第30話 納得したのなら

 


 厨房で湯を沸かしている最中、棚から取り出した茶葉の量が少ないと知り、明日の買い物リストに入れた。3人分のマグカップを置いて一旦テーブルに戻ったエイレーネーはナッツがゴロゴロと混ぜられたクッキーを顰めっ面をしながら食べるイヴの隣に座った。



「固いなら別のを出しましょうか?」

「いいよ、これで」



 いいと言う割に顔は言葉通りじゃない。歯応えがあり過ぎて顎が疲れるクッキーだがこれはこれで美味しい。1つ食べ終えるとダグラスに先程の話を出した。



「ガブリエルが後継者から外されたら、どこか他家へ嫁ぐという事ですか?」

「さてな。それについては聞かなかった。あいつの問題だ」


 よくガブリエルやリリーナが納得したなと意外に思ったら、思考を読んだのかダグラスは「無理矢理後継者から外したそうだ」と発した。驚くエイレーネーとは違い、淡々と語った。



「エイレーネーの事に関してはともかく、ホロロギウム家の跡取りとして教育されているとロナウドは思っていたらしい。あいつ自身は公爵としての仕事で多忙だからな、娘の事は全て母親や周りに任せきりだった」



 別邸に住んでいる時は基礎的な勉学や淑女教育を学ばせていた。本邸に移ってからは、エイレーネーがソレイユ家に嫁ぐのだからとガブリエルに別邸で受けていた教育に当主教育も追加した。婿はロナウドが優秀と名高い跡取りではない令息を探していた。ラウルに懸想し、毎回エイレーネーを牽制してばかりのガブリエルを放置していたロナウドも同罪であるが婿が見つからず、1カ月前の話し合いが終わってもラウルへの想いを諦めないガブリエルを初めて叱った。


 効果は最悪な方に抜群であった。



「大層泣いて暴れたみたいだ。ソレイユの息子を諦めないと暴れ、母親まで同調しロナウドの声に耳を傾けなかったようだ」

「魔獣にそっくりだったからっていうラウルを忘れてはない……ですよね?」

「さあ。どうだかな」

「魔獣にそっくりなだけでラウルが私を放ってまでガブリエルを優先することはないって自信があったのね」



 説明でダグラスの祝福の魔法が大きな原因だと受けてもラウルの気持ちは絶対に自分にあるとガブリエルは譲らなかった。この間の突撃訪問を聞いてロナウドは諦めてしまった。傍から見たら仲の良い家族3人だったのは、エイレーネーがいなくなると呆気なく崩れる脆い関係だった。複雑な気分になっているとイヴの手が頭に乗せられた。



「レーネは気にしなくていいよ。自業自得さ」

「ラウルの時もそうだけど……ガブリエルともちゃんと話をしないといけなかった」

「したところで君が悪者にされて終わりさ。大体、あの妹君が君の話を最後まで大人しく聞くと思う?」

「……いいえ」



 エイレーネーの一言が全てを物語っている。



「お義母様はなんと言っているのですか?」

「娘を後継者から外すなら、ロナウドとは離縁すると言い放った。ロナウドもそれを了承した」

「ええ!?」



 1度放った言葉は無かった事にはならない、とはダグラスの言葉。自身が受けてロナウドは言葉の重みというものを改めて認識した。リリーナはカッとなってつい言ってしまっただけ、離縁はしたくないと縋ったらしいがロナウドは撤回しなかった。現在、離縁の受理を待っている最中。


 2人の馴れ初めは詳しくは知らないが、貴族と平民の壁を越えて愛し合った2人が離縁をする驚愕は暫く消えない。離縁後、リリーナとガブリエルは嘗てロナウドが購入した別邸に住居を移し、生活費も贅沢をしなければ十分に暮らしていける金額を毎月支払われる。豪華なドレスや流行のファッションに目がないガブリエルや綺麗な物が好きなリリーナが今までの生活水準を下げて生活が出来るか不安過ぎる。すぐにお金が無くなりそうだね、とはイヴ。イヴの言葉に肯定せざるを得ない。



「エイレーネー。これはロナウド達の問題だ。お前や俺が首を突っ込むことじゃない」

「え、ええ」



 ロナウドの離縁はすぐに社交界に知れ渡り、ソレイユ公爵夫人経由からラウルの耳に入るのも時間の問題だろう。複雑ではあるがダグラスからある話を告げられた。



「それと、ロナウドは魔法研究所の手伝いをすることになった」

「公爵様が?」

「ああ。元々、密かに資金提供をしていたことを研究所の所長は知っていたからあっさりと受け入れてくれた。領地に行って母と決別したのが大きな切っ掛けだったのだろう」



 優秀な魔法使いを数多く輩出したホロロギウム家が魔法研究所の資金提供をしても変じゃなくても、魔法嫌いのロナウドがすれば話は別。長年匿名で資金提供をしていたと知るのは所長のみ。祖母の魔法への劣等感がなければ、ダグラスとロナウドは兄弟として過ごし本当は好きな魔法にだって関われた。何かをするのに遅い早いもない、必要なのはそれを継続させる努力だけ。魔法暗号の解除や古文書の解読、複雑な計算式を用いて使う儀式魔法の準備等、魔法使いの才能がなかろうが膨大な知識を頭に全て記憶するのは並大抵の者では難しい。



「公爵と研究者の両立は大変だろうがあいつならやり遂げるさ」

「今度、公爵様に言ってあげてください。きっとお父さんからの言葉だったら、公爵様も自信を持つと思います」

「そうか?」



 絶対に。エイレーネーは力強く頷いた。


 数日後。訪問日にやって来たラウルを迎えたエイレーネーは、お茶を用意している庭に案内した。天気が良い日は庭で会うのが定番となった。ラウルと会う日で雨になった事がない。もしかすると天気が悪い日は父が快晴にしてくれていたりして、なんて笑むと「多分、そうなんじゃないか」とラウルも釣られて笑う。



「母上から聞いたんだが……ホロロギウム公爵夫妻は離縁したそうだな」

「ええ」



 先日、ロナウドが来てダグラスと話した内容に離縁も含まれていた。理由を話すと何とも言えない顔をされた。ガブリエルに関して自分自身にも原因があるとラウルは感じている。エイレーネーにもそれは言える。

 ホロロギウム家は他家となった。他家の事情に首を突っ込むな、とはダグラスの言葉。頷くしかない。



「社交界はホロロギウム夫妻の離縁で話題が埋まっているよ。特に、公爵が魔法研究を始めたのが大きい」

「以前から、魔法研究所に支援はしていたみたいなの。領地にいるお祖母様とも話を付けられたみたいだし、これからは好きだった魔法に携わっていけそうよ」

「公爵は……魔法が好きだったんだな。でも、魔法が好きだと言えない環境にいたから、あんな風になってしまった」

「お父さんは自分から公爵様に会おうとしなかったの? って聞いたの。そうしたら」



 魔力も安定せず、意図せず魔法を使ってロナウドに怪我を負わせる危険や母からの言い付けもあり自分から近付こうと考えた事がないと淡々と述べられた。父らしいと苦笑した。


 

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