第20話 無関心




 生まれつき魔力量が桁違いに多かったダグラスは赤ん坊の時から先代ホロロギウム公爵夫妻の悩みの種だった。泣けば嵐が吹き荒れ、熱を出せば異常な気温上昇が起き、怒りを見せた時には彼方此方に雷が落ち甚大な被害を齎した。感情の制御を物心つく前に強制され、3歳の時弟のロナウドが生まれるとダグラスのみ別邸に移された。王国でも腕利きと評判の魔法使いすらダグラスの癇癪に耐えられなかったからだ。幸いにもホロロギウム家は優秀な魔法使いを輩出する名家。先代公爵も優秀な魔法使いだったので専らダグラスの世話は先代公爵が担った。成長すれば魔力も制御出来、類稀な魔法の才能はホロロギウム家始まって以来の天才と評された。但し、問題があった。ダグラス本人があまりにも社交性が無かった事。

 公爵家の当主ならば、ある程度難ありの性格でも務まるものの、ダグラスの場合は壊滅的なまでに社交性がなく他人との交流を拒み続け魔法の研究にばかり没頭した。身内に対しては関心を示すものの、自分からは絡んでこなかった。


 だが3歳下のロナウドに対してだけ違った。両親には関心を見せ、弟には一切興味を示さなかった。


 ――と、サロンに案内されながらイヴの話を聞くエイレーネーは、ルーベンの言った通りロナウドの憎悪の理由が分かってきた気がした。話をされようがダグラスは興味がないようで先頭を歩くリリーナとガブリエルの後をついて歩くだけ。


 サロンに入るとロナウドが待っていた。ダグラスの姿を見るなり瞳をぎらつかせるも、肝心のダグラスは欠伸をしてロナウドの存在を華麗にスルーし、リリーナの案内通りの席に座った。苛立ちを募らせるロナウドを警戒しつつ、エイレーネーはダグラスの隣に座り。イヴはエイレーネーの隣に立った。彼が座る隙間はある。勧めても「私は此処でいいよ」とイヴは座らなかった。

 向かいにルーベンとラウルが座った。



「ラウル様!」



 ダグラスの存在に怯えていた筈のガブリエルが待ちきれないとばかりにラウルの腕に抱き付いた。一驚したエイレーネーに一瞬の愉悦の目をやるも、乱暴に腕を振り払われ呆然とした。



「な……なんで……」

「それは此方の台詞だ。公爵家の令嬢にあるまじき振る舞いをして受け入れられると?」



 と言ったところでラウルも呆然とした。今までガブリエルが腕を組んできても遠回しに拒否をするだけで直接的な言葉は掛けなかった。

 大きな瞳一杯に涙が溜まり、耐えられなかったガブリエルは泣き出した。悲しむ娘をリリーナが抱き締め慰めている間、険しい声でロナウドがラウルを責めた。



「ラウル殿。いくらエイレーネーの婚約者と言えど、些か不敬ではないか?」

「はあ……」



 溜め息を吐いたのはラウル、ではなくダグラスだ。即ロナウドの怒りに満ちた眼がダグラスに飛んだ。



「何だ? 何か言いたいようだな」

「お前か母親の育て方が悪いだけだろう」

「な……!」

「あ、あんまりではありませんか!」



 大事な娘を泣かされて黙っている親はいない。しかし彼等の場合、振る舞いがなっていない娘を叱責するのが本当の親の役目なのに慰める側に立った。社交性がなくても常識はあるダグラスは面倒臭げに椅子に凭れた。怠そうなのに整い過ぎた顔と黄金の瞳から放たれる色香が半端じゃない。


 黄金の瞳は食って掛かるホロロギウム夫妻からイヴに移った。



「お前が言っていた意味を漸く理解した」

「今なんだ?」

「お前の言う効果を付けた覚えはないんだが」

「仕方ないさ。君が手加減を知らないからそうなっただけ」

「……はああ……」



 深く、面倒くさげな溜め息を吐いたダグラスの視線が今度は自分に向けられたエイレーネーは体を固くした。頭をポンポン撫でられ、少々照れるも擽ったい嬉しさが湧いた。

 その間にもロナウドは喚き続けていた。



「ダグラス! 何とか言ったらどうなんだ!?」

「何がだ」

「な、何がだと? 私の話を聞いていなかったのか!?」

「? 何か言っていたのか?」

「っ~~~」



 ダグラスは嘘を言っていない。本気でロナウドの言葉を聞いていなかった。大きな声で喚いていたのに。興味がないを通り越して無関心に近い。怒りに顔を赤く染めたロナウドの血管は今にも切れそうで別の恐怖を誘う。リリーナや泣いていたガブリエルが落ち着かせている間、呆れ声でダグラスを呼んだルーベン。



「お前……本当に変わらないな。ロナウドに興味がないのは何故なんだ?」

「さっきも言ったろう。両親には、お互い関わるなと言い付けられていたと」

「だとしても、血の繋がった弟だろう?」

「ロナウド自身も俺に関わって来なかった。まともに顔を合わせたのは俺が10を超えた辺りだったか……それまで殆ど会ったことのない弟を気に掛けろと言われてもな」

「メルルとえらい差だな」

「メルルは時間さえあれば俺の許に来ていたからな。自然に名前も顔も覚えた。お前やエレンと同じさ」



 弟の名や国王王弟兄弟の名前を紡ぐ時より、母メルルの名を紡ぐダグラスの声は優しいものである。



 そこへ時間通りに国王エレンと聖女アリアーヌも来た。聖女の同伴までは聞いていなかったホロロギウム家の面々は顔を青褪めた。先日の小パーティの一件で聖女に嘘を見抜く力があると知り、今日この場に居る意味を悟ったのだ。エイレーネー達を見回すと席にどかりと座った。そして、呆れた眼をダグラスにやった。


