MISSION05:ゲッカ・シュラーク防衛戦(後)


 正規の登録傭兵ナンバーズ同士の戦闘におけるセオリーとは。いかにして相手の行動範囲を制限し。致命傷となり得る攻撃を叩き込めるかに帰結する。



『つまるところ、セオリー通りに戦えば我々の敗北です』


「まさか、いざとなれば。逃げれば負けじゃない」



 閉鎖循環式都市クローズドシティスフィアを背に、対レーザーマントをはためかせながらフル・コンツェルトを加速させれば。


 吼え立てる位相ヴァルター機関の振動が、どくどくと鼓動するディサイドの心臓と共に高まり。興奮と共に思考が瞬間的な反射に傾いていく。



『――分かりました。損切のラインは、私が決定します』


「了解、戦術レベルの判断は100%アイリスに任せる」



 この戦闘は、ディサイドの意地と矜持以外の理由はほぼないと言っても良い。だから自分の理性は捨て去って、信頼できるアイリスに委ね。ただ剣を振るう鋼の獣として暴れぬくと決めた。



『敵機後衛、砲撃予測範囲。表示』



 モニターの中、いつもよりも無表情なアイリスがどうしようもない現実をレーダー上に並べたてていく。


 軽機関銃ライトマシンガンをメインウェポンとしたレイヴ3機を前衛に。その上で後衛の6機を砲撃でこちらを圧殺する布陣、セオリーに沿った理想的な布陣。



「ならさ、突っ切る!」



 だから、ディサイドはセオリーを全部無視して。敵が構築した十字砲火のキルゾーンに足を踏み入れる。



『英雄気取り―― それとも狂人か!』



 繋がったままになっている通信から、傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278、敵隊長機からの侮蔑と驚きを込めた言葉に対し。



「英雄気取りの、狂人だ!」



 ディサイドはそれを笑って受け入れる。


 4機のレイブが構える360mm重長砲バスタードカノンの有効射程範囲が重なるポイントに踏み込んで。予定通りの十字砲火を浴びせられるが――



『確定命中弾、1』


「全砲弾1点賭けは――」



 合計10門を超える火砲から、放たれる火線。だがその殆どは敵をキルゾーンに追い込むための制圧射撃である以上。そのキルゾーンに飛び込むのならば無視できる。


 更にそのキルゾーンに叩き込まれる本命の攻撃ですら、ある程度のばらつきをもって放たれる。逆を言うならば特定の砲弾に当たりに行くコースを取るのなら――


 対応すべき致命的な攻撃はただ1発に絞ることが出来る。



「しないよ、なぁっ!」



 超音速で迫る360mm重長砲バスタードカノンから放たれたAPFSDS弾を、限界まで集中したディサイドの反射神経が捉えて。その射線に無銘重長剣ネームレスバスタードの刃を叩き込む。



『――狂ってる』



 敵の驚愕の声を聞き流し。致命的な砲弾を切り抜ける。完全に正気を投げ捨てた本能の動きのままに。砲撃機を守るために前に出たレイブを白兵有効圏内クロスエンゲージに捉えて。



「まずはっ!」



 何発か軽機関銃ライトマシンガンの直撃を受けるが。致命的なダメージには程遠い。相手が得物を持ち換えて白兵戦の体勢を整える前に無銘重長剣ネームレスバスタードを叩き込む。



「1機だ!」



 前衛仕様のレイヴのボディ半ばまで切り込んで無力化。思いのほか機械の巣マキナネストで拾った無銘重長剣ネームレスバスタードが手になじむが。それ以上に、傭兵登録試験の時よりも上手く動けている実感がある。



『周囲から集中砲火、火線密度予測値。表示』



 だが、敵は登録傭兵ナンバーズに指揮された部隊である。今前線で戦うAMを操縦しているのがホモサピエンスなのか、AIなのかは分からない。


 しかし十分な学習を行い、複数機での連携を理解しているのは確かで。


 前衛の機体と、更に予備戦力として残されていた敵機が、軽機関銃ライトマシンガンを得物に迫り。ディサイドの駆るフル・コンツェルトを濃密な弾幕で足止めを狙ってくる。



「けど、意地を張るなら!」



 操縦桿を握り締め、ペダルを踏みこみ。位相ヴァルター機関の出力を限界近くまで振り回し。アイリスが可視化した弾幕の濃度の中で少しでもマシな部分にフル・コンツェルトをねじ込んで強引に突き進む。



