第21話 祝福



「ルーベン。ソレイユ側としては、ロナウドの娘との婚約は考えるか?」

「考えない」

「な……!?」



 あっさりと拒否を示され、ショックのせいで絶句するガブリエルとリリーナ。呆れながらも微笑みを崩さないルーベンが理由がないからだと語った。



「エイレーネー嬢の場合はさっきも言った通り。君になると理由がないんだ。エイレーネー嬢のように優れた魔力も魔法使いとしての才もない。かといって、他に突出した才能があるわけでもない。ホロロギウム側にしかメリットがない婚約はまず有り得ない」

「わ、わたくしはラウル様に愛されています……!」

「……だ、そうだがラウル?」



 父の読めない視線とガブリエルの期待を込めた視線を受けるラウル。エイレーネーに婚約解消を申し込まれ項垂れていた彼も今は復活しており、少し青い顔のまま首を振った。ガブリエルと婚約はしないと。とうとう泣き出したガブリエルを慰めるリリーナとロナウド。泣いているガブリエルがいてもラウルの気持ちは変わらない。



「ああ、可哀想なガブリエル。何故ですかラウル様っ、今までずっとエイレーネーさんよりもガブリエルを優先してきたのに、今になって……!」



 隣にいるイヴが吹き出し肩を震わせる。場にそぐわないのに誰も気にしない。内心怪訝に思いつつもラウルが何と言うか待った。



「……それについては、勘違いさせた私に原因がある。だが公爵夫人、ガブリエルも。いつも私はホロロギウム家に訪れたら必ずエイレーネーをと呼ぶのに、貴女達はエイレーネーに私の来訪を報せていなかったろう」

「な、何を理由に」

「エイレーネーに聞いたんだ。1度だって、私が来ていると誰も報せに来た事はないと。先触れの手紙すらも来ていない時があったと」


「ガブリエル……リリーナ……それは本当なのか?」



 ラウルから告げられた数々に最も驚いているのはロナウドだった。



「ち、違います旦那様! 私とガブリエルがそんな事を……!」

「抑々の話、ラウルがエイレーネー嬢に会えなかったのはーーダグラス、多分、否ほぼお前のせいだろう」

「? ソレイユの公子とエイレーネーをどう会わせないようにする?」



 これについてはラウルと話し合ったエイレーネーは「お父さん」と話に入った。言い難そうにしながら「お父さんは私に祝福を掛けていたとイヴから聞きました」と理由を言い始めた。



「ホロロギウム家にいても私が安全、健康に育つよう色んな祝福を掛けてくれていたと」

「イヴを寄越してもお前にしか姿を見えないようにしていたからな。念の為の保険だ」

「その保険が原因だってば」



 愉し気に会話に入ったイヴは声だけじゃなく、表情も愉しそうで。ダグラスとエイレーネー以外イヴを見ず、また、イヴを見ている2人に不思議げな視線をやるので姿を見えなくしているのかと問うと案の定だった。

 ダグラスが溜め息交じりに呼ぶと肩を竦め、指を鳴らしたイヴ。するとラウルやルーベン、エレンにアリアーヌ、ホロロギウム家の面々が一驚した。誰もいない筈の場所に銀髪・銀瞳の美貌の男性がエイレーネーの隣に立っていたら誰だって驚く。イヴと面識があるラウルは特に。



「な、な、誰だそいつは!」とロナウド。

「前に言っただろう。俺の代わりにエイレーネーを気に掛けていた友人だ」

「ふしだらですわお姉様! ラウル様がいるのに別の男性といたなんて!」



 性別が男性と知ったのは1月前でそれまではずっとうさぎの姿でいたと話してもガブリエルやロナウド等は認めず、嘘を見抜く能力を持つ聖女が「エイレーネー様は嘘を言っておりません」と助け船を出した。本気で男性と知らなかった。何だったら、今まで見た事のない美女だと想像していたエイレーネーにとっても衝撃的だった。合っていたのは美しいという想像だけだった。



「ありがとうございます、聖女様」

「い、いえ」



 声が微かに震えている? 気になってアリアーヌへ向いたエイレーネーが見たのは、イヴを瞠目し固まっているアリアーヌの姿。聖女なら天使(仮)のイヴの正体を知っていても可笑しくない。他の面々もアリアーヌの異変に気付き、イヴとアリアーヌに交互に目をやっていた。