 

「早速兄弟喧嘩でもしたのか?」

「そうなのか?」

「……俺はお前に聞いたんだ」

「さてな。ルーベンにでも聞け」



 やれやれと溜め息を吐いたエレンの気持ちが何となく分かる。魔法と限られた人以外に対しての関心が極端に薄い。エレンがルーベンに説明を求めるも「感じたままさ」と言われて終わった。一言で状況を察したエレンは空気を入れ替えるように咳払いをし、改めて周囲を見回した。



「ソレイユ家とホロロギウム家との話し合いに俺は立会人として同席する。聖女アリアーヌには、各々が嘘偽りを申していないかを見てもらう為に同席を求めた。異論はないな?」



 誰も発しない。それが肯定と汲み取ったエレンは両家の婚約について切り出した。


 

「ソレイユ公爵家側はエイレーネー嬢との婚約をどうする?」

「此方は継続を望みます。ラウルとエイレーネー嬢の婚約は、大魔法使い譲りの魔力を持つ彼女を国外に渡さない為と王家に取り込む為のもの。エイレーネー嬢がダグラスの所に行こうとそれは変わらない」



 ラウルの個人的感情には一切触れず、政略的婚約を理由に継続を宣言したルーベン。父親としてよりも公爵としての役割を優先する貴族らしい一面をダグラスが意外そうに見ているとこっそりと一瞥したエイレーネーは感じた。次にダグラスに話が振られ、黄金の瞳に促されたエイレーネーは固く頷きラウルを見た。


 不安げな面持ちをされ、これから自分が言う言葉がより彼の不安を増強させるにしても決めてしまったのだ。今更覆らない。



「……私はラウルとの婚約解消を望みます」

「なっ」


 

 絶句し、顔を青褪め、立ち上がり掛けたラウルをルーベンが肩に手を置いて無理矢理座らせた。ガブリエルやリリーナのはしゃぐ声もエレンの咳払いによって止まった。



「エイレーネー嬢、理由を聞いても?」

「ソレイユ公爵様やラウルには大変申し訳なく思います。ですが、ここ1月お父さんと生活をして感じました。お父さんと同じ魔法使いとして生きていきたいと」


 

 冷遇されながらも公爵令嬢として育てられた事に不満はない。

 関係修復が進んでいる中、ラウルと結婚をしてソレイユ公爵夫人になっても不幸にはならないのだろうが。


 自由に魔法を使い、真摯に魔法と向き合う父の姿を見ていく内にもっと魔法に触れたい、魔法を知りたい欲求が強まり魔法使いとして生きていきたいとエイレーネーの意思を固くした。

 決してラウルを嫌いになった訳じゃない事だけは強調した。


 青くなったまま項垂れたラウルへ申し訳ない気持ちと痛みを感じても決心は揺らがない。



「ダグラスは?」

「俺はこの子の意思を尊重する。解消したいのは此方だから、望む物があれば何でも言うといい」

「慰謝料の事か? 婚約破棄じゃないんだ。穏便に済ませよう。……と言いたいが」


 

 哀れみが込められた青の瞳が息子へ注がれた。今は父親としての顔を出すルーベンはここ1月のラウルの頑張りを知っており、婚約についてはどうにか継続させたい気持ちが強く、始めは公爵としての意見を出しながらも内心はラウルの為にどうにか出来ないものかと思考していた。


「お姉様との婚約が解消されるなら、わたくしと婚約をしたら良いではありませんか!」と静かにさせられたガブリエルが突然言い出し、場の空気が一気に変わった。国王に咳払いをされ静かにさせられたのに、許可もなく話しアリアーヌが顔を青褪める。エイレーネーも拙いとガブリエルを窘めた。


 

「何故邪魔をするのですか! ご自分から、ラウル様との婚約を解消したいと言ったのに!」

「そういう問題ではないわ! ガブリエル、貴女達はさっき陛下に……」

「……はあああ……」



 エイレーネーの言葉を遮ったのはダグラスの深い溜め息。呆れと哀れみの念をガブリエルにやった後、飛び掛かる寸前のロナウドへある疑問を放った。



「跡取り教育は施していたのか? エイレーネーがソレイユ家に嫁いだら、お前の娘しか跡取りがいない。平民の母親だろうが父親がお前ならホロロギウム家の血を引く者だ。その辺は考えていたのか?」

「うるさい! 魔法にばかりかまけていたお前が貴族の問題に口を挟むな!」

「俺よりも貴族の問題に詳しいお前が放置していた事に疑問を持っただけだ」



 ロナウドが食って掛かってもダグラスの冷静さは乱されない。こっそりと囁いたイヴ曰く、ダグラスにとってはどうでもいいからだとか。


 そうなのだろうかと抱く。どうでも良いなら、態々口を挟む真似はしない。父はそういう人だ。


 無関心に見えて内心はロナウドを気に掛けている気がする。本人に聞いても「そうか?」で終わりそうだが。

 

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