第16話 綺麗なドレスを


 枕に顔を埋めて涙を流すガブリエルを専属の侍女達が悲し気に見つめていた。可憐な主が泣いているのは、愛する人に会いに行ったのに門前払いを受けたのが原因だ。

「ガブリエル」と心配で様子を見に来た母リリーナがベッドで枕に顔を埋めて泣いているガブリエルをそっと抱き締めた。



「ああっ、可哀想なガブリエル。エイレーネーさんったら、大魔法使い様を使ってガブリエルにこんな嫌がらせをするなんて」

「お母様っ! お姉様は言っていたのですよ、ラウル様はわたくしが好きだと、なのにソレイユ公爵家に行ったら婚約者でもないわたくしはラウル様に会う資格がないって!」

「旦那様がソレイユ公爵に抗議をしてくれているわ。心配しないで可愛いガブリエル。すぐに旦那様があなたとラウル様の婚約を結んでくれるわ」

「はいっ」



 ラウルとエイレーネー、2人の婚約がダグラス譲りの魔力を持つエイレーネーを王家に取り込みたい王家の思惑からソレイユ公爵家に婿入りした王弟が手を上げて結ばれたもの。と、リリーナとガブリエルも説明を受けているのだがすっかりと頭から抜け落ちており、ガブリエルがラウルと愛し合っていても婚約が結ばれないのはエイレーネーがダグラスを使って妨害しているからだと解釈された。

 ダグラスがエイレーネーを迎えにホロロギウム家に来てから不幸な出来事ばかり起きる。

 半月前に第1王子と聖女が小パーティーを開いた。ホロロギウム家の姉妹も当然招待されていたがエイレーネーを参加させる気がなかったロナウドは、エイレーネーの我儘で参加を拒否した事にし、出席の有無を送らなかったのもエイレーネーの責任にしようと企んだ。エイレーネーが嫌いなガブリエルは賛同した。


 浮世離れした絶世の美貌と圧倒的な魔力と優れた魔法の才能。ダグラスの血を何1つ零すことなく受け継いだエイレーネーを、両親に愛され使用人達から大事にされていても魔法に関して才能がないガブリエルは妬んでいた。


 ホロロギウム家の本邸で暮らす前はロナウドが自分達の為に建ててくれた別邸で暮らしていた。多忙であったにも関わらず、足繫く別邸に足を運んでくれた父が大好きだった。正妻であったメルルが亡くなるとすぐに本邸に連れて行かれ、そこで異母姉エイレーネーと初対面した。


 ガブリエルは自身の見目に自信があった。


 のにも関わらず、大魔法使い譲りのエイレーネーの見目はガブリエルを圧倒した。


 見目が優れているだけでは愛しい人は手に入らない。


 ラウルと初めて会ったのは、彼がエイレーネーに会いに来た時だ。ガブリエルを見て空色の瞳を光らせたラウルに確信した。この人は自分を好きになると。ガブリエル自身も王弟の息子で次期ソレイユ公爵、更に麗しい王子様なラウルの美貌に惹かれた。


 そこからは必死でラウルへの好意をアピールした。両親や使用人達に協力をしてもらい、ラウルが来訪したら必ずガブリエルに先に報せをし、エイレーネーが来ないよう手を回した。


 最初、エイレーネーが来なくて怪訝にしていたラウルに支度が戸惑っているとか、不在で何時戻るか分からないとエイレーネーが来ない理由をでっち上げた。次第にエイレーネーに不信感を抱き始め、後押しとばかりにエイレーネーがラウルに会いたくないと囁いた。自分の知らないエイレーネーの話をしてくれるガブリエルに警戒心を解いていたラウルは信じた。強いショックを受け、呼び止めるガブリエルに構わずその日は帰ってしまった。


 これは使えるとラウルが訪れる度にエイレーネーから相談されていると嘘を言い続け、その度に落ち込むラウルを慰めた。エイレーネーとは会わず、ガブリエルと会うラウルの好意の向き先が誰を示しているか周囲は理解してくれた。

 友人は皆エイレーネーよりガブリエルがラウルとお似合いだと祝福してくれた。両親も使用人達も。



 ……なのに。



「絶対……絶対にラウル様は渡しません、ラウル様はわたくしの者なんだからっ」

「ええ、ええ。そうよガブリエル。ソレイユ公爵夫人になるのはガブリエルよ。エイレーネーさんなんかじゃないわ」

「お母様、今度お父様がお城でお姉様や大魔法使い様を交えてお話をすると言っておられました。わたくしも行きたい。ラウル様に相応しいのはわたくしだとお姉様に知っていただかないと!」

「旦那様には私から話しておくわ。心配しないでガブリエル」



 母からも、父からも愛されたガブリエルこそがソレイユ公爵夫人に相応しい。



 ――夜、父ロナウドに話し合いの場に同席したいと申し出ると勿論だと受け入れられた。



「話し合いの場には陛下も同席する。その時にエイレーネーからガブリエルに婚約の変更を告げるつもりだ。心配するな」

「ありがとうお父様!」

「ああ。ガブリエル、ずっと臥せっていたがもう大丈夫なのか?」

「ラウル様に会えるなら元気になりませんと!」



 話し合いは半月後に行われる。場所はなんとホロロギウム家。国王を交えるのなら王城でするものだと思っていた。



「お姉様や大魔法使い様も来られるのですよね? その時に大魔法使い様にお姉様の性悪振りを知ってもらわないと! わたくしが聖女様に嘘を見抜く能力があると知らないと知っていながら、小パーティーに興味のない振りをしていたんですよ」

「ダグラスの娘だけあっていけ好かない。母親に少しくらい似れば可愛げがあったものを」



 忌々しいと吐き捨てたロナウドは実兄たるダグラスは勿論、不貞を犯しダグラスの娘エイレーネーを産んだ前妻メルルの事も嫌っている。本邸に連れて来られた時、前妻はどんな女性だったかロナウドに訊ねたら「なに、リリーナと比べたら取るに足らない女さ」と言われたから、言葉通り大した女性じゃなかったのだろう。

 正式に婚約者になれたらソレイユ公爵家にだって好きに行ける。早くラウルの側に行きたい。ラウルだってホロロギウム家を訪れると必ずエイレーネーはと聞きながら、積極的にエイレーネーを気にはしなかった。一緒にいるガブリエルを気に掛けてくれた。

 婚約者としての義務を果たしていただけ。早く彼を解放し、心を通わせた自分と婚約したらいい。



「そうだわ、当日に着るドレスを決めないと!」



 ロナウドに一礼して部屋に飛んで帰ったガブリエルはドレスルームに入り、ラウルへの印象を少しでも良くしようと飛び切りのドレスを探した。



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