CHAPTER-02『Mars orbit』

MISSION08:惑星周回レース護衛任務(1)


「なんか、最近。300%くらい人が増えてないか?」


「ふぅむ…… 言われてみればそんな気もしますが。良くわかりませんね」



 傭兵組合マーセナリーズシップに併設されたカフェステーションのテーブル席。


 普段より多い人影―― まぁその70%くらいは樹脂レジンクロームで、見た目に限っても純粋な生身フレッシュはディサイドと、目の前に座ってパクパクとステーキを食べているブロッサムストームだけだろう。



(相棒バディ、いいえディサイド。露骨な視線は失礼ですよ)



 骨振動で忠告してくるアイリスに、うるさいと意志を込め首元に下げたストレージカードの端っこを指で弾く。失礼なのは分かっている。分かっているがそれはそれとしてインナースーツを内側から押し上げる豊かな胸元はどうにも無視できない。



「ん? もしかして――」



 ブロッサムストームがこちらの視線に気が付いたのか、ステーキを切り分けるナイフとフォークを止める。その艶やかな唇の輝きが脂の光と理解した上で。いやむしろ妙などぎまぎは止まらない。



「はっはっは、駄目です。このステーキはあげませんよ?」



 ディサイドの視線を理解しているのか、していないのか。ツインテールを揺らして朗らかに笑う。



「――まぁ、一食500CASHだもんな」



 たぶん、こちらのスケベな視線には気が付いていないのだと。そう思う事にする。


 それはそれとして、今ディサイドが食べている一般的なランチセットは一食10CASH。別に特段質素ではなく。むしろ成型肉ではない、家畜から直接切り出したステーキを食べる方が異常な贅沢なのだ。



「いやぁ、流石に私だってその値段なら食べませんよ」


「……今、安いのか?」



 そう聞くと、急に手を出したくなる。50CASHくらいならそれこそ生まれて初めてのステーキを食べてしまってもいいような気もしてしまう。



「はい、生身フレッシュな偉い人が来ているらしく250CASHの半額です!」



 要するにお偉いさんが食べるために特別に取り寄せた肉の、余りが安く提供されているということなのだろう。



「安い! 50%は確かに安い、安いけど。だが……っ!」



 それでも想定の500%も高い。悩む、一食で250CASHという金額は砲弾を回避するよりも勇気が必要だ。いや、失敗すれば250CASH以上の金額が吹き飛ぶのがAMの戦闘の判断を何度もして来たのだが。



「……どうしても、というのなら一切れ。食べますか?」


「食べる!」



 両手をテーブルに叩き付け、勢いよく立ち上がってから。ディサイドはとてもはしたない真似をしてしまった事に気が付いた。



「え、えぇ? そこまで…… ですか?」


「いや、その…… いや、300%食べたいのは事実だけど。なんというか」


「はぁ、ちょっとからかう気でしたけど。まぁ、いいでしょう」



 少し困ったような、それでいて楽しそうな顔で。ブロッサムストームは大きく切り分けたステーキをフォークで刺してこちらに差し出して来て。細かい事を考える前にディサイドはテーブル越しにその肉に喰らいつく。



(相棒バディ、いいえディサイド……)


「え? あ、おおう。色気より食い気なお年頃……?」



 首元からの骨伝導を通した冷ややかなアイリスのため息と、対面で目を丸くしたブロッサムストームの驚きを受けても尚。人生で初めて口にしたステーキの味は芳醇だった。


 不味くはないがこんなものだろうの領域を超えない今までの口にしたものは肉ではない。健康を意識し、最低限の脂しか含まれていない形成肉とは味わいが違う。味覚だけでなくしっかりとした噛み応えが文字通り生身フレッシュの肉体に染み渡る。



「……1000%、美味しい」


「うーむ、いやそれはそれで嬉しいのですが。もうちょっと色気のある感想も」


「なにを公衆の面前でいちゃついているのだ。お前たちは」



 聞き覚えのある呆れ果てた声で、ようやく思考が食欲以外の方向に向けられる。


 人目がある場所で恐ろしくはしたない真似をしてしまった事や、先ほどまでブロッサムストームが使っていたフォークを口にしてしまった事実を認識し。頬が物凄く熱くなっていくのを否応なく自覚してしまう。



「ちょっと新人ルーキーをからかおうとしていたんですがね。傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278」


「ミッションログが、半世紀ハーフセンチュリーを超えてないうちは新人ルーキーだ。ブロッサムストーム」



 今まで通信越しでしか見なかった、しかめっ面の壮年が。ランチプレートを持ってディサイド達が座るテーブルの横に立っていた。



「まぁ、それはそれとして。相席しますか? 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278」


「くそ…… 断ろうにも、実際他に席が無いのも事実か。0874、横に座るぞ」



 苦々しい顔のまま、傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278がディサイドの横に座ってくる。



「なんで、こっちに座るんすか?」


「……ブロッサムストームの隣より、マシだからだ」



 まぁ、確かに。ブロッサムストーム近くはいい匂いがして駄目なのは分かる。



「まったく、私をなんだと思っているのですか。0278」


「アキダリア地区で一番ヤバい登録傭兵ナンバーズだ」



 ディサイドの視点から見ると、ニアド・ラックの方が余程装備から見て厄介というか手の出しようが無いのだけれど。


 その辺りは人格とかコネクションとかそういう差が大きいのだろうと考えつつ。ディサイドは生まれて初めて食べたステーキの残り香を反芻する。やはりあの旨味の衝撃は大きいそれこそ500CASHの価値はある。



「うーん、傭兵初めて半年未満の新人ルーキーに負ける程度ですよ?」


「0874が普通の新人ルーキーなものか」


「……恵まれているのは、自覚していますがね」



 当然、アイリスのことは口にしない。彼女自身がその存在を開示すると明示しない限り。ディサイドが勝手にその存在を口にするべきではない。最低限のマナーと、何より彼女が表に出る事を望んでいないのだから。



「……まぁ、企業の紐付きでは無さそうだがな」


「え? コンツェルトなんですからライテック社の紐付きでは?」


「即金キャッシュで半年前に買った記録しかなかった。逆にそれはない」



 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278の行為にディサイドは顔をしかめた。流石に知らないところで勝手に裏を探られていい気分はしない。

 


「流石に、あそこまでこっぴどくやられたら探りたくなる。まぁ裏は無かったが」



 悪びれもなく、肩をすくめて返事をする辺り。最初からディサイドにこのことを伝えるつもりで話していたのだと気付く。



「……こっちの前で口にするって事は後ろから撃つ気はないんだろうけど」


「まぁそういうことだ、それはそれとして。一つお前好みの依頼を投げてやる」



 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278は、端末を取り出しスワイプやタップも無しにウィンドウを開いて、画面を操作していく。傍から見る限りかなり高性能な生体接続ディバイスを使っているのが伺えた。



「古い知り合いが、レースの護衛を探していてな」


「レース…… ああ、この時期なら。やはり?」



 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278の持つ端末の画面の中で、赤茶けた荒野にそびえ立つが映し出され。そのままディサイドたちの住む赤い星をくるりと一周するコースが示される。

 


「ああ、オリュンポス杯。依頼料は相場より安いが――」



 どこか皮肉気で、その上で楽しそうな顔をして。壮年の男は言葉を続ける。



「こういうタイプの依頼は嫌いじゃないだろう?」



 その言葉に、素直に頷くのは気に喰わなかったので。ディサイドは自分の端末をタップして。無言のままこちらに向かって開示されている依頼内容を受け取った。



◇◇◇ Mercenary chose a mission...... ◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る