『装甲に被弾多数』


「貫通は!」


『無し。ですが同じ攻撃を受ければ。高い確率で小破。悪ければ中破』



 状況は悪い。いや、最初からどうしようもなくひっくり返すことが出来ない。



「分かった! まだ退けとは言わないんだな?」



 けれどそんなことは分かった上で、意地を張ろうとディサイドは決めたのだ。



『はい、まさかもう退きたいとでも?』



 ディスプレイの中で、普段は表情の少ないアイリスが口角を吊り上げる。



「――120%冗談じゃねぇ!」



 そこまで言われた以上、自分から折れる選択肢はもう選ばない。位相ヴァルター機関の出力を推奨限界出力を突破させ、更に機体を加速。対レーザーマントを翻し、ディサイドは更に深く敵陣に切り込んでいく。



『――最低限、離脱を考える理性はあると思っていたが!』


「そっちから、狂人呼ばわりしてきたんだろうが!」



 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278からの挑発を安く買い潰し。


 もう一度、拾いかけていた理性を全力で捨て直す。そもそも100%引き際をアイリスに任せるのだから。逃げる事を考えるのは彼女に任せるのが筋だ。



『後衛、重自動拳銃オートモーゼル射程圏内』


「当たれ―― いや、当てる!」



 右肩のマントの内側から、隠し持っていた重自動拳銃オートモーゼルを抜き放ち。こちらを射程外から制圧しようとしていた360mm重長砲バスタードカノン装備のレイヴ、その脚部を撃ち抜く。



『2機もやった!? だが、それ以上の隠し玉は!』



 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278、敵隊長機のルアーマーレイヴが随伴機と共に出力を上げ。ディサイドの駆るフル・コンツェルトに迫る。



「隊長機が、前に出るなら!」



 歪な人型、あるいは鋭角の骸骨のようなレイヴに追加装甲を施し。更に背面にスラスターとウェポンラックを備えたアサルトパック。単純な推力と装甲においてコンツェルトと互角。


 故に、無銘重長剣ネームレスバスタードを叩き込めれば。チャンスはある。



『狂人め、動きが素直に過ぎる!』



 理性は叫ぶ、当たり前だ。敵だって馬鹿ではない。こちらが勝とうと思うのならば敵の頭を墜とすしかない。釣り餌として自分を使う程度のことはするだろう。


 レーザー砲が、360mm重長砲バスタードカノンが、ミサイルランチャーが、つまりは無数の火砲。その砲口がコンツェルトの装甲に向けられるのを肌で感じた。


 間違いなく死地、機動力は限界を超えて使い切っている。ロックオンアラートもガンガン響いていて。けれど、まだアイリスは――



「――っ!」



 もう、言葉を吐く理性すら捨て。限界まで引き延ばされた思考の中。モニターに表示された情報を疑わずに。ただ機体を制御する事だけに集中する。


 飛来するミサイル―― は無視できる。そもそもあの程度の小さな弾頭に、限界速度のコンツェルトに追いすがれる出力は持たせることが出来ない。


 複数の火砲、軽機関銃ライトマシンガンの弾幕はとりあえず無視する。直撃しても死にはしない。問題になるのは残り3門の360mm重長砲バスタードカノン


 いや傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278、隊長機も含めれば4門。


 1発は無銘重長剣ネームレスバスタードで切り払える。


 だが傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278へ向かうコースを考えれば、どうしても砲撃の散布を考えても3発中、2発はどうにかしなければならないが。それだけの耐久力はコンツェルトには存在しないし。回避する機動リソースも足りていない。


 解がでる前に4発の360mm重長砲バスタードカノンから砲弾が放たれる。理想的な同時弾着射撃。


 1発は直撃コースではない。1発は予定通り無銘重長剣ネームレスバスタードで叩き落せる。故に対応しなければならないのは残り2発で確定。

 

 理性が固まる前にトリガーを押し込み。重自動拳銃オートモーゼルを砲弾の射線に向け放つ。


 出来るという確信はない。ただ、それを当てなければどうしようもない。そんな実感が後から思考として追いついて。



「あと―― 1発!」



 砲弾と銃弾がぶつかるのと同時に、無銘重長剣ネームレスバスタードを振るい、予定通りに1発を切り払って。対処すべきはコンツェルトの顔面に直撃するコースの1発のみまで状況を詰めていく。



 もう両手は使い切った、足も前に進む為に全力だ。ならば、残っているものは――



 それはもう、操縦と呼べるものではない。普通のパイロットならそんな操作を行うところまで追い込まれた時点で負けだ。いやディサイドであってもこの状況は実質的な負けに等しいだろう。


