MISSION08:惑星周回レース護衛任務(3)



『さぁ、今年もこの時期がやって来ました。年の瀬の第176回オリンポス杯――』


「ふーむ、オッズは―― うわぁ、レイリーブルー単勝だと100倍ですね!」



 アキダリア傭兵組合マーセナリーズシップに併設されたカフェステーション。


 普段は依頼の合間に食事をする傭兵が数人いる程度なのだが。この日ばかりは樹脂レジンクロム生身フレッシュ。最大収容人数30人程度のスペースに50人近い体を持った人間が集まって。


 普段は飾り気のない壁に仮設されたスクリーン。そこ映し出されたオリンポス山麓に設置されたスタートエリアを見ながらガヤガヤと騒いでいる。



「……ブロッサムストーム、レースギャンブルの基本は理解しているか?」

 


 スクリーンの最前列、椅子ではなく床の上に腰を下ろし。タブレットで出場チームのオッズを確認しながらはしゃいでいるブロッサムストームに、ニアド・ラックは半ば皮肉に近い苦言をぶつける。


 別にはしゃいでいるのは彼女だけではないが。あまり周囲の評判がよくないブロッサムストームが悪目立ちするのは、余計なトラブルを招きかねず。それを抑止したいという理由もなくはない。



「ディサイド君達が勝ってくれれば100CASHが10000CASHになるんですよね?」



 どうやら彼女は、算数は理解できているが、賭博には詳しくないようだ。



「なぁ、オッズの意味は理解していると思うのだが……」


「はい、要するにディサイド君達が勝つとは誰も思ってない。という事です!」



 ニアド・ラックは天を仰いだ。どうやら彼女はディサイドが依頼を受けたレイリーブルー社には。客観的に見て勝ち目がない事を理解した上で――



「まて、いくら賭ける気なんだ?」


「とりあえず、リスクヘッジを考えてディサイド君に単勝1000CASHですね」


「記念に賭ける額にしちゃ、デカすぎやしないか……?」



 まるで冷静な判断をしましたみたいなすまし顔で。ブロッサムストームはとんでもない金額をポチりと端末から賭けたベットした瞬間。周囲からどよめきが走る。



「ふ、普通に1回分の依頼で出る儲けをあっさりと!?」


「1000CASHなんて、レイブ・ヘッドが買えちまう……!」


「ヤベェ、ブロッサムストーム…… 嵐みたいな女!」



 アキダリア傭兵組合マーセナリーズシップのメンバーが、あまりに豪快なお金の使い方を目の前にして妙な方向にテンションを上げ始める。


 たとえ体が樹脂レジンであろうと、クロームであろうと、生身フレッシュであろうと。登録傭兵ナンバーズをやる連中はこの手の賭け事で派手な事をやられると盛り上がってしまう生き物バカなのだ。



「く、くそぉ! 俺はディサイドと同じミッションをこなしたんだぞ!」


「わ、私だって…… と、隣でランチを食べたし!」



 変な風に拗らせた連中が、自分も賭けると端末を取り出し始める始末。



「あー、ディサイドに賭ける前に。とりあえず一通りの下馬評くらいは確かめとけ」



 とりあえず、身を持ち崩すほど賭けるな。と制止する権限はニアドにはない。それなりに信用がある登録傭兵マーセナリーズだが、そもそも傭兵に上下が生まれるのはミッションの時に指揮系統が生まれた時だけなのだから。



「ニアドさん、そういうのに詳しいんですか?」


「そりゃ、それなりにレースは嗜んでいるからな」



 とりあえず感情でディサイドに賭けてしまう前に、一度クールタイムを挟ませる。これでもダメならそれは他人がお節介をする範囲の話ではない。



「ふーむ、まぁ良いでしょう。私も詳しくはありませんので」


「大金をディサイドに賭けた後で…… まったく」



 どすりと、適当な椅子をひっつかみ。端末を弾いてスクリーンの横にネットワーク上で拾ったデータを映し出す。



「今回のオリンポス杯で、優勝候補と目されているチームは3つだ」



 そして端末を操作し、18チームの中から壁に移された画面に標示された3つのチームをピックアップする。



「うーん、ディサイドのレイリーブルー社は入ってないのか」


「はっはっは、オッズ100倍って事はそれだけ人気が無いって事ですよ?」



 案の定、レースのことをよくわかって無さそうな傭兵に。ブロッサムストームが私は冷静ですという顔をしてツッコミを入れるが。そもそもオッズが100倍を超えるようなチームに1000CASHを突っ込むのは正気ではない。


