第17話 私にしてみない?①
ホロロギウム家での話し合い当日が明日に迫った今日。訪問の頻度がかなり増えたラウルは前日もエイレーネーを訪ねた。何度かダグラス宛にソレイユ公爵からの依頼を渡す為なのもある。今日は個人的な訪問。前の訪問の時に次に来る日をきちんと伝えてあるので勝手な訪問ではない。エイレーネーは丁度風の魔法で薪割をしている最中だった。ラウルに気付くと作業を中断し、割ったままの薪を1つの場所に纏めて置いた。
「こんにちは、ラウル」
「ああ。今日は薪割を?」
「ええ、保存用も兼ねて多目に切っておこうと」
「私もしていいかな?」
「良いけれど、急いではないのよ?」
「エイレーネーがしているのを見ると私もしてみたくなったんだ」
無理に断る理由もなく、まだ手を付けていない薪をラウルは割っていく。エイレーネーのように1度に大量は難しくても、少しずつ丁寧に作業を進めていくのは彼の性格からくるもの。
「ある程度の事は自分でしないといけないけど、今の生活がとても楽しいわ」
「エイレーネーが楽しいなら良かった」
全ての薪割を終え、幾つかの薪を紐で纏め、薪置き場に置いていく作業を繰り返し行い、終わると手についた泥を桶に入れていた水で洗った。濡れた手をハンカチで拭きながら、話し合いが明日に迫ったとエイレーネーは零した。
「ラウルも来てくれる?」
「勿論だ。ガブリエルが調子に乗ったのは私にも原因がある」
毎回屋敷を訪れてはエイレーネーが来るまでの代わりとして、相手をしたガブリエルの狙いが自分であると気付かされたラウルも明日の話し合いではきっぱりとガブリエルの気持ちを断るつもりでいる。
今までエイレーネーに会えなかったのはガブリエルや周囲の妨害のせいと彼自身が積極的にならなかったのもある。無理に会ってエイレーネーに嫌われたら……と、前向きになれなかった。
ただ、これについてはある憶測がソレイユ公爵にはあったらしく、以前ラウルに聞かされたエイレーネーはあり得ると頷いた。
「ダグラス様は?」
「今日は他国の友人の依頼で魔物討伐に行っていて、夕刻には戻ると」
「他国って一体何処へ? 最も近い隣国でも半月は掛かるのに」
超長距離転移魔法であっても、早く戻ろうとダグラスが思えば1日で戻れるとイヴが楽しそうに教えてくれた。実際は1月以上掛けて向かう国へたった1日で往復するのだから、大魔法使いの名は伊達じゃない。
「エイレーネーも転移魔法を使えるの?」
「屋敷にいた頃は街へ行く時に。お父さんみたいに1日で他国へ行く程の力は全く」
「ダグラス様の魔法は本当にすごいな。私も見てみたかった」
まだ超長距離転移魔法しかすごい魔法は見ていないが、普段の生活をするのに大魔法使いと感じさせる魔法を行使する理由はなく、このままで良い。
ラウルも桶に入れられていた水で手を洗ってタオルで拭いた時、ふと、こんな事を漏らした。
「父上がホロロギウム公爵がダグラス様を憎むのは、ダグラス様の無関心に理由があると言われたんだ」
「お父さんの?」
「ああ。ダグラス様は魔法に関する事以外は基本無関心だから、自分から積極的に絡まないと永遠に相手をしてもらえないと父上や陛下は気付いていたんだ。ただ、ホロロギウム公爵だけはそうじゃなかったと」
確かに、とエイレーネーは部屋に籠ると呼びに行くまでずっと魔法の研究をしているダグラスが目に浮かんだ。一緒に生活を始めてそろそろ1月が経つが自分から進んで部屋から出て来たのはない。
「ホロロギウム家を継ぐのはロナウド様とも決まっていたらしいんだ。ダグラス様は魔法使いとしては他者の追随を許さない極めて優秀な才能を持っていても、貴族の当主としてはロナウド様が圧倒的に優秀だったと」
「え、ええ。お父さん本人も言っていたわ。お祖父様にも家督を公爵様が継げるようにしてくれと」
ホロロギウム家が今後も公爵家として存続するには、貴族としての役目を全うする者が跡取りとなる。祖父もダグラスには貴族として生きる才がないからこそ、跡取り教育をロナウドにだけ受けさせていた。
