第29話 帰る場所


 朝食を終えて外に出て、ベッドシーツを洗い、風の魔法で乾燥させていると眠そうに紅茶を飲んでいたダグラスが外に出てきた。手にはクロワッサンサンド。昨日イヴと買ったハムが挟んである。新鮮な野菜と一緒に挟んだクロワッサンサンドを食べながら外を見るダグラスに声を掛けた。今気付いたとばかりにダグラスの黄金の瞳がエイレーネーを視界に入れた。



「どうしたのですか?」

「ああ……」

「?」



 眠いからか、今日はぼんやりとしている。



「気になる事が?」

「そんなところだ」



 再び前を向いたダグラス。

 エイレーネーが見てもそこには何もない。

 何かが起きれば変化が訪れると乾燥を再開させた。



「――来たな」

「え」



 およそ20分経過した辺りでダグラスが発した。シーツの乾燥もそろそろ終える頃に。乾燥の手は止めず、ダグラスが向いている方を見たエイレーネーだが何も起きていない。かと思いきや、急に人が現れた。エイレーネーもダグラスもよく知る人だ。

 エイレーネー達と目が合うと「あ……」と気まずそうにするが此方へやって来た。

 訪問者――ロナウドはシーツを風の魔法で乾燥中のエイレーネーを一瞥するなり、3個目のクロワッサンサンドを食べているダグラスに向いた。

 今までのロナウドなら、自分が来たのに立ったまま食事をしているダグラスを見れば苛ついていた。此処にいるロナウドに苛立ちは感じられない。



「……話したい事があって来た」

「そうか」

「私が来ると知っていたのか?」

「なんとなく、な」

「……それで私を通したのか」

「いや。結界がお前を通した。お前に敵意を感じなかったんだろうな」

「……」



 シーツの乾燥もそろそろ終わる。シーツを畳んで収納スペースに仕舞ったら、街に出て買い物をしよう。何ならイヴを誘おう。2人だけの方がロナウドも話をしやすい。

 何かを言いたげにチラチラとロナウドに見られるも、声を掛けられるまでは気付かない振りを貫く。エイレーネーから話しかけてもロナウドは言わないだろうから。


「中に入るか」ダグラスに促されたロナウドは固く頷き、クロワッサンサンドを食べながら屋敷に入ったダグラスの後を付いて歩いた。長年見てきた堂々とした姿じゃない、おどおどとした後ろ姿は1度も見た事がない。どうしてか、頼りない後ろ姿は兄の後を追いかける弟にしか見えない。


 風を消し、ふわりと舞うシーツを両手で受け止め邸内に入り、それぞれの部屋の収納スペースにベッドシーツを畳んで仕舞った。誰が誰のかを分かるよう色や刺繍で分けている。



「私のは若葉色、お父さんは黒、イヴは白。分かりやすい」



 自分自身もだが予想に反しない色の好み。イヴを誘って街に出ようと部屋に行くと丁度イヴが出てきた。



「うん? どうしたのレーネ」

「イヴ。今から買い物に行きましょう?」

「いいけど、欲しい物があるの?」

「そうじゃないわ。公爵様がお父さんを訪ねに来たから、誰もいない方が話をしやすいかなって」

「ああ、そういうこと。いいよ」



 長年の確執は簡単には消えないだろうがあの2人は、時間を掛ければ良い傾向になっていくと期待したい。エイレーネーの転移魔法で街に着いた。ここ1月で魔法の腕もかなり上達をした。毎日研究で部屋に引き籠ってばかりのダグラスに魔法を見てほしいと頼めば、ずっとは無理でも数時間程時間を作って見てくれる。イヴが付き合ってくれるのもある。


 目立たないよう人目が少ない路地に到着。表に出てまず向かったのはケーキ屋。以前、エイレーネーがうさぎ姿だったイヴと食べる為に沢山購入した店だ。



「あ」



 以前にも見かけた意外な人は今日もいた。先月の話し合いの場にもいた聖女アリアーヌ。前は声を掛ける程親しい間柄ではないから話し掛けなかった。今も変わらない。声を掛けるか迷っていると「レーネ?」と店の前で立ったまま困った顔をするエイレーネーを見兼ねたイヴに呼ばれた。イヴの声でアリアーヌもエイレーネーに気付いたらしく顔が此方に向けられた。イヴを見るなり慌てて頭を下げた。



「レーネ、私って怖く見える?」

「聖女様の立場からしたらそうなんじゃないのかしら……」

「偉いのは私じゃなくて、兄者や甥っ子なのに」



 聖女の立場では、神ではなくても、神の一族出身者であるイヴに畏敬の念を抱くのは仕方ない。

 アリアーヌに頭を上げてもらい、一緒に店内へと入った。


 店内は混んでおり、ケーキを買おうにも列が成していた。最後尾に並ぶとプルプル震えているアリアーヌが気の毒に思えてイヴにうさぎの姿になってもらった。うさぎの方が緊張もマシになるだろうと。

