第26話 ガブリエルは諦めない①
ロナウドの根本にあるのは、自分は駄目で他人は相手にしてもらえるという劣等感。膨大な魔力と桁違いの魔法の才を持つダグラスを実の母親が憎み、自分と似て魔法が使えないロナウドから遠ざけた。
もしも、と抱いた。
もしも、ロナウドも魔法が得意な人だったら祖母はどうしていただろうか。自分に似ず魔法が得意なダグラスを憎んでいたなら、見目が自分に似ながら魔法が得意なロナウドは更に憎まれていた気がする。
私は無理だったのにどうして! と。
思った感情をそのまま伝えてみるとロナウドは項垂れた。きっとロナウドも同じ考えに至ったのだ。
「……母は……私には優しかった。お前はダグラスのような人間になるな、あれは魔法に憑りつかれた化け物だ、と」
「ああ、直接言われたな」
「え!?」
「その化け物を産んだのはお前だろうと言えば、発狂されて父が止めに入ったな、確か」
人より感情の起伏が薄いと言えど、実の母親から化け物扱いをされても変わらない。相手が自分に嫌悪を持つなら、無理に好意的に接する必要はない。
「ロナウド。お前に魔法を使う才能がないのは、今更覆らない。けれど別の形で魔法に携われた」
「別の形?」
「お前は人より記憶力に優れている。数字にも強い。魔法研究は魔法の才能より、膨大な術式、数式を記憶し、それらに隠された暗号を読み解く能力が重要視される。魔力が多いと解読の時間が長くなる。お前のように魔法が使えなくとも魔法研究に携わる研究者は多い」
「……」
浮かびもしなかった可能性と自分に興味がないと決め付けていたダグラスが自分を知っていた事にロナウドは言葉を失った。顔を俯け、肩を震わせ涙を流していた。
こうして見るとロナウドはずっとダグラスに……兄に構ってほしかった弟にしか見えず。祖母が自分勝手な気持ちを優先せず、2人を普通と変わらない兄弟として育てていれば拗れなかった。祖父は無理に婚約を頼んだ手前、あまり祖母に強く出られなかった。公爵家を継ぐロナウドと大魔法使いになるダグラスがいればいいと最後決めたのだとか。
欲に濡れた姿は醜い。公爵夫人という座にしか目がない令嬢達から逃れたい一心で昔馴染みの祖母に婚約を求め続けた祖父にも原因はあった。魔法が得意じゃない令嬢が優秀な魔法使いを数多く輩出した名家に嫁げばどの様な目に晒されるか知らぬ事はない。祖父なりに守ってはいたらしいがダメだったとダグラスは言う。稀代の魔法使いを産んだら、己の劣等感を大いに刺激され、次に生まれた自分に似た我が子には敵対心を植え付けた。どうしようもないとはこのこと。
「後はお前自身で考えろ。1つ言えるなら、何かを始めるのに早いも遅いもない。要は本人の意思と努力次第だ」
「……」
幸いなのは祖母がロナウドを愛していたのは確かなのだ。祖父も然り。
俯きながらもロナウドは重く頷いた。
これ以上は何も言わないとダグラスに呼ばれたエイレーネーは転移魔法でダグラスの屋敷に移った。
「これで良かったのですか? お父さん」
「ロナウドの事か? 後はあいつの問題だ。俺がどうこう言えた義理じゃない」
「お祖母様やお祖父様は……」
「さあ。文句があれば、ロナウド自身が領地に行くさ。母は発狂するだろうがな」
祖母の発狂姿……会った回数が祖父より極端に少なく、顔を合わせても挨拶くらいしか交わさないエイレーネーでは想像がつかない。
屋敷に入るとイヴがこんな事を言う。
「王様が件の医師に白状させたら私を呼んでって伝えておいてよ」
「何をする気だ?」
「王子が悪魔憑きだと偽った天使の成れの果てでも見せてあげようと思って。君達人間が崇拝する天使も、嘘を吐けばどうなるかを見せればちょっとは神への信頼を回復させられるでしょう?」
「エレンに伝えておこう。それで人間がお前達を信頼するかは人間次第だ」
「いいよ。ちゃんとお詫びの祝福を神から授けさせる」
最近神の座に就いた甥っ子にとったら、大きな仕事だと愉し気なイヴ。甥っ子に後を継がせると出奔した長兄。甥っ子に長兄を連れ戻してと頼まれ人間界へ探しに来たイヴとイヴの3番目の兄。この2人に探す気が一切ないのを甥っ子は知らないのだとか。長兄が巧妙に姿を消しているから、見つけるのが困難なのだといつも報告しているとか。自由気儘な叔父さんを持った甥っ子を少々気の毒に思う。
