第5話 全てを知り、守る巫女3

 社殿の中では、母親の春子と日巫女が向かい合って座っていた。

 日巫女が、真剣な顔で説明し始めた。


「春子さんには、ほんとうのことを話さなければいけませんね。私達『日一族』は、はるか昔から太陽の神に仕えてきました。一族の長は『日巫女』と呼ばれ、太陽の神が人間に多くの恵みを与えてくれるよう、祈り願うことを指命としています。」


「日巫女って、学生の時に習った古代史、魏志倭人伝に出てくる卑弥呼と何か関係があるのですか。」


「まさに、その卑弥呼が日巫女なのです。ただし、卑弥呼は歴史の中心に現われ、の国を統べる女王になったのですが、それ以降の日巫女は歴史の表舞台に立つことをだんだん避けて、普通の人間の中に隠れるように時を過ごしてきました。」


「卑弥呼の子孫が、忽然と日本の古代史から消えた理由ですか。しかし、どうしてそうしなければならなかったのですか。」


「私達がお仕えする太陽の神は、数百年の周期で人間に転生するのです。そして、その時は転生した神を密かに守る必要があるからです。」


「何から守らなければならないのですか。」


「転生した神を、怒れる神に導こうとする『闇一族』です。私達一族と長い歴史の中で戦ってきた者達ですが、太陽の神が人間として転生し、不安定な心をもつことにつけ込もうとするのです。」


「日巫女様のお話をそのまま素直に受けとると、私の息子の天てらすは、その太陽の神の転生者であるということでしょうか。」


「はい、偶然の一致、言霊がそれを示しています。その太陽の神の名前は『アマテラス』といいます。」


「 ……… あの子の母親として、私が行うべきことがあるのでしょうか。」


「神の転生者の母親として、何か特別なことをしなければならない事は全くありません。


 ただ、今のままでいてください。春子さんがたくさん与えてあげる愛情がてらす君の心を十分に満たすことで、てらす君は、人の幸せをいつも願う優しい神の心をもち続けるでしょう。」



 社殿の裏の広場のはずれにある手洗い場のそばで、彼が見てきた不思議な体験を登与があれこれ聞いていた。


「不思議ね、てらすはたくさんの風景を見たのよね。自分で感じたのはどれくらいの時間だったの。」

「とても素敵な風景ばかりで、我を忘れていましたが、1時間くらいでしょうか。」


「てらすが手洗い場の先で空中に消えて、再び姿を現わすまでわずか数秒間だったわ。そうか、前におばあちゃんが言っていた、現実世界とは時間の流れが異なる天界空間にいたのね。」


「天界空間ですか。」

「神や魔物など、霊力や魔力がかなり強い者しか入ることができない特別な空間だそうよ。」


「登与さん。いつか案内します。登与さんだって、だんだん霊力が強くなるから入ることができるようになると思います。」

「そうね。楽しみにしているわ。」


「ところで登与さん。僕はこの陽光山の中で是非行きたい場所があるのですが。」

「へ―、てらすはこの山に今日初めて来たのでしょう。」


「はい、そうです。」

「それなのに、もうお気に入りの場所ができたんだ。」


「木や草の緑が濃い、林が広がる山腹を歩いてみたいのですが、可能でしょうか。」

「山を管理するために、人間が歩けるようにしている道があるから、今から行ってみましょう。」


「わ―うれしいな。ありがとうございます。」



 彼と登与の2人は、山腹にある山の管理道を歩いていた。歩いていると、彼の体はだんだん緑色になってきた。


「あれ、てらすの体が緑色に染まってきたわ。」

「登与さんにも見えるのですね、僕の体に山の精霊達がどんどんひっついてきます。とてもかわいいな!」


「私には単に緑色にしか見えないけど、そんなにかわいいの。」

「はい、僕の体がまとっている雲のようなものを綿菓子のように食べています。」


 彼には聞こえていたが、精霊達が楽しそうにおしゃべりしていた。

「やはり、この子は昔たくさんこの世に暮らしていた神だね。」

「いや、人間のような身なりをしているぞ。不思議だ。」

「でも神だよ。オーラをもらって食べてみると、とてもおいしい。幸せの味だ。」


 しばらくそうしていると、オーラを食べさせてもらったお礼に、精霊達が歌を歌い始めた。


 サワサワー、サワサワー、サワサワー


 それは、ここちよい風が吹いている時の感じにとても似ていた。


 

 


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