第19話 どうにかなる

 



 話し合い当日。

 今朝早くから起きて朝食の準備をするイヴとエイレーネーは手際よく出来上がった品をテーブルに並べていく。出来立てのパンと野菜スープ、街で買ったジャムの瓶を開け朝食の準備は終わり。フルーツは昨夜切らしたのを思い出し今朝は無しとなった。エプロンを外したエイレーネーは時計を見やり、次にまだ降りてこないダグラスを起こしに部屋に入った。

 放置しておくと足の踏み場がなくなる程に魔法書と魔道具の山で溢れると聞かされたが、イヴが定期的に掃除をしているのとエイレーネーが来てからはエイレーネーも整理整頓の手伝いをしているので最近はどこを見ても足の踏み場がある部屋へと変わった。

 家具は最低限の物しか置かれていない。机、ソファー、ベッド、大きな棚。これのみ。ベッドで寝ているダグラスの肩をそっと揺すった。



「お父さん、もう朝になってるわ」

「……ん、エイレーネーか」



 エイレーネーの呼び掛けに応えたダグラスがゆっくりと瞼を上げた。眠そうな黄金の瞳がエイレーネーを映した。



「時間の流れは早いな」

「何時に寝たのですか?」

「ほんの数時間前だ」



 また研究に没頭して睡眠を削ったのだ。エイレーネーは寝惚けるダグラスの腕を引っ張って体を起こしてやり、朝食の用意が出来ているとだけ言い残し部屋を出た。


 イヴのいる部屋に戻り、紅茶を各自のティーカップに注ぐイヴがティーポットをテーブルに置いたところでダグラスが現れた。魔法で身形を整えたらしく、ケチのつけどころがない。



「やあダグラス。今日も好い天気だね」

「ああ」

「話し合いの場には聖女も来るんだったね」

「お前を見て卒倒しないといいがな」

「ただの天使にそんな価値はないさ」

「天使ねえ……」



 天使ではないと言いながら自分を天使と指すイヴ。本当は何か未だエイレーネーは知らない。ダグラス曰く、正体を知れば腰を抜かすとか。



「はい。私の話は終わり。食事にしよう」



 イヴの合図で各々席に着き、朝食を食べ始めた。

 今日の話し合いでラウルとの婚約を解消してもらう。好きな気持ちは消えないだろうが貴族としてではなく、魔法使いとして生きたいと強く願うエイレーネーでは公爵夫人の役目は果たせない。

 自分の口から、婚約解消を願う。これはダグラスに譲れなかった。


 食後の紅茶を美味しく頂いていると最後に食事を終えたイヴが頬杖をついてエイレーネーを眺めていた。視線に気付いて目をやった。



「どうしたの?」

「うん? レーネは落ち着いているなって」

「お父さんやイヴがいるからよ。それに、落ち着いておかないと婚約解消を冷静に言えないわ」

「やっぱりするんだ」

「うん。私もお父さんと同じ魔法使いとして生きていくと決めたの」



 今まで習った公爵夫人になる為の努力が全て泡となってしまっても、貴族という狭い世界より魔法使いとして世界を駆け回って生きたい。ここでの生活が貴族の令嬢よりも、魔法使いとして生きたいとエイレーネーを変えた。



「婚約者君は認めてくれないかもよ?」

「そうね……ラウルには、私がちゃんと話をつけるわ」



 ラウルの気持ちは嬉しくてもずっと一緒にいるには、魔法使いの道を諦めないとならない。

「エイレーネー」最初に食事を終えてからずっと読書をしていたダグラスが不意に話し掛けた。



「そう深刻に考えるな。向こうにはルーベンがいる。あいつが上手く纏めてくるだろうさ」

「纏める、ですか」

「ああ。お前が魔法使いになりたい願いもソレイユの公子がお前との婚約継続を望む願いも、ルーベンならどうにかしてしまう。あいつはそういう男だ」



 両手で数える程度しか話した事のないラウルの父ルーベン。王弟であり、子供の頃から相思相愛と名高いソレイユ家の姫君と結婚し婿入りを果たしてからも、卓越した魔法の腕で王国の危機を救った英雄と持て囃される。



「その分、多少強引な手段を使ってくるかもしれんがな」

「え」

「はは、そういえば、ダグラスを外に出そうと奮闘していたよね。兄の国王と揃って君が好きみたいだ」

「俺には迷惑だったがな」



 詳しく聞くと国王エレンと王弟ルーベンは、幼い頃から魔法の研究に夢中で使用人や先代ホロロギウム公爵夫妻が匙を投げたダグラス外へ出そう強制作戦を決して諦めず。結界に阻まれる回数50を超えた辺りでやっと外に出たダグラスを様々な場所に連れ回した。お付きの騎士達が不憫だったと紅茶を啜りながら聞かされるが、父からは全く不憫と思っている感じがしなかった。


