第31話 消えない愛を抱いて

 



「そうか」



 ラウルもずっと気にしていた2人が漸く大きな1歩を踏み出せたと知り、安堵の息を吐いた。悩みの種はここにきて一気に消えていく。多少の悩みは時間を掛けていけば自然と解決していく。

 次の話題はガブリエルとリリーナとなった。毎月生活に困らない程度のお金は渡され、住む家もある。世話をする使用人はいないので自分達で生活をしていかないとならないが、離縁され、平民に戻されるのにかなり破格の待遇と言える。贅沢な生活にすっかりと慣れた2人が耐えられるかは不明だ。特にガブリエルは未だラウルを諦めていない。公爵令嬢から平民になってしまうともう彼と会う資格がなくなる。ソレイユ家に行かなかったかと問うと困ったようにラウルは笑った。どうやら行ったらしい。すぐに家令が追い出したそうだが疲れた顔を見ると申し訳なくなった。



「ごめんなさい……」

「エイレーネーが謝ることじゃない。公爵にも伝えてないんだ。もしこの件を知って、ガブリエル達の生活援助に影響が出たらいけないから」

「ラウル、それは甘いわ」

「分かってる。ただ、ガブリエルがああなったのは私にも責がある。こんな事しか出来ない」



 祝福の魔法が原因だったにしろ、元からラウルは優しい人なのだ。困っている人を見捨てられない。将来、義理とはいえ家族となるガブリエルに優しくしていたのもエイレーネーの妹だったからで。



「お父さんに他人が首を突っ込むなと言われて納得するしかなかった。ラウルもそうするしかないと思うの」

「ああ……私が出来るのはこれだけだ。後は、ガブリエル達次第さ」

「ガブリエルは逞しい子だから、平民に戻っても案外幸せに暮らしそうだわ」



 側にはリリーナがいる。貴族の生活に慣れても生まれてから平民として生活していたリリーナがいれば、時間は掛かれど馴染んでいく。

 冷たいが縁を切ってしまえば無関係となり、関わりはなくなる。無暗に首を突っ込んだところで負担を負うのは誰かとなると足も遠のく。こうしてゆったりとした時間をラウルと過ごせる日が来たのも、あの時イヴに思い切って父の許へ行きたいと言ったお陰だ。母メルルが亡くなり、側に行けない代わりにイヴが来て一緒に行こうと差し出された手を取っていたら、ラウルとこんな風に話をしたりお茶を飲む事だって出来なかった。陰ながらずっと守ってくれていた父に感謝した。蟠りや遠慮がないのはイヴが毎日父の話をしてくれていたから。よくよく考えるとイヴは亡くなったメルルの代わりをしてくれていた。父の話は勿論、家庭教師では足りない魔法の特訓、淑女としての振る舞い、その他様々な知識を授けてくれた。イヴがどう思っているか今度聞いてみるがエイレーネーからしたら大切な友人だ。天使が恐れ敬う神の一族出身者を友人と呼んでいいのか考えるも、イヴなら面白おかしく笑って「それが?」と言ってしまう。


 髪を優しく撫でる風が吹いた。心地よい温度もあり、眠気を感じ始めた時。思い出したように「あ」と発したラウルが待っててと告げ、結界の外へ走って行った。すぐに戻ると両手に箱を抱えていた。大事に抱いていたそれをエイレーネーに渡した。



「以前、渡せなかった紫のチューリップのスノードームを受け取ってほしい」



 あれは第1王子と聖女主催の小パーティー当日。エイレーネーを迎えに来たラウルが持っていたスノードーム。チューリップはガブリエルの好きな花だから、てっきりガブリエルに渡すのだとばかり思っていた。花言葉で紫のチューリップを選んだと言う言葉を思い出し、了承を得て箱からスノードームを取り出しテーブルに置いた。



「綺麗……」



 ガラスの中の紫のチューリップの周囲を舞う淡い粒子の色は青みがかった銀色。可憐なチューリップと美しい粒子が舞うスノードームは、派手過ぎず豪華過ぎない。主張の激しい装飾品や置物を嫌うエイレーネーの好みをよく知っている。粒子は底に描かれた魔法陣から生み出され、際限なく発生していた。



「エイレーネー」



 すっかりとスノードームに夢中になっていたら、真剣みを帯びた声に呼ばれ視線をラウルへと変えた。



「改めて、言わせてほしい。


 ——どうか、私の妻になって、ずっと一緒にいてくれ」



 魔法使いとなって多忙な日々に遭おうと、時に危険な依頼に身を投じようとも、エイレーネーが帰るのをずっと待つ。


 普通は妻が夫に贈る台詞ねとエイレーネーが言うとラウルは少し恥ずかし気にしながらも釣られて笑った。



「ねえ、ラウル。強い魔力を持つ魔法使いは寿命が長くて若くいられるのですって。お父さんに教えられた」

「綺麗なエイレーネーをずっと傍で見られるのなら願ったり叶ったりさ。寿命で私が先に逝っても君をずっと待ってる」

「本当に、待っててくれる? 中々、会いに逝けないかもしれないわよ?」

「君に必ず会えると分かっているから、ずっと待っていられるよ」



 どれだけ待っても会えなかった日々と違う。長く待たされても必ず会えると分かっているなら、待つ価値はある。


 椅子から立ち上がり、勢いよくラウルに抱き着くと多少よろけるもしっかりと受け止めてくれた。



「……ところで、エイレーネーがソレイユ家に嫁いだらあの人も来ることになるのかな?」

「イヴの事?」

「あ、ああ」

「イヴはお父さんのお世話で忙しいから来ないわよ」



 エイレーネーがホロロギウム家にいた時は毎日ダグラスの家とホロロギウム邸を行き来していたイヴ。今は専らダグラスの世話と屋敷の管理に精を出している。傍から見ると主婦に見えなくもない。偶には来るだろうが基本は此処にいる。


 ホッとしたラウルに先程の返事をした。



「ラウル、私を貴方の妻にして」

 ずっと一緒にいましょう。


 抱き締め返すとラウルの腕の力が強まり、温かく優しい風が吹くと紫のチューリップの花弁が無数に舞う。


 紫のチューリップの花言葉は「永遠の愛」「不滅の愛」


 消えない愛を抱いて、花弁に包まれて2人は微笑み合った。



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