MISSION08:惑星周回レース護衛任務(2)
「貴方が、ジャックが紹介してくれた
「ジャック……? ああ成程」
依頼者がいきなり口にしたジャックという名前にディサイドは一瞬困惑するが。すぐにそれが
「可愛い人なんですよ?」
「120%腕が立つ
可愛いかどうか、と問われると流石に悩んでしまう。知らぬ相手という訳でもないけれど。そこまで長い付き合いがある訳でもない。精々一度正面からぶつかって、一度同じ依頼を受けた程度の関係性。
改めて、ディサイドは周囲に目を向けた。
普段使うカフェステーションよりもランクが高いレストラン。依頼者の姿は白い髪、赤い瞳、典型的なアルビノデザインの少女の姿。まるで人形めいた美しさ……
恐らくは
「ふふふ、そう言われるとまるで自分事のように嬉しくなります」
「――リリルさんは。
依頼者の情報を頭の中で思い返す。リリル・レイリー、ユニティ登録ログ380年。かつて三大企業に数えられたレイリー・ブルー社代表取締役。地球風に表現するなら名家の当主という事になるのだろうか?
20年も生きていない自分とは、違う価値観を持つ人間であるのは間違いない。
「……親戚、という程ではないのですが。私は家族の様に思っています」
「家族、かぁ」
そう聞いて脳裏に浮かぶのはアイリスの顔。そしてもう定かではない記憶の向こうでほんの少しだけ覚えている大きな背中。もう今は生きているのか、死んでいるのかもわからない父親のことを久しぶりに思い出す。
(
首元のストレージの中から、アイリスが骨伝導でツッコミを入れてくる。
(……生体接続ディバイスは入ってないのに。100%考えを読むな)
時々、彼女はびっくりするくらいこちらの考えを読み取っているように思える事がある。まぁ心拍数や発汗、筋肉の動きのようなデータが読まれている以上。ある程度データが揃えば予測も出来るというのは理屈なのだか。
(まぁ、実績値で75.6%程度の確度です)
会話になっているような、いないような。雑談みたいな思考のやり取り未満。そもそも、その根拠となる実績値はどうやって導いたのか。アイリスに後で問いただそうと思いつつ。ディサイドはリリルに視線を戻す。
「っと、すいません。それじゃ依頼について詳しい話を」
「はい、それでは。折角なので食事をしながら――」
ゆっくりと料理を乗せて。AIすら積んでないクラシカルなシーケンサーで稼働するロボットがやって来るのを見ながら。
ここで依頼者と食べるランチと、この前ブロッサムストームから分けてもらったステーキ。どちらがおいしいのだろうかなんてそんなどうでもいいことを考えて。
こういう集中できていない時の気の多さが自分の悪い処なのだろうと、ディサイドは心の中でため息を付いた。
◇◇◇ Mercenary shares lunch with client...... ◇◇◇
「つまり、結論として。レースで勝つことが目的ではないと?」
「そうなります。勿論、完走は前提条件ですが。順位には拘りません」
ブロッサムストームと
この星で一番長く続いているレースにおける護衛任務。という事前に聞いていた内容と比べると。随分とゆるく感じるものだった。
「完走率は10%を下回る程度の難易度ではありますが」
格納庫に向けて歩きながらリリル・レイリーは少しだけ不安そうな顔でディサイドに問いかけた。
「それでも、まぁ何とかなるでしょ」
確かにディサイドにはこの惑星を一周した経験はない。けれどヤンスド・ナンデーナから受けた依頼で、それなりに長時間AMによる長距離巡航を行った経験はある。
流石に数百年前から行われている大会に最初から参加しているような連中相手とタイムを競えと言われれば厳しいが。シンプルに完走するランナーを護衛するだけならどうにか手が届く。
「レギュレーションでは無補給が原則になりますよ?」
「レースに必要なパーツは、用意して貰えるんですよね?」
無論フル・コンツェルトでは、火星周回レースオリンポス杯の完走認定制限である無補給、72時間で走り切ることは難しい。
もっとも100回を超えるオリンポス杯において、フル・レイブでの完走記録はあるにはあるが。使い潰すことを前提とした極まったセッティングと、複数回の挑戦による曲芸である。
そもそも、今回の依頼は完走を目標とするリリル・レイリーの護衛である以上。もっと余裕を持ったアセンブルで挑むべきなのだ。その為に装備の支給があると契約書にも記載されていた。
「はい、わが社の備品をお貸しする形になります」
「絶対に無傷で、返せるとは約束は出来ませんが。構いませんか?」
