MISSION08:惑星周回レース護衛任務(4)
後から思い出すと、あれでクラッシュが起きていなかったのは奇跡だったと思う。
カウントダウンの直後、18チーム40機に迫るAMが。たった直径1000mのスタートサークルの中から超音速で飛び出す瞬間。
大気の爆発と、そして大気が無くとも届く位相ヴァルター機関の衝撃で辛うじて水平を保ちつつ。目の前を跳ぶリリル・レイリーが駆る、イカロスの背を追う事しか出来なかった。
『まぁ、大規模なクラッシュはそうそう起こるものではありません』
どうやら、思考が口から洩れていたようで。数十メートル先を飛ぶフル・イカロスからリリル・レイリーが通信機越しに話しかけて来る。
「……そりゃ、ここ100年はスタート時の事故は無いですけど」
レースまでの二週間で詰め込まれた知識の中から、第26回大会におけるスタート時の大クラッシュでは死者3名、リタイア10チームの地獄絵図が生まれていたのを思い出す。
『だからこそのレギュレーション、
「いざって時にパイロットを保護できるのも、性能のうちってのは分かりますが」
巡行飛行に入ったら、割と雑談をする程度の余裕は生まれる。スタート直後のポジション争いの激しさが嘘のように。ただ真っ青な空を切り裂いて飛び続ける時間。
無論、自動操縦で飛び続けられるほど甘いものでもない。
気温、気圧、湿度を含む外的パラメータ。そして位相ヴァルター機関の出力や亜音速で飛び続ける結果発生する機体のひずみといった内的なパラメータ。
それらをリアルタイムで解析しシステムを最適化し続けてようやく、オリンポス杯でトップ争いに加わる資格を得られるのだ。
(それが出来るってのは80%くらいはこのイカロス・ボディの力だけどさ)
今、普段使っているコンツェルト・ボディと比較して飛行速度が倍近く違う。文字通り空を飛び支配するために作られたマシーンであることを実感する。
ただ、これを普段使いしたいかと言われればまた別の話だ。
装甲が薄い、何よりその巡航速度を維持しようと思えば
当然チューン次第ではある程度バランスもとれるが、今度は整備コストがネックになって今のところはコンツェルト・ボディで充分となってしまう。
「しかし、リリルさん。AIを削り過ぎですよ」
『そりゃ、ディサイド君のセンスと能力が想定以上だったから。つい……』
自立稼働が可能なAIは一種のコストとなり。また性能を上げ過ぎれば
故に、どんなシステムであろうと。
「まぁ、やれるだけのことはやりますよ」
普段ならアイリスのサポートがあるのだが、今回は目立ちたくないという本人の意志と。なにより使用した場合レギュレーション違反になる可能性が高く。ディサイドの首元で静かにしている。
つまり、このレースに関しては。ディサイドに向けられる評価は全て自分自身の力で得たというものになり。
別にアイリスの力を借りる事に嫌悪感も、反感も無いのだが。それはそれとして自分一人でどこまでやれるのかをこうやって実証することに喜びを感じるのも100%ディサイドの中から出てくる感情ではあった。
『ふふ、ジャックが相場の倍は出せと言ったのも納得がいくなって』
「ああ、やっぱりそれ位は出してもらえてたんですか」
つまるところ、大会参加含めて2週間60000CASHという依頼料に対し。リリル・レイリーが予測するよりずっと自分の技量が高かったという事になるのだろう。
あるいはそのギャップを見抜いて依頼を斡旋した、
別に、
「それだけ評価してもらえてるってのは100%嬉しくはありますが」
『けど、少し残念かもしれないわ。嬉しさは120%ではないのね?』
「その20%は―― っと。レーダーに反応」
ディサイドたちの先を行く、ライテック社とマグガイン社のチーム。そしてそれに追いすがるフォルテイオーのフル・イカロスが急に高度を下げていく。
「全チーム、高度を下げるって事は」
『――未登録の反応多数。高機動ドローンの編隊。予想通りです』
レーダーの範囲外から超音速の機動兵器が迫ってくる。位相ヴァルター機関の反応はない。純然たる流体力学と
青い空を切り分けるように、飛行機雲をなびかせてこちらに迫ってくる。
「……公式発表では、レースに参加する機体を狙った非合法な戦力。でしたっけ?」
『実際にそういう狙いもありそうですが。本命は地上戦力でしょうねぇ』
ライテックとマグガイン、火星で覇権を争う二大企業。
直接的な衝突こそ行われていないが。その子会社、孫会社。あるいは息のかかった自治体同士の小競り合いは世界中どこでも行われているし。それはこのオリンポス杯というレースも例外ではない。
言い訳が出来るように汎用のドローンをベースにしているが、これだけの数を運用できる組織は限られている。
「それじゃ、リリルさん。機体の制御は任せますね?」
『……シミュレーション上ではやれたけれど』
「安心してください、狙撃に集中できるなら。102%当てられます」
システムを切り替えて、右手で
「
『
射撃に対する諸元を切り替え、パラメータを砲弾に撃ち込んでいく。
完全に狙撃モードに切り替わったモニターの中、くるくると動き回る
「ったれぇ!」
しかし、レギュレーションの縛りがあるこういった場面では、炸裂弾から徹甲弾、あるいはHEAT弾まで用途に応じて弾頭の性質を切り替えられる対応力は大きなアドバンテージとなる。
『
当然、数十機近い数に迫られれば。
『
「随分と無茶な
リリル・レイリーが提示したのは文字通り所属不明の
「けど、やれる! 104%当てられる!」
『その微妙な確率、100%や120%よりも安心できるのがちょっと不思議ね』
画面の向こうのリリル・レイリーの顔から笑みが消え、獰猛なレーサーの表情に切り替わる。ここ半月の付き合いで理解したが、彼女は経営者としてそこまで優秀ではない。
けれど、
自分と、リリルの駆るアームドマキナの心臓。位相ヴァルター機関が吼え立てて。スタートダッシュの時と同じ、いやそれ以上の爆発的な加速が襲いかかるが。
「けど、これで――」
追いすがる
後はイカロス・ボディの持つ圧倒的な加速力と巡航速度で相手の燃料が尽きるまで飛び続ければ無力化出来る。
『おおっと!? ここでレイリーブルーが前に出る! これは波乱の展開だぁ!』
つけっぱなしにしていたオリンポス杯の中継で、ヒートアップする実況を聞きながらディサイドは口角を吊り上げる。
完走すれば最低限、レイリーブルー社に大規模なプロジェクトを進めるノウハウが残っていることは示せる。だがその上で、レースに勝てる可能性が見えたのなら勝ちに行く。
間違いなく、経営者としてはセンスがない。
けれど、ディサイド個人としてはそんなハングリー精神に好感を憶えるし。それこそある程度その無茶に付き合いたいと思ってしまう。
(全く、本当に割に合わない仕事ですね。ディサイド)
骨伝導で胸元から、少しだけ楽しそうに囁くアイリスの入ったストレージを指で弾いて、再び周囲への索敵の為、レーダーに目を向ければ。
遠ざかる
普通ならリスクを恐れてやらない、奇策じみた方法で首位を取ったが。まだレースは始まったばかりだ。今後ここで無理をしたツケに後で襲われるかもしれない。
けれど、こうやって
それだけで、多少の無茶をやる理由になる。そもそもディサイドは普段から生きるか死ぬかの
◇◇◇ Mercenaries and racers jumped to the top ◇◇◇
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