ロナウドがダグラスを恨むのは、ダグラスがあまりにロナウドに何もしていないからとソレイユ公爵は見ているらしい。
「お父さんが戻ったら、聞いてみようかしら。何度か聞いているのよ? 興味がないからあまり覚えてないで大体終わってしまって」
「実際、そうなのかもしれないな。私も戻ったら、父にもう1度話を聞いてみるよ」
その後は湖で冷やしていた果物を取りに行き、2人で食べながら会話を楽しみ、時間が来るとラウルは帰宅していった。残ったエイレーネーは屋敷に戻り、今日の夕食は何にしようかと厨房で腰に手を当てて考える。街で買うのは良いが自分でも作ってみたい。が、どれも失敗に終わっている。ずっと貴族として育てられたエイレーネーにいきなり料理を作れる器用さはなかったようで。黒焦げになった野菜を見たイヴに大笑いされた苦い記憶が蘇った。ダグラスは適当に済ませるのが多く、ホロロギウム家と此処を行き来するイヴが毎回料理を作っていたとかで、今もイヴがエイレーネーとダグラスの食事管理をしている。
イヴは自分を人間ではないと言い、ダグラスも同意している。天使様かと言っても笑われ、悪魔かと言っても笑われ。どれが正解か聞いても教えてもらえない。悪魔ではないのはダグラスも頷いていた。
「どうしたの、レーネ」
「イヴ」
厨房に立っていると部屋から出て来たイヴが入る。
「お腹空いたの?」
「いいえ。今夜は私が作ろうかなって」
「食材が焦げるだけからやめておこうよ」
事実なので言い返せない。
不満げに口を尖らせたら、何が面白いのかイヴはクスクス笑う。
「感情表現豊かなのは母親の血かな。ダグラスに何もかも似ていたらそんな風には笑わない」
「お父さんは魔法にしか興味がなかったのね」
「そうだよ。そのせいでダグラスの弟は変な風に拗れてしまったんだ」
「イヴは心当たりがあるの?」
「あるというか、分かるんだ。私は4人兄弟の末っ子だから、兄に構われない弟の気持ちが分かる」
「イヴも構ってもらえなかったの?」
「兄による」
家の跡を継いだ長兄は毎日次兄に見張られ自由に外へ出られず、自由度が高かったイヴや3番目の弟によく八つ当たりしていたと。幼い頃数年間行方知れずになっていたのも監視の目が強かった原因だろうとイヴは言う。行方知れずと言うが実際にいた場所は分かっていたものの、詳細な居場所までは特定できず、ある日ふらっと戻って来たのだとか。
「どこにいたの?」
「レーネが分かるように言うと、悪魔の住む世界かな」
「え!?」
「当時の魔王候補に喧嘩を売って半殺しの目に遭ったみたいでね。兄者を助けて世話をしていたのは、別の魔王候補だったって本人に聞いたよ」
曰く、殺すと天使側が悪魔側に全面戦争を仕掛けて来るからだと。悪魔の世界だけではなく、人間の世界にも多大な影響を与えてしまうと両親は何とか思い留まり、代わりに捜索を必死に続けた。
「悪魔なのに天使を助けるなんて、お人好しなのかしら」
「みたいだよ。悪魔の世界の魔王になっているけど、捨てられた人間の赤ん坊を育ててたとも聞いた」
「赤ん坊?」
「ふふ、この話は今度の話し合いの場で話すよ。この国の国王に関わるからね」
それはどういう意味かと訊ねようとし、ある記憶が蘇った。
第1王子には本来双子の兄がいたとラウルに教えられた。だが、この国では決して生まれない姿をした赤子は、初め王妃の不貞により生まれたとされたが国王夫妻の仲の睦まじさは他国にも知れ渡る程有名で絶対に有り得ず。天使に助けを求めると赤子は悪魔に憑りつかれていると判断され、名を付けられる事も両親の腕に抱かれる事もなく森に捨てられた。
「王子になる筈だった赤子は今では次期魔王だ。最近は好きな女の子に振られて失恋中だって」
「そ、そうなの……」
捨てた王子が生きていたと聞いた時、国王はどんな気持ちになるのか。
表には出さないが国王は王子を捨てた事を非常に悔いており、王妃は出産以来ずっと臥せったままと聞く。王妃の信頼が篤い公爵家の令嬢が側妃に上がり、王妃の仕事を代わりに熟しているのが現状だ。
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