それだけでライテック社やマグガイン社との数百倍の差は埋まらない。そもそも、このまま優勝できる保証はないのだ。純粋にディサイド達が完走できるかどうかの問題もあるが。
「二人とも、機体が邪魔です! すぐに動かして下さ~い!」
「あー、すまん。ブロッサム。お前も機体を直ぐに動かせ」
「はーい、まぁ軽く整備したらすぐ次の依頼に出るんですけどね!」
それなりに名が売れていると、ゆっくりレースを楽しむ時間もない。いや、本気で時間を作ろうと思えばやれなくもない。だが長く傭兵をやっていると依頼を断りにくい相手も増えていく。
(それで、嫌な依頼を受けなきゃいけない状況になることもある)
そう、例えば非合法にレースの妨害を行うなんて依頼を。ユニティを通さずに受ける
ニアド・ラックは世の世知辛さに思いを馳せながら。装備の交換が終わった愛機へ足を向ける。恐らくこの依頼が終わって返って来る頃にはオリンポス杯の結果は出ているだろう。
◇◇◇ Mercenaries go on a mission...... ◇◇◇
「――コースの九割を消化、残り3時間弱って所かぁ」
『このペースなら、コースレコードを更新できるかも、しれないけど』
最初の
「しかし、なんで皆このルートを避けるんですかね?」
『シンプルに、高度の分。飛行距離が延びるって問題が大きいのよ』
言われてみればシンプルな理屈だ。いや、二週間の訓練の間に似たような会話をしたような気すらする。
『けど、急に妨害するための戦力を用意出来ない点は強みかしら?』
画面の向こうでリリル・レイリーが楽しそうに笑う。確かにこの高高度を高速で突破するルートはイカロスを設計したレイリーブルー社だからこそ通せる無茶で。
並の企業では真似る事は出来ず、事前に妨害するための戦力を即用意することは難しい。特にユニティに登録されてない機体を大量にという事になるとほぼ不可能。
「それこそ、
『そういう事があっても良いように、貴方を雇わせてもらっているわ』
当然企業であっても個人であっても、ユニティのデータベースに登録されていないAMや兵器を隠し持つことは出来る。
しかし今回のようなレースでセオリーを外して高高度を飛ぶチームを妨害するようなニッチな
「そりゃ、120%全力で答えなきゃ――」
かちり、と思考の中でパーツが組みあがる感覚。
ゴールまでの距離、眼下に広がる地形。もし自分が襲う側ならどのタイミングで仕掛けるかという漠然とした思考が一つの解を組み上げて、レーダー上で
地上から放たれた狙撃と、リリル・レイリーの駆るフル・イカロスの間に自らの機体を強引に割り込ませた次の瞬間。馬鹿みたいな衝撃が操縦席を貫く。
『ディ、ディサイド君!?』
「速度を、落とすな!」
ギリギリの処で、左手に装備したシールドで攻撃はしのぐ事は出来た。しかし位相ヴァルター機関の斥力に頼っている以上。構造的なダメージを防ぐことは出来ても。その負荷は確実に主機に蓄積されていく。
「そう何人も、金で動いて対応できる
この
レース開始前からレイリーブルー社を狙っていたのなら話は別だが、もしそうならばもっと襲いやすいタイミングは何度もあったし十中八九このレース中に契約を結んだ可能性が高い。
『私がゴールを目指した方が、楽になるって理屈は分かるけれど』
そもそも、ルール上ではタイムはチームメンバーで一番速いものが採用される。なにより戦闘を想定したディサイドの機体と、レースに特化したリリル・レイリーの機体の間には越えられない巡航性能が存在している。
すなわち
「そこまで分かっているなら――」
位相ヴァルター機関の出力を上げ、上昇してくる敵機に対し、
「ここは任せて先に行け! ってね!」
古典的な物語でよく聞く言葉、たぶんアイリスからおススメされた大量の小説か、アニメか、マンガか。あるいはビジュアルノベルか。元ネタは候補が多すぎてパッと思い出すことは出来なかったが問題はない。
『全く―― そこまで言われたらっ!』
リリル・レイリーの駆るフル・イカロスが
何より主機が壊れる確率より、敵の狙撃が命中する可能性の方が圧倒的に大きいのだからここは無理をするだけ特になる。
「つまり、リリルさんが離脱するまで抑えられれば。こっちの勝ちだ」
それを分かっているのだろう。敵機はリリルのフル・イカロスを捉えようと、ディサイドの牽制を避け、こちらに向けて距離を詰めてくる。
「敵機は―― 黒い、フライトパックを背負った、コンツェルトか……!」
これまでのミッションで、それなりの数のアームドマキナと戦ってきた。
けれど、自分の駆る愛機と同じコンツェルトと戦うのは初めてで。勝てるのかという不安と、それと同じくらい、勝ちたいという気持ちを抱いてディサイドは位相ヴァルター機関の出力を上げていく。
◇◇◇ The battle begins for the mercenaries' mission ◇◇◇
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