第28話 ガブリエルは諦めない③
貴族としてよりも、魔法使いとしていてほしいダグラスに極力貴族問題に関わらせたくなかったメルル。愛しているのはダグラスとしても、貴族として生まれたからには必ず役割というものが付き纏う。メルルにとっての役割がロナウドと結婚し、借金の肩代わりをしてもらうこと。好いているから婚約を申し込んだのではなく、ダグラスへの憎しみから婚約をしただけだと見抜いていたメルルは初夜の日にロナウドを突き放した。ガブリエルは話を聞かされており、初夜の日にメルルが口にした台詞を再現した。政略結婚とはこういうものだろうが母はロナウドの思惑に気付いていたからこそ、敢えて突き放したのではないかと思った。
偶に母を見ていたロナウドの目は寂しげであった。もしかすると、あれは愛していたからではなく、母への申し訳なさだったのやもと。周囲に不貞と嗤われようがメルルはダグラスとの関係を続け、エイレーネーを身籠った。
「お母様はお腹に子供が宿れば、公爵様は離縁すると思っていたんだわ」
実際はダグラス憎しが勝り、離縁はしなかった。
「ガブリエル。文句を言いたいなら、公爵様に言いなさい。此処で喚いてもどうにもならない」
「お父様はあの話し合いからずっと変でわたくしやお母様が話しかけてもずっと上の空! 急に領地に行くと言い出すなんておかしいです」
「お父さんと公爵様の関係が拗れているのはお祖母様のせいと知って領地に戻ったのよ」
「嘘です。お祖母様はいつもお父様やお母様、わたくしに優しくしてくれます。顔を見せるだけで話もしないお姉様をいつも嘆いていました」
「お祖母様と私はそれでいいの」
会っても傷付き、傷付けられるだけ。
なら、会わなくて正解だ。
意味が分からないと喚くガブリエルをどう帰そうか考え始めた矢先、ラウルを味方にしたら優勢になると期待したガブリエルがラウルに駆け寄った。が、ラウルは手で制した。
「ラウル、様……?」
「ガブリエル。すまないが私もエイレーネーと同意見だ。昨日の話を聞いていたら、エイレーネーと祖母殿は会わなくて正解なんだ。会ってしまえば、お互いに傷付く」
「ラウル様までそんな事を言うのですか!?」
「誰にだって相性がある。合わない者同士を会わせても良い事は何もない」
「お祖母様がお姉様に会いたがっているとラウル様は知らないからその様な事を言えるのです!」
「会いたがっている真意を少なくとも祖父殿は見抜いているんだろう? ダグラス様の祝福の魔法が遠ざけていたにしても、誰かがエイレーネーに近付けさせないとしたなら、その時点でエイレーネーに会う資格は君達の祖母殿にはないんだ」
「……この前までの僕が言えた義理じゃないけどね……」最後、自嘲気味に呟いたラウルの声は届かず、おかしいおかしいと何度も叫ぶガブリエルの声は高く頭が痛くなってくる。家族なら会うべきという主張は間違ってないが関係が破綻していれば、会ったところで待ち受けるのは永遠に交わらない関係のみ。
理想の家族が崩壊していく光景をガブリエルは耐えられないのだ。エイレーネーを犠牲にして築き上げた理想は、エイレーネーがいなくなるとあっさりと崩れた。
「ガブリエル」とエイレーネーが呼ぶと喚き続けるガブリエルやおろおろする従者や馭者が一瞬にして消えた。無意識にダグラスの方を向くと魔法を使った感覚があった。
「ホロロギウム家に帰した。後はあの家の問題だ。これ以上聞いたところでどうにもならん」
「公爵様は何をしに領地へ行ったと思いますか?」
「母と話をしたくなったんだろう。俺が言っていたのが事実なのかを」
「もしも、本当だと言われたら……」
「その辺りは父が説明する。その後どうなるかはロナウド次第だ」
信じていた人の言葉が偽りだと知らされた時のロナウドの驚愕はエイレーネーでは知れない。
ロナウドにとって転機になってくれたらと願う。
ダグラスもそう願っている。
――イヴが戻ったのは夕刻。ラウルは既に帰宅しており、次回の訪問日を告げてから帰って行った。大変満足気に戻ったイヴを不思議そうに見れば、クスクスと笑われた。
「楽しそうねイヴ」
「ああ、楽しいよ」
「陛下や王妃様はどんな様子だった?」
「王妃はいなかったよ。いたのは王と側妃、それに王子と聖女。天使の成れの果てを見て顔色を悪くしていた」
「……そう」
エイレーネーも見て卒倒しかけ、最後本当に卒倒した。
「捨てられた王子の話も再度した。臥せったままの王妃に話すか話さないかは向こうが決める」
「王子殿下の容姿は変えられたままなの?」
「そうだよ。術者でないと解除不可能な魔法みたいでね。後は天使や神が持つ浄化の力のみ。まあ、その見目のお陰で魔界では丁寧に扱われているんだ、元の見目より変えられた見目の方が王子にとっては住みやすい」
「そうなのね……」
魔族の王に育てられた王子は多少の傲慢さはあれど、お人好しな魔王のお陰か悪魔特有の残虐さはなく、好きな女の子に振られ失恋中でも育ての親の執務の手伝いを再開しだしているとか。
ふと、王子が好きだった女の子がどんな人なのかを訊ねた。
「イヴは知ってる?」
「兄者から聞いた。今時、天使でも珍しい純粋な女の子だって」
「悪魔のイメージからかなり遠い……」
「父親の魔族がかなり過保護に育てたせいで立派な箱入り娘になったんだって。兄者が夢中になってるのは呆れるけど」
「……うん?」
何となく、聞かない方が良いのかと思いつつ、イヴの長兄が王子の好きな女の子といるのかと問うとあっさりと肯定された。何があったのか詳細は知らないが女の子の父親が昔イヴの長兄を瀕死の重傷に追い込んだ魔族で、娘とは思えないくらいの純粋な姿に夢中になってしまったとか。王子の失恋には間接的に関わっているとか。王子が失恋したのは、恋人を作り女の子に嫌がらせをしたのが原因だ。
1ヵ月前にも聞いたが相手の気持ちを試す行為をするのは何故だと問いたくなる。イヴに「もしも婚約者君が王子と同じ事をしていたら、レーネはどうしてた?」と言われ、考えた。出た答えは「お別れするわ」の一言だった。
吹き出し、お腹を抱えて大笑いするイヴに呆れつつ、夕飯の準備をしようと呼び掛けた。
「はは……レーネは面白いね」
「そう?」
「うん。けど、今の婚約者君とのお別れは考えてないだろう?」
「……ええ」
「魔法使いで公爵夫人になればいいさ。嫌になったら、此処に帰っておいで。私やダグラスはいつでもいてあげる」
「ありがとう、イヴ」
帰る場所があるのとないのとでは、気の持ちようは大きく変わる。
「夕飯は何にする?」
「外食にしてみる?」
「なら、2人でダグラスを外に引っ張り出そう」
決まると2人は意気揚々とダグラスの部屋に向かった。
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