「この国にはいるんでしょう?」とエイレーネー。
「うん」
「見つけてあげましょう」
「とっても楽しいから来ないでって言われたんだ。そうまで言われたら、私も無理に会いに行く気が起きない」
「もう……」
心の底から、彼の甥っ子に同情した……。
〇●〇●〇●
ホロロギウム家では。
社交界で評判のデザイナーに作らせた最高級ドレスをベッドに数点並べ、慎重に吟味するガブリエルとリリーナ。今日の話し合いは散々だった。両想いだと信じていたのはガブリエルだけで、ペットの魔獣にそっくりだったからラウルが好意的に接してくれていたのだと知らされ凄まじいショックを受けた。話を受けた当初は母と2人泣いていた。
リリーナから、可愛いガブリエルが魔獣に似ているから好かれていたんじゃないとの説得を受けて、泣いてばかりのガブリエルもやっと泣き止んだ。
元気が出たら即行動を。
まずは情報の拡散。
ラウルとガブリエルが如何に愛し合い、エイレーネーが両想いな2人を邪魔する悪女かを徹底的に広める。今月は幾つかのお茶会に参加予定で、その時にガブリエルは話を広める。幸いなのは参加者にガブリエルの友人が多い事。ロナウドやリリーナがエイレーネーを外に出したがらず、エイレーネー自身もあまり外に出なかったので友人の数はガブリエルが上。
「どれもわたくしに似合って悩んでしまいますわ」
「当然よ。ガブリエルが似合うドレスを作らせたもの。貴女に似合わないドレスなんて必要ないわ」
愛する父にもドレスを見てもらいたかったが話し合いが終わってからずっと部屋に籠っている。心配したリリーナが様子を見に行っても「……1人にしてくれ」と追い返される始末。
「大魔法使い様のあんまりな態度にお父様は大変傷付いています。お父様を元気付ける為にも、ガブリエル、ラウル様の婚約者の座を何としてでも得るのよ」
「勿論です! ラウル様はあんな事を言いながら、本心ではわたくしを想ってくれていますもの!」
大好きなペットに似ているからと言って、婚約者を放って常に会ってくれたのだ。好意的な感情がないとは言わせない。
すっかり祝福の話が頭から抜け落ちている……でもなかった。
「大魔法使い様が無関心な振りをして性格が悪い方とは想像もしませんでした。お姉様を守る祝福の魔法がラウル様を遠ざけていたなんてはったりです」
「ええ! ガブリエルを悪のように語って許せないわ! エイレーネーさんに掛けられていた祝福の魔法とやらは、きっとラウル様の本心を見抜いていたからこそ、エイレーネーさんと会わせなかったのよ」
「そうです! お姉様よりわたくしが劣っていることなんてありません!」
魔法の才能については触れない。生まれ持った素質が違い過ぎる。
勉学や振る舞いについてもガブリエルは及第点で、エイレーネーは優秀と家庭教師からの覚えも目出度い。これは前妻の生家が手配した家庭教師だからエイレーネーに甘いのだとガブリエルとリリーナは信じている。
「性格が悪い者同士から生まれたエイレーネーさんも中々ね。ガブリエルには幸せな夫婦になってほしいとお母様もお父様も願っています」
「はい!」
ダグラスの婚約者だったメルルと結婚し、初夜を迎えた時ロナウドは明確な拒絶をメルルから示された。
『私が貴方を愛する事はありません』と。
想う相手がいようが自身は貴族。貴族としての役目よりも、個人を優先したメルルを軽蔑する。
1人、私室に籠りベッドに腰掛け考えに浸るロナウド。手に持つのは古い絵本。王国の子供なら誰でも知る魔法使いの物語。
色褪せた表紙をそっと撫でた。前妻メルルもよく読んでいた。
初夜で言われた言葉が蘇る。
『私が貴方を愛する事はありません。ロナウド、私を手に入れてもダグラスの関心は得られないわ。彼に見てほしいのなら、たとえ鬱陶しがられようが結界魔法で弾かれようがしつこく会いに行けばいいだけ。私も王太子殿下もルーベン様もそうしてダグラスの視界に入れた。何もしないで、ただ憎むだけ見ているだけではダグラスの意識は貴方には向かない。
私は貴方を愛さないから、貴方も私を愛さなくていい。他に好きな女性を見つけて、その人と再婚してください』
「私はただ…………輪の中に……入れてほしかった……」
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