第27話 ガブリエルは諦めない②

 

 話し合いから1ヵ月が経過した。数日置きに訪問するラウルとは、婚約の話は偶にするだけで徐々に距離を縮めて行った。今日もラウルはやって来た。ガブリエルにそっくりだと言う魔獣ガブの絵姿を見せてもらった時は驚いた。ラウルの言う通りそっくりだった。描いたのはラウルらしく、大きな丸い瞳をキラキラ輝かせてラウルを見つめる顔がガブリエルそのものだった。思わず目を擦った程。ラウルの画力が高いのもガブリエルにそっくりだと思わせる要因だ。

 ダグラスは相変わらず魔法の研究で部屋に籠り切り、イヴは先日の話し合いで判明した件の医師が自白剤を用いた事で全てを白状したと王家からの連絡を受けて1人王宮へと行っている。神の一族であるイヴを見るだけで卒倒しそうな聖女を気にしつつも、力を得ようと潔白の赤子を悪魔憑きだと偽った天使の成れの果てを見せられる王家にも少し同情した。

 先にダグラスとエイレーネーには見せてあげると、約18年生きながらに殺され続ける天使を見せられた時はエイレーネーが卒倒した。他の天使への見せしめに残していると説明を受けた。効果は絶大で、ルールを破って力を得ようと画策する馬鹿が激減して良かったとイヴは満足気。ダグラスは卒倒したエイレーネーを部屋に戻してイヴに小言を言った。

 ただ、イヴによると最近も天使のルール破りがあったとか。その時はイヴの探す長兄が罰を下し、ルールを破った天使は皆黒焦げになった。


 天使の黒焦げになった羽を見る? と出し掛けたイヴを全力で止めたのは言うまでもない。


 若干遠い目になりそうだったが今日はラウルに見せたい物があったと思い出し、ラウルを呼んでそれを広げた。



「この間完成したの」

「すごい、そっくりじゃないか」



 魔獣ガブを刺繍で表現してみたのだ。所々歪で完璧とは程遠い。ラウルの目が指先に貼られた包帯にいった。



「あ……これ? 針を指に何度も刺してしまって……」



 元々、刺繍が得意じゃないエイレーネーは苦笑する。逆にガブリエルは刺繍が得意でよく自慢をしに来た。

 心配そうに見られるもすぐに治るとハンカチを見せる。



「もっと練習をしたら上手になるわ。また完成したら見てくれる?」

「勿論だ。エイレーネー、そのハンカチ私にくれないか?」

「え?」



 とても人に渡せる代物じゃない。下手くそな刺繍のあるハンカチを持っていたらラウルが笑われてしまう。



「気持ちは嬉しいけど遠慮するわ。もっと上手になったら」

「私はこれがいいんだ」

「あ」



 ハンカチを取ったラウルは嬉し気に下手くそなガブの刺繍をなぞった。



「エイレーネーが作った刺繍入りのハンカチが欲しいんだ。駄目……かな?」

「……そ、そんな下手でいいの?」

「そこまで卑下しなくていい。ガブの可愛さは十分伝わっているし、エイレーネーの努力も伝わっている。次も私にくれないか?」

「……ふふ。ええ、勿論。その時はこれよりも上手なのを」

「ありがとう」



 ハンカチを綺麗に畳み、上着のポケットに仕舞ったラウル。

 次は何を話そうかと考えていると屋敷の周辺に貼られた結界に異変が。空を覆う波紋。消えたかと思えばまた波紋が覆う。

 腰を上げた2人が様子を見に行こうと行き掛けると部屋に籠っていたダグラスが出てきた。



「お父さん」

「エイレーネーか」

「結界が……」

「ああ。心配には及ばん。招かれざる客が来ただけだ。放っておけば諦めるだろう」

「一体、誰が来たのですか?」

「ふむ」



 ダグラスの黄金の瞳が輝く。遠隔透視魔法だ。

 結界に阻まれる人物を見つけたのか、ダグラスは「はあ」と溜息を吐いた。



「誰なのですか?」

「ロナウドの娘だ」

「ええ!?」



 ガブリエルが単身ダグラスの屋敷に!?