そう返したところで、ディサイドは格納庫がいつもよりも騒がしい事に気づく。
「……必要であれば傷つけても構いませんが。死ぬような事は避けてくださいね?」
もう半ば、ホームとは呼べなくなったユニティの共有整備スペース。普段なら7割のレイブベースの機体の中に、ところどころオークやコンツェルトのパーツが混じった機体がいる程度で。
それこそディサイドが駆るフル・コンツェルトすら高級機として悪目立ちする程なのだが。今日に限っては完全に脇役に収まってしまっている。
(データを照合、これは――)
首元のストレージの中から、アイリスの驚嘆が飛び出す。
格納庫に足を踏み入れた瞬間、まず飛び込んでくるのは白。その姿だけ眼前の機体が、この格納庫に収まった100機に迫るアームドマキナの中で間違いなく、その機体が抜きんでて速いと理解させられた。
機体を覆う6枚のブレードウィング、その下に見え隠れする手足も剛性を置き去りにした鋭さで、細く研ぎ澄まされている。
「我々、レイリー・ブルー社がこの星の空と共に作り上げた最速の機体」
すこし寂しそうに、それでも誇るように。リリル・レイリーは白い機体の前でディサイドに向けて微笑んだ。
「フル・イカロス。まだ規格品が残って……」
それは半ば伝説となっている、数世紀前に開発された位相バルター機関による斥力を利用した飛行に特化したアームドマキナ。
その名の通り、セッティングを誤れば墜落する極まった特性を持ち。アセンブルの幅が狭く、ほとんどの場合その飛行性能をある程度ナーフしたカスタマイズが行われていて。純正規格のボディは市場に出回ることはない。
「ですね、弊社の経営が傾いて以降。生産ライン復旧の目途は立っていませんので」
「あ…… いや、100%そういう意味で言ったつもりは」
「いえ、その感想は間違いなく弊社の状況を端的に示しています」
そう言い切られてしまうと、ディサイドは言葉を返せない。
かつてレイリー・ブルー社は
しかし
更に大気を必要としないネットワーク上での生活を主とする人類が増え、
「ですが、だからこそ。我々はこの星の空を飛べると示す必要があるのです」
「何のために、ですか?」
「ここ、アキダリア地区で近々大規模な再開発が行われます」
確かにそう言われれば覚えがある。たとえば、ここ数カ月で何度も大型の輸送機を見かけたとか。純粋に体を持った人間の数が増えているとか。あるいは自分が受けた都市に潜むAIの探索任務もその一つだったのかもしれない。
(惑星上での都市再開発計画は数十年ぶり。大きなビジネスチャンスではあります)
首元のデータストレージの中から、アイリスがコッソリと耳打ちしてくる。
ディサイドは
「ですので資金の投資を呼びかける時に、目立つ成果を用意しておきたいのです」
「それが、レイリー・ブルー社がオリンポス杯へ参加する理由と」
オリンポス杯を完走することは、一定の技術か、経験か、予算があれば決して難しい事ではないが。けれどそれを行えると示す事には一定の水準でプロジェクトを進める事が出来る事の証明には十分な実績となり得る。
「はい、その上で。
ここでようやく、ディサイドは格納庫中の視線が自分とリリル・レイリーに集まっていることに気が付いた。
(――完全に、してやられましたね)
胸元のデータストレージから、アイリスのため息が聞こえる。
これほどまでに衆目を集めた状態で依頼を断ればレイリーブルー社のメンツを潰すことになり。傾いているとはいえ数百年の
そうアイリスは考えているのだろう。
「オリンポス杯へ出場する、私に対する護衛依頼。引き受けてくださいますか?」
「勿論、断る理由は―― 俺には100%ない」
周囲にどよめきが走る。
かつて、この
(それはそれとして、なんか…… 俺に向けての視線も多い気がするんだよなぁ)
周囲の何となく顔や姿を見た事がある人々からの視線―― 少なくとも良いジャンクを運よく拾ったのが、周りの同業者にバレた時よりも敵意は少ないように思えるが、どうにもくすぐったい。
更に、何度か共に依頼を受けた
(まったく、もう少し貴方は自分の価値を理解すべきです)
首元からアイリスが、少し呆れた。けれど誇らしそうな声で呟く。
(それなりにあなたは、注目株の
どうやら自分で思っているよりも、周囲から注目されていたのだと理解して。どうにも気恥ずかしいと思いながら。依頼の詳細を詰める為、ディサイドは依頼者に向けて一歩足を踏み出した。
◇◇◇ Mercenary Starts Mission ◇◇◇
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