「同席していたのが聖女ではなくても、教皇でも同じ反応だろうな」

「偉いのは兄者や甥っ子であって、私は偉くないのだけど」

「お前がそう思っても人間はそうは思わんさ」

「天使達も同じ。長兄と70歳も離れた末っ子なんて偉くも何ともないのに」

「70!?」



 思わず出てしまった大声に自分自身恥ずかしくなったエイレーネーは身を小さくした。天使(仮)なら人間と年齢差に感覚が起きても変じゃない。


「イヴって何歳なの?」と訊いてしまった。

「私? うーん……200……いやまだいってなかったかな……。100を超えた辺りで数えてない」

「……」



 唖然とした空気を気にせず、呆れ果てているダグラスの隣に移動したイヴはやっぱり愉しそうである。



「まあ、私の事は置いておいて。後で言いたい事はあるけれど、然程重要ではないし」

「それって……」



 捨てられた王子の話かと続こうとしたがイヴに静かにと動作で示され、頷いてしまった。「話を戻すか」とダグラスはエイレーネー、ラウル、それからルーベンを一瞥した。



「ルーベンが俺が原因だと思うのは?」

「さっき、エイレーネー嬢が言っていただろう。祝福を掛けていたと。その祝福の魔法が原因だと私は考えたんだ」



 側にいられない自分に代わってイヴを寄越し、祝福の魔法を掛ける事でエイレーネーの生活や健康を守ってきた。個人の感情をどうこうする作用までは付加していないとダグラスは否定するも、そうじゃないとルーベンは緩く首を振った。

 


「お前がエイレーネー嬢の為に、飛び切りの祝福を掛けていたであろうとは私だって分かっている。ただ、お前の場合は加減というものを知らない」

 


 ダグラスの掛けた祝福の魔法は強力で、不幸を招く原因を徹底的に遠ざける作用があった。それがラウルである。

 項垂れ過ぎて首が折れないかラウルの心配をしつつも、青の瞳がホロロギウム家の面々を捉えた。



「ガブリエル嬢がラウルを気に入ってたのなら、エイレーネー嬢に会いたいラウルを邪魔する。2人が会えたとしても、その様子じゃ邪魔をしない気はなさそうだ。ダグラスの掛けた祝福の魔法は、エイレーネー嬢からラウルを遠ざける事でガブリエル嬢やホロロギウム家といったエイレーネー嬢に負担を掛ける存在を阻んでいたんだ」



「そうなのか?」とダグラスに問われたエイレーネー。確証はないが父が自分に祝福を掛けていてくれたと聞いた時から、ぼんやりと予想をしていったと話した。ホロロギウム家から離れた途端、昔のようにラウルと会い話せるようになったのが大きなきっかけだった。


 顎に手を当てて考え込むダグラスは暫くして椅子に凭れた。



「ソレイユの公子に会えない以外では何もないのか?」

「レーネは屋敷の使用人達に嫌がらせをされようが、妹君と後妻にも嫌がらせされようが、公爵に怒鳴られようが毎日ぐっすり眠って食事もきちんと摂っていた。婚約者君が妹君と仲良くよろしくやっていても、肉体に影響が出ないよう精神面も常に守られていた」



 つまり、力加減を知らないダグラスの祝福の魔法がなかったら、ラウルとガブリエルの親しい姿を見て少し落ち込む程度では済まさず、味方が殆どいないホロロギウム家での生活に潰され、今此処にはいられなかった。

 ラウルがガブリエルに夢中になっていたのではなく、エイレーネーを傷付ける原因のガブリエルを遠ざける為に祝福の魔法がラウルを阻んでいたと改めて知らされても疑問が残っていた。


 

「ラウル」と呼び掛けるが「あんまりではありませんか!!」とリリーナが涙交じりの怒声を放ったので口を閉ざした。

 


「ガブリエルが何をしたと言うのです! ラウル様はガブリエルと会っては我が家の庭を共に歩いていました。エイレーネーさんよりもずっと親し気に」

「それも祝福のせいかな。婚約者君がレーネの許に来ないための。彼がレーネの許に来たら漏れなく妹君がついてくるでしょう? 妹君がくっ付いても婚約者君が大した問題としなかったのは祝福の魔法による効果さ」



 もしもガブリエルを拒み、エイレーネーの許に来ればガブリエルは怒りの矛先をエイレーネーに向け、公爵夫妻や使用人達を使ってエイレーネーを傷付けた。エイレーネーの健康と安全と守護に全振りされた祝福の魔法には他者への気遣いは一切配慮されていない。


 神でもここまでの祝福は滅多に掛けないとイヴは面白可笑しく言う。天使(仮)なら、神と会えるのかと興味を示したエイレーネーだが「内緒」とはぐらかされて終わった。



「ダグラス……」



 立会人の立場を貫き、無言でいたエレンさえも呆れ果てていた。魔法の使用者はエイレーネーとラウルの不仲の原因を話されても「そうだったのか」と淡白に紡いだだけ。黄金の瞳がエイレーネーへ。

 


「お前の為にとやったことが裏目に出ていたようだな。すまなかった」

「いいえ。私が今まで無事にホロロギウム家で過ごせたのはお父さんのお陰です。謝らないで」



 母が亡くなり、ラウルがガブリエルに夢中になってもエイレーネーの側にはイヴがいてくれた。寂しくなかったと言うと嘘になるがイヴがダグラスの話を頻繁にしてくれたから、悲惨な生活を送らずに済んだ。

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