 リリーナやロナウドはいない。従者と馭者がいるらしいが身内は誰もいない。泣きながら結界を叩いており、どうして通れないのかと叫んでいる。



「追い返すか?」

「……いえ……ガブリエルを通してあげてください」



 ガブリエルがエイレーネーに危害を加えようが即座に結界を展開すればいいだけ。

「いいのか?」と、ダグラスに問われ頷いた。何をしに来たか理由を知りたい。ロナウドやリリーナがいないということは、ガブリエルの独断で来たと推測される。でなければあの2人がガブリエルを単身此処に来させはしない。

 エイレーネーの希望通りダグラスは結界を一旦解き、ガブリエルを中へ入れた。結界が解かれると同時にガブリエル達の姿が現れた。突然結界が無くなり、勢い良く振り上げた手は阻む物が消えたせいで空振り、体は前方へ倒れた。

 馭者と従者が慌ててガブリエルを抱き起こす。

 泣いた顔を上げたガブリエルと目が合うとキッと睨まれた。



「酷いではありませんかお姉様! お姉様がソレイユ公爵夫人にあることないこと吹き込んだせいで、わたくしとお母様はお茶会で恥ずかしい思いをしたのですよ!?」

「何の話?」



 ラウルに訊いても分からないと首を振られた。



 親しい夫人や令嬢のお茶会に招待された時、周りはラウルとの仲を認めてくれた。天真爛漫で愛らしいガブリエルがラウルといると周囲にも明るさが広がり、見ているだけで元気が湧いてくると。皆、ラウルの婚約者はガブリエルがなるべきだと称賛した。


 ——なのに、先月の話し合いが終わってからというもの。どのお茶会に参加しても、身の程知らずや平民の血が流れるガブリエルがソレイユ公爵家の夫人に収まるのは傲慢だと嘲笑う。リリーナに対してもそう。平民のくせにロナウドを誘惑し、公爵夫人の座を手に入れたと好き勝手嘲笑した。今まで言われてこなかった、向けられなかった悪意がガブリエルとリリーナに集中していた。


 エイレーネーも周囲が2人を悪く言っているのを聞いた事がなかった。平民から貴族の妻になったリリーナが肩身の狭い思いをしないようにと、ロナウドがあらゆる方面に手を回していたからだと思っていたがどうも違うらしい。


 どうでもよさそうな溜め息を吐いたのはダグラスで。


 視線が集まるとダグラスは淡々と予想を話した。


「ロナウドは領地にいると言っていたな。あいつに掛けていた祝福の魔法がお前達の事も守っていたんだ。近くにロナウドがいない今、祝福の魔法も効果が薄まり、お前達を守るものがなくなった。それだけだ」


 エイレーネーに掛けていたのは飛び切りの祝福な為、仮にエイレーネーが王都を離れたとしても祝福の魔法は継続される。ロナウドには気付かれず、程々の祝福しか掛けていないのでロナウドが王都から離れた途端ガブリエルとリリーナへ効果が回らなくなった。


 本人だけじゃなく、周囲も守るのかと驚く一方。散々メルルやダグラスの悪口を言い、初対面の際には母娘抱き合い震えていたガブリエルはパクパクと口を開閉させていた。周囲の態度が変わったのはエイレーネーがダグラスを使って自分達の悪い噂を流したせいでだと信じていたガブリエルにとって、最初から馬鹿にされダグラスの祝福の魔法がおまけみたいに自分達を守っていただけと知らされ多大なショックを受けた。泣きそうな顔で名前を呼ばれたラウルは悲し気な姿に一瞬絆され掛けるも、2度とエイレーネーに誤解を受ける真似はしないと固く決めており、緩く首を振った。



