MISSION05:ゲッカ・シュラーク防衛戦(前)
「しかし、よくこんな依頼を受けてくれたものだな」
「まぁ、こちらから見れば条件が110%くらい良かったんで」
いつものユニティ
たった1機の為に稼働する整備システムの奏でる音は、普段聞くものを
「シールドユニットと10000CASH。更に対レーザーマント付きで――」
「ああ、最低限の防衛を行ってくれれば構わない」
コンソールをその4本の手で操作する姿を見ながら、依頼人が元ホモサピエンスなのか、あるいはAIが肉体を持った存在なのか少しだけ悩む。
たとえその外見が全て
そもそもどちらであろうと使用されているパーツは変わらない以上。傍から見て区別する意味も価値も無いのだ。何より人権を保有しているのなら問いたださないのがマナーである。
「良いのか? 契約内容だと2~3機撃破したら。離脱するけど」
「最悪、死ぬと思ったら。1機も撃破せずとも逃げていい」
随分と破格な条件だ。ほとんど依頼としての体裁を整えただけに過ぎない。
「なんでそんな、緩い条件で?」
「ホモサピエンスの傭兵という条件は、それだけで恥知らずな事は理解している」
確かに依頼の条件として明確に傭兵の人種を記載することは間違いなくマナー違反で。それだけで眉を顰められ、普通の傭兵は依頼を受ける事は無いだろう。
「まぁ、マナー違反ではあるんですが…… 何故、と聞いても?」
「そうだな、君は・・・・・・ 人間の定義を何だと思う?」
随分と踏み込んだ話だと思う。一般的に考えれば避けるべきタイプの話題だと理解した上で。それでもこちらを頭二つ上から見下ろすグリーンの
「会話が出来る事、そして自分が影響を与えられ。与えてくれる相手。ですかね」
「ユニティの規定する番号の有無は?」
「その話をしだすと、俺はつい最近まで人間じゃなかったことになりますから」
ディサイドが実際にユニティから認められた番号を得たのは傭兵試験に受かった瞬間であり。それ以前は知性体であったとしても人として認められていなかった。
一応、ユニティも年間で万単位の枠をもって番号資格登録試験を行っているけれど。その殆どが既に権利を得ているものの子供によって埋められる。
「つまりは、自分と会話することが出来ず。影響を与えないものは?」
「人間だと、思ってたり。なかったり。まぁ半々ですかね」
一応、自分なりの定義を口には出せたが。実際その通りに割り切れないのも彼自身の実感ではある。知り合いが大切に思う相手ならばたとえ自分と会話も出来ず、影響を与えない存在に人間味を感じることもある。
「成程。たとえ定義を満たさないものも人だと思う事もある」
「そういうことも全然あるでしょ」
「それは…… 良い定義だ」
四つ腕の
「折角なんで、あんたの定義をお聞きしても―― Mr.ゲッカ・シュラーク」
Mr.ゲッカ・シュラーク、この自治区の名前と同じ。依頼人を示す固有名詞。少なくともこの整備工場を含む一定のエリアは自治区と認められており。そして彼自身にも登録番号が付与されている。
ディサイド自身と同じように、ユニティが認める人間である。
その名前に、この場所に、ただ一人で自治区を背負う彼にどんな人生があったのかは分からない。少なくとも依頼内容には記載されていなかった。
「ずっと、考えていて。分からなくなっていた――」
のっぺりとした
「だが、君のお陰で少しだけ思い出せたかもしれない」
ただ、少なくとも。今この瞬間。Mr.ゲッカ・シュラークから発せられる声には深い納得が込められているように感じられた。
そんなやり取りの最中、格納庫の中に警報が鳴り響く。
「敵機接近、かぁ」
ディサイドはタラップに足を向けて。
「――老人が張る意地に、最後まで付き合う必要はない」
後ろから投げかけられた、依頼者の声に。
「まぁ、傭兵として依頼料以上のことをする気はねぇって事で」
そう、傭兵としての矜持を答えて。少年は愛機の操縦席に向けて駆け上がる。
◇◇◇ Mercenary Starts Mission ◇◇◇
『――さて、ディサイド。どうします?』
「依頼主に言った通りに、いやそれ以上に筋は150%通す」
アセンブルは
『今、この瞬間に離脱しても依頼不履行にはなりませんが?』
「アイリス、それは俺が嫌だ」
依頼の上では問題はないし。極論すればMr.ゲッカ・シュラークですらそれで問題はないと考えるのかもしれない。だがその上でディサイドはそれを選びたくない。
「依頼者の
「この依頼はユニティ法上で許されたもので間違いないよな?」
しばらく画面の中で、アイリスは思考を巡らせ。
「それは、間違いなく」
「その上でアイリスは、今すぐ逃げろと?」
「はい―― 何故ならば」
ゲッカ・シュラーク自治区、古の単位で換算すると東京ドームとほぼ同じ広さの
『全機、フル・レイブですが重装備―― 隊長機は』
「フルアーマーにアサルトパック、かぁ・・・・・・」
両手両足に増加装甲を取りつけて。右肩に
その上で両腕に
『ユニティ自治区、ゲッカ・シュラークへ告げる』
アバター、あるいは生身の顔を表示しない
「他の機体は、フルアーマーも、アサルトパックも無し」
『ですが、全機
ざっと見渡せば、大型シールド、
『単純な火砲の数ではざっと20倍ですね』
「Mr.ゲッカ・シュラークの評判以前に、正面から戦えば100%死ぬと?」
『その通りです。その上で、戦端を開きますか?』
ディサイドは敵の最終通告を聞き流しつつ、脳内でそれを要約し。
『速やかにこの区画を明け渡せば、その生存は保証しよう』
「別に、ユニティの法は犯してねぇよな。Mr.ゲッカ・シュラークは」
ディサイドはマイクのスイッチを入れ、長々と続いていた口上に言葉を返す。
『彼が所有権を放棄すれば、最低でも10000を超える人間が――』
「別に、AIだからといって。人間ではないとは言わないが――」
実際に、アイリスの事はたとえユニティの番号を保有していなくとも間違いなく人間だと思ってはいる。
けれどあの自治区に
「そもそもあの街を開拓したのは、Mr.ゲッカ・シュラーク達だろう?」
『そうであっても、ユニティの法はより多くの人間の生存権の拡大を推奨している』
開拓者の自治権、現在増加するAIを含む人類定義を満たした存在の生存領域の拡大。この2つはどちらもユニティが基本的な人権として認めており。
(アイリス、ユニティ法の上で――)
(はい、法の優先順位は確定されていません)
つまるところ、どちらも正しいのなら。答えを決めるのは――
「だから、傭兵が依頼を受け。戦うんだろう?」
ディサイドは愛機の左手に握った得物の切先を、敵の隊長機に向ける。
『ちっ…… 大人しく撤退していれば、無傷で帰れただろうに』
11機のフル・レイヴ、そしてそれを統括する
「
『
双方の宣戦布告と共に、荒野に位相ヴァルター機関の咆哮が響き渡る。
◇◇◇ The battle begins for the mercenaries' mission ◇◇◇
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