 シートと連動した姿勢制御。本来ならスラスターの微妙な角度調整や、ちょっとした作業時に胴体や首の角度。その最終調整に使うためのシステム。


 それを強引に振り回し、胴と頭の動きで砲弾の直撃からは逃れる。



 衝撃が走る、モニターの左側が一瞬消え。次の瞬間、解析度の低いサブカメラの映像に切り替わり。ディサイドは賭けに勝ったことを理解した。



 頭部左側の小破と引き換えに。ディサイドの駆るフル・コンツェルトは白兵有効圏内クロスエンゲージ傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278の駆るフルアーマー・レイブ捉える事は出来た。


 敵機が両腕に構えた軽機関銃ライトマシンガンで弾幕を張る。これはどうしようもない。分かっていた。そもそも砲の数の差が圧倒的なのだから。


 多少、奇策をもってその差を埋めたとしても。まだ届かない。



「シールドユニット、起動っ!」



 だから、ここで切り札を切る。これまで砲弾を切り払う真似をして隠し通した通常の傭兵マーセナリーならば当然の装備。


 エネルギーを消費することで、強引に敵の攻撃を位相ヴァルター機関の斥力で無効化する通常の攻防ではまず最初に切るべき札。


 それで強引にAMの顔と顔が衝突しそうになる距離に踏み込んで。



「っだりゃあぁぁぁっ!」



 コンツェルトの小破した頭部を、フルアーマーレイブの頭部に全力で叩きつける。


 意味は無い、こんなことでAMを撃破することは出来ない。致命的な攻撃にはなり得ない。むしろ壊れかけたコンツェルトの頭部に更なるダメージを与えるだけで。買い直す羽目になれば中古でも5000CASHはするだろう。知ったことではない。



『――こけおどしを!』


『損切のラインです。ディサイド』


「分かったぁ!」



 アイリスの声で、理性を拾い直す。


 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278と文字通り接触するような距離。砲撃のラインは殆ど通っていない。シールドユニットを起動した瞬間、リミッターが働いてシャットダウンしかけた位相ヴァルター機関の出力を強引に上げ直し離脱コース踏み込んだ。次の瞬間――



『はぁっはっははぁ! 傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278とディサイド君に告げます!』



 戦域に、新たなAMの反応が現れた。



『No.666、ブロッサムストームだと!?』


「いや、なんで!?」



 この瞬間、傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278とディサイドの思考と感情はほぼ等しかった。



『なんで? ってそりゃ私もゲッカ・シュラークの防衛任務を受けましたので』


『――貴様が? あのホモサピエンス至上主義者にか!?』


『多少の軋轢は認めますがね』



 レーダー上の光点だったブロッサムストームの機体が。光学センサーに桃色の人型として現れる。



『一応、私も生身の人間ではありますので。さて、その上で――』



 ウィンドウに一見朗らかな声と顔をした少女が。



傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278、私とディサイドを両方相手にしたいですか?』



 しかし獰猛な表情と言葉と共に映し出される。


 それに応える為に、ウィンドウに映った傭兵登録番号マーセナリーナンバー0278の顔は。苦々しい表情をした青年の顔だった。



□□□―――RESULT―――□□□


MISSIONRANK:A+


整備費:3000CASH

弾薬費:90CASH


依頼報酬:10000CASH


収支合計:6910CASH



□□□―――STATUS―――□□□


ユニティ登録番号:個人情報により非開示

ユニティ登録名称:ディサイド

所属:傭兵組合

傭兵登録番号:0874

性別:男

年齢:18

総資産:18150CASH


・所持スキル

AM操縦免許

傭兵免許

基礎電脳操作技師


・コネクション

No.7787:ニアド・ラック

No.0666:ブロッサムストーム

未登録傭兵:ヤンスド・ナンデーナ

ユニティ自治区:ゲッカ・シュラーク


・保有装備

ウェポン:360mm重長砲バスタードカノン(ノンブランド)×2

ウェポン:重自動拳銃オートモーゼル(ノンブランド)×1

ウェポン:無銘重長剣ネームレスバスタード×1

ウェポン:対ビームコーティングマント(ノンブランド)×1

ウェポン:シールドユニット(ノンブランド)×1

ウェポン:推定120mm狙撃砲スナイパーカノン(未鑑定)×1

ウェポン:推定超高出力レーザー砲(未鑑定)×1


ヘッド:コンツェルト(ライテック社)

ヘッド:レイヴ(ライテック社)

ボディ:コンツェルト(ライテック社)

レッグ:コンツェルト(ライテック社)

レッグ:レイヴ(ライテック社)


To be continue Next MISSION……

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