 会話もそこそこに、ホロロギウム邸へと行くかとダグラスが席を立ち。釣られたエイレーネーとイヴも腰を上げた。ふと、イヴを見やった。



「どうしたの?」

「イヴはうさぎの姿になるのかなって」

「レーネはうさぎになってほしいの?」

「いいえ。ただ、公爵様やガブリエル達はイヴを知らないから」

「はは。ダグラスの所にいる助手とでも言えばいいさ」



 天使(仮)を助手……。


 会話もそこそこに一行は転移魔法でホロロギウム家へ飛んだ。正門の前に現れた一行に腰を抜かす門番や執事、丁度来ていたソレイユ公爵家の馬車にいる馭者もあんぐりと口を開けていた。時間にしては少々早いのにもう来ているとは、意外そうに馬車を見ていたら扉が開いた。

 王家の血を引く者にしか現れない黄金の髪と青の瞳の男性が馬車から降りた。お腹と太腿が引っ付く程に腰を折る門番と執事を横目に、ルーベン=ソレイユは欠伸をしたダグラスを見るなり大股で近付いた。


 昔からの知り合いと言えど、身分的にはルーベンが上だ。不敬だと言われてしまうと身構えたエイレーネーだがそんな事はなかった。



「少し早くに来て正解だった。お前がきちんと来てくれて嬉しいよ」

「エイレーネーに関係があるんだ、来ない訳がない」

「今までロナウドに遠慮していたお前が腰を上げたんだ、最後までやれよ」

「さてな。あいつ次第だろうが、まずは俺の話を聞くかどうかだ」

「私が言うのは何だが……ロナウドが魔法使いやお前に対し、憎悪を持っているのはほぼお前のせいな気がするんだが」

「? 俺はあいつに魔法の才能がないことについて1度も触れていないんだが」

「……多分、それが原因かもな」

 


 他人のルーベンが知った顔をする一方、実の兄であるダグラスは益々分からないと頭から大量の疑問符を飛ばすのみ。イヴから予想を聞かされ、ラウルの意見も聞いたエイレーネーはルーベンの言葉にほぼ同意したくなった。

 自分自身に魔法の才能があるから、大魔法使いであるダグラスに憧れて魔法使いとして生きると決めた。だがもしも魔力しかなく、魔法の才能がなければどうだっただろう。



(ううん……一緒ね)



 羨ましく思うのも尊敬するのも同じで、憎んだり妬んだりはしなかった。それに、だ。ダグラスの事、仮にエイレーネーに魔法を使う才能がなくても使える道をいとも容易く見つけてくれていた。

 他人への関心が極端に薄く、魔法の研究にしか興味がなくても実の娘には相当に甘いと1月一緒に生活をして知った。長年交流のあるイヴも同様だ。呆れている場面を多々見るが無防備な姿を晒しているのは信頼していないと無理で。


 そう考えると小言を言われつつも聞く耳があるのはルーベンに心を開いている証でもある。幼少期の話を聞くと大抵面倒くさそうに話されるが嫌っていたら結界で弾いていた。


 ソレイユ家の馬車からもう1人降りた。

 ラウルだ。

 エイレーネーを見つけると即やって来る。



「エイレーネー」

「ラウル。少し来るのが早いのは公爵様の?」

「ああ。ダグラス様がちゃんと来るか早く来て確認をしたいと。エイレーネーに関わるのなら、きっと来ると母上は止めたんだが」



 信用されているのか、いないのか、イマイチ不明。

 ずっと正門に集まっていても仕方なく、腰を低くして邸内へと案内した執事を気の毒に見ていれば、玄関ホールに入った。そこではリリーナとガブリエルが待ち構えていた。

 他の者が来訪の報せを届けていたんだ。


 ダグラスを見るなり顔を青褪めた2人。そういえば、始めダグラスを見た際には抱き合って怯えていた。エイレーネーには強く出られても大魔法使いたるダグラス相手には弱気になるようだ。


 ぷっと吹き出したイヴに視線が集中した。



「君って怖い噂あったっけ? ダグラス」

「知らん。あったとしても興味がない」

「はは。そういう無関心ぶりが公爵の癪に障ったんじゃない?」

「あいつに関してはよく分からん。両親からなるべく関わるなとお互い言いつけられていたんだ」

 


 ダグラスは守り、ロナウドは守らなかった。

 ダグラスにしたらそれだけの事。



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