「そんなあぁ……っ」

「ガブリエル。これから貴女がしなくてはならないのは、貴族として生きていくにはどうするかを考えること。公爵様が領地から戻ったら話しなさい。きっと、貴女やお義母様の話になら公爵様は耳を傾けてくれるから」

「も、元はと言えばお姉様や大魔法使い様のせいではありませんか!」

「何を」

「大魔法使い様と先代公爵夫人が不貞をしたせいでお姉様が生まれて、そのせいでわたくしがラウル様と婚約出来なくなって! わたくし達が魔法を得意じゃないと知りながら、自分は大魔法使い様の娘だから得意気に魔法を使って周りに褒められていたお姉様なんかにわたくしの気持ちなんて!」

「そうね、分からないわ」

「え」



 同情してくれるとでも期待していたのか、肯定するとポカンとされた。一瞬で勢いを無くしたガブリエルを困った顔で見つつ、魔法が得意じゃないガブリエル達の気持ちは分からないと再度告げた。



「苦手苦手と言う割に、練習もしない勉強もしないガブリエルの気持ちは私には分からない。確かに周りや貴女が言うように、私はお父さんの娘だから魔法が得意よ。でも練習をしていない訳じゃない。初めから上手く使えた魔法もあれば、何度練習しても全く自分の物に出来ない魔法もあった」



 魔力切れで体が動かなくなろうが、両手を火傷しても魔力を込め続け、最終的にイヴに強制終了させられても魔法の練習を投げ出した事はない。



「私にガブリエルの気持ちが分からないように、ガブリエルも私の気持ちは分からないでしょう? 家族に囲まれて、使用人達に囲まれて、幸せそうに笑うガブリエルがずっと羨ましかった」



 父に抱っこをされてはしゃぐ姿。


 両親の間に座って絵本を読んでもらったり、手を繋いで庭を歩いたり、誕生日になると盛大にお祝いをされおめでとうと言われたり。数え上げるとキリがない。家族に囲まれたガブリエルが羨ましかった。ずっと気にし続ける程じゃないのは祝福の魔法の効果が絶大だから。



「そんなの、不貞で生まれたお姉様になんか勿体ないからです!」

「そう。私が生まれた時点で公爵様がお母様と離縁してくれていたら、誰も不幸にはなっていなかった。貴女やお義母様はもっと早くから貴族になって勉学の時間があった筈」



 亡き母は何度も離縁を申し込んだ。頑なに離縁を拒んだのはロナウドの方。ダグラスを憎む気持ちはメルルと生まれたばかりのエイレーネーを人質にしろと囁いた。王家が介入しようとするがロナウドを刺激してメルルとエイレーネーの身に危険が及ぶ恐れがあって迂闊に手を出せず。ダグラスも静観を決めていた。



「それに関しては、ロナウドもそうだが母の影響もあったんだろう」

「お祖母様?」

「ああ。俺に似ているお前を手元に置いておけば、魔法が使えない自分への鬱憤晴らしに使えると踏んだんだ」

「私はお祖母様と殆ど会っていませんが」

「俺が掛けた祝福の魔法もある。それに、父が母をお前から遠ざけた。俺に似た子供であるお前を守るために」



 言われて思い出した記憶がある。祖父母が領地から屋敷に来た時、祖母とは挨拶をするだけで終わるもその挨拶をする時いつも距離が遠かった。てっきり不貞の娘だから嫌われていると思っていたが話を聞くに、距離が近いと手を伸ばせる。何かあっては遅いのだと祖父が祖母に近付くなと言いつけていた。祖母が屋敷にいる時は必ず祖父がエイレーネーの近くにいた。



「こんな事なら、メルルの家に不利益がないようエレンを脅すべきだったか」

「えっ」

「メルルがロナウドと婚約をしたのは家の為だ。当時、領地復興の為向こうには膨大な借金があった。借金を清算するのと引き換えにロナウドはメルルを婚約者にした。メルルの家は王国でも屈指の名家。俺が手を貸そうとしたら、貴族の問題に関わらせたくないからとメルルに断られた」


 

 

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