 アリアーヌは変わらなかった。うさぎだろうが中身がイヴだと知っていたら意味が無かった。



「アリアーヌ様、大丈夫ですか?」

「は、はい、大丈夫ですっ」

「そんな風には見えませんが……」

「わ、私や大聖堂に属する方々は、皆天使様や神様への信仰心を叩きこまれます。彼等は私達にとっての絶対の主であり、逆らってはならない尊き方々だと」

「それを悪用したのが例の大天使」

「わあっ」



 うさぎから元の姿に戻ったイヴが補足した。うさぎになってもアリアーヌの怯えようが変わらないなら、元の姿の方が楽だからと。



「人間達の信仰心によって神や天使は清らかな気を与えられ、悪魔を狩った時に負う穢れやストレスを浄化するんだ」

「天使にも悪い事をする人がいるのね……」

「はは。出世欲が強くてね。大天使の1人にとても強いのがいてね、彼はある帝国の教会に駐在しているんだ」



 本来、神への祝福を告げに来る時だけ現れる大天使が1つの場所に長期的にいることはまあない。帝国が特別なのではなく、大天使に駐在するようイヴの3番目の兄が言い付けた。

 何故? と訊ねても内緒と秘密にされて終わったとか。



「どうせ、碌でもない理由なんだろうけど」

「碌でもない?」

「兄者も碌でもないけど、お兄ちゃんはもっと碌でもない。性格の悪さで言うと私達の中で1番じゃないかな」

「……イヴもイヴのお兄さん達も天使様より偉い人達なのよね?」

「天使が護る存在ではあるかな。それが?」

「なんでもない……」



 自由気儘過ぎるイヴ達に天使や彼等の甥っ子は相当苦労していそう……エイレーネーは内心気の毒に感じた。

 列が自分達の番に来た。先をアリアーヌに譲ろうとするも、イヴがいるからか勢いよく首を振られてしまった。

 断ってもアリアーヌも譲らないので先に行き、ガラスケース内にあるケーキを数種類選び会計を済ませ、店の外に出た。



「お父さん達の話し合いはもう終わったかしら?」

「相手はダグラスだからね、終わっていてもおかしくはないさ」

「そうね。公爵様は領地でお祖母様ときっと話をして、お父さんの所に来たんでしょう……」

「公爵の方は、母親の影響があったとしても君の母や王様達みたいにゴリ押しで会いに行っていれば、普通とはいかなくても公爵が望んでいた兄弟として過ごせたんじゃないかな」

「そうね……」



 今までの仕打ちは忘れられないし、許す気もないがロナウドはエイレーネーを通じてダグラスを見ていたんだ。ダグラスと同じで自分に無関心、何をしても気にされず、憎しみと苛立ちを常に抱えていた。

 ロナウドの影響を濃く受けたリリーナやガブリエルからの嫌がらせも許すつもりはないがもう関わりたくないのが本音。

 お互い関わり合いにならなければ、平穏に暮らせる。


「エイレーネー様」アリアーヌがケーキの入った箱を持って店から出てきた。



「エイレーネー様方はお帰りに?」

「ええ。聖女様は?」

「私も城に。殿下や側妃様と食べようと」

「そういえば、前にお父さんと陛下の執務室に突撃したら、陛下は大きなシュークリームを食べていたんだけど。陛下は甘い物が好きなのですか?」

「はい。陛下も殿下もスイーツは大好きですよ」



 双子の兄が生きていると知らされた際の王子は涙を流し喜んでいた。育てられた場所と育ての親の話になると驚愕していたものの、兄の様子を聞かされると半分呆れてはいたが何時か会える日が来ると良いと寂しげに笑っていたとか。

 そんな日はないのだろう。捨てられた王子の方は真実を知らない。王族と異なる色を持って生まれただけで捨てた人間をきっと恨んでいるから。

 長年臥せっている王妃には、体調の良い日に伝える事とした。



「エイレーネー様。これからもラウル様と仲良くしてください。殿下の許に相談をしに来るラウル様はいつも落ち込んでいたので」

「殿下に相談を?」

「はい。歳が近いですし、殿下はいつも心配されていたので……。ガブリエル様にもいつか良縁が舞い込んできますよ」

「そうですね」



 ガブリエルはホロロギウム家を継ぐのだ、ロナウドが縁を探す。

 アリアーヌと別れ、雑貨店を何店か回った後屋敷に戻った。

 ロナウドは既に帰っており、丁度玄関にいたダグラスと出くわした。



「おかえり」

「ただいま戻りました。公爵様とのお話はどうでした?」

「ああ。ロナウドは娘を後継者から外して、親戚筋から養子を貰うそうだ」

「え」



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