 あるいは金が余っている連中の道楽くらいだろう。確かにブロッサムストームレベルの登録傭兵ナンバーズなら出しても惜しい金額でない可能性はある。


 しかしニアドが知る限り、安くなった時を狙ってステーキを食べるような金銭感覚の持ち主であることも確かで。ドブに捨てる感覚で1000CASHを賭けるベットするのは違和感があった。



「まず、2番人気はマグガイン社のクラブチーム。俺が賭けるならここだな」


「そりゃオーク乗りのニアドさんなら、そこ選ぶでしょうけど」



 実際、ヤジを飛ばした登録傭兵ナンバーズの言う通り。普段愛用しているアームドマキナであるオークタイプを生産しているメーカーを贔屓しているという側面もある。



「実際、商品は信頼できるし。それに過去3度優勝している」



  オークタイプ、オーガタイプが見た目通りに鈍重であり。巡航性能が低いというイメージを払拭することが目的であり。また、新型機のコンセプトモデルのお披露目という側面が強い。


 今年はマイナーチェンジしたオーガタイプを投入するようだが。それ故にこなれた技術から来る安定した走りが期待できる。



「じゃあ、一番人気は―― やっぱり?」


「まぁ、ライテック社内の選抜チームって事になる」



 ライテック社、この火星上で最大の企業法人ドミナンスコングロマリット。一般的にアームドマキナの分野でははレイブタイプの販売で有名だが。実際の処は現時点における高機動型AMのシェアでトップ。


 複数のチームを保有しており、シミュレーションだけではなく、複数回実戦形式のコンペを行っている圧倒的な強豪。オッズは1.3倍、今年は高機動型空戦AMであるイーグルタイプの新型カスタム機を投入しており圧倒的な大本命と目されている。



「じゃあ、このダブルって奴でライテック社と、マグガイン社を選べばいいの?」


「予想を的中させたいなら、それで良いが…… 配当も少ないしロマンもない」



 そう基本的にレースギャンブルとは遊びだ。故にあまりにも真っ当な勝ち筋だけを見た賭けベットは面白くない。



「はい、なのでレイリーブル―社シングル1000CASH買いです!」


「そういうロマンは、100CASH。いや50CASH位で良いんだ……」



 オッズの上で勝率は100分の1。ニアド・ラックから見ればよっぽどの番狂わせが起こらない限り優勝争いに絡む事すら難しいと踏んでいる。


 そもそも彼らの目的は完走し、プロジェクトの管理運営能力がある事を示すことなのだから。優勝争いを目指しているチームとはゴールは同じでも目標は別なのだ。リスクを冒して前に出る可能性は低い。



「じゃあ、ニアドさんが考える面白い賭け方ってどういうもんなんですか?」


「そうだな、やはりライテック、マグガイン社を軸に――」



 すっと壁に映った18チームの中から、4番人気のチームを選ぶ。



「チームフォルテイオー、こいつをダブルかトリプルに混ぜる」


「ふーむ、オッズは3.5倍…… って機体がフル・イカロスです!?」



 チームフォルテイオー、それはフル・イカロスがこの火星ほしで最も早いAMであることを証明した存在である。



「ああ、オリンポス杯におけるレコードホルダーだな」



 レギュレーション、標準規格スタンダートAMによる無補給火星周回ノンサプライマーズアラウンド、レコード28:58:46。


 今なおライテックや、マグガインが超える事が出来ない伝説―― それがたった1度の優勝をもって4番人気に押される理由なのだ。



「じゃあ、3番人気のチームは?」


「あー、複数の中小企業の合同チーム…… オッズ、いや機体のスペックを――」



 どうやら、ニアドの解説が功を奏したらしく。どうやらここに集った登録傭兵マーセナリーズ達は一時の気の迷いではなく。ちゃんと考えて――



「いや、これ…… 数が増えたな」


「はっはっは、これは熱を入れて賭ける人も出るかもしれませんねぇ?」



 楽しそうなブロッサムストームの声でようやく、どうやら自分が場に冷や水を注ぐつもりが油を注いでしまった事に気が付いて。ニアド・ラックが天を仰げば。


 彼が登録傭兵マーセナリーズとなった時から変わらずに、天井で回っているサーキュレーターと目が合って。まぁ仕方ないかと壁に映されたレース中継に視線を向ける。


 レース開始まであと30分、空はいつも通りに青く塗りつぶされていた。

 


◇◇◇ Mercenaries enjoy gambling...... ◇◇◇

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