第15話 穏やかな時間



 今日は約束の日。ラウルは時間通りにやって来た。エイレーネーの顔を見るとホッとするのは今までが全く会えなかったからだ。今日は湖周辺を周りましょうとエイレーネーが提案するとラウルは快諾した。お腹が空いた時の為にパンを入れたバスケットを持って結界の外に出て湖へ向かった。



「お父さんが此処に屋敷を建てたのは、気分転換に最適だからって言ったのが分かるわ」



 王国でも人気な観光場所である湖は王家が厳重に管理をしており、周辺に生息する動植物は大切に守られている。湖に入ろうものなら姿が見えない見張りから警告を与えられ、3度の警告を無視すると失神させられる。法律で湖への入水は禁じられており、植物や動物に手を出すのもご法度。美しい自然を守る為の管理に妥協は許されない。

 エイレーネーの為にと朝は曇だった天気をダグラスが快晴に変えた。易々と目の前で披露されるとダグラスにとって難しい魔法は何かと聞きたくなった。

 空が急に晴れた理由を知ったラウルは顔を引き攣らせるも納得がいったと頷いた。



「すごいなダグラス様は。私は魔法があまり得意じゃないから、正直羨ましいよ。エイレーネーはダグラス様から魔法を教わっているの?」

「ええ。今は生活に必要な魔法を教わっているの。薪割を風の魔法で代用したり、創造魔法で家具を創ったり色々」

「生活感が濃い魔法だね……」

「お父さんは1人で生活をしていたから。私もお父さんと一緒に暮らすなら使えるようになりたい」

「エイレーネーならすぐに自分の物に出来るよ」



 魔法の才能に関してはダグラス譲りの才能を発揮していたエイレーネー。ラウルが魔法を苦手としていたのは知っていた。真摯に魔法と向き合うエイレーネーを妬まず、応援してくれていたのもラウルだった。ロナウドやガブリエル等魔法が苦手な人達から様々な嫌味を投げられ続けたのに。



「ガブリエルの場合は公爵様の影響かしら……」

「ガブリエルや公爵の気持ちは少し分かるよ。大魔法使いの娘だからエイレーネーには魔法の才能があるんだと私も思った。でも、何度も練習をして何度失敗しても諦めず魔法を自分の物にしたエイレーネーを見続けてきたから、君を応援したい気持ちが勝ったんだ」

「ラウル……」



 ホロロギウム家から離れただけでお互いの距離が少しずつ縮まるのを感じ取った。

 ダグラスの屋敷にはエイレーネーを冷遇する者もラウルとの交流を邪魔する者もいない。

 母が生きていた頃とはいかなくても、少しずつ昔の距離感を取り戻していった。

 暫く湖周辺を歩き、足に疲れを覚え始めた頃ラウルが食事にしようと提案をした。丁度お腹が減っていたエイレーネーは快諾。芝生の上にそのまま座った。



「ハンカチを貸すから直で座ったら汚れてしまう」

「平気よ。汚れても洗濯したら消えるわ。此処の芝生は王家が管理しているだけあって泥1つもないから目立った汚れは付かないわ」

「分かった。エイレーネーがそう言うなら」



 ポケットに入れた手を出しラウルも座った。

 バスケットにはハムと数種類の野菜を挟んだクロワッサンがあり、1つをラウルに渡した。



「ラウルのはトマトを入れてるわよ」

「エイレーネーは苦手だったね」

「お母様と同じだってお父さんに言われた。初めて知ったわ。お母様は好き嫌いをしない人だったから」

「エイレーネーの前だったから好き嫌いを言わなかっただけもしれないな」

「そうね」



 マナーには厳しい人だったがそれ以外ではとても愛情深い人だった。ダグラス譲りの見目はロナウドの劣等感を大いに刺激していたから、義理の父に愛されないエイレーネーを想って母は飛び切りの愛情を与えた。いつか自分が居なくなっても大丈夫なように常に実父の話もして、最後は信頼が篤いイヴの存在も伝えてくれた。



「今度の話し合いが終わったら、お父さんとお母様のお墓参りをしに行くわ。お母様が亡くなってからあまり行けてなかったから、きっと恨まれているわね……」

「そんな事はないさ。メルル様はエイレーネーとダグラス様が一緒に暮らせるようになって1番喜んで下さっているよ」

「お母様はそう思っていてくれているかしら」

「きっと」



 最も家族3人で暮らしたがっていたのは母であったろう。

 母がロナウドを愛していたら別の幸せはあったのやもと思うも、2人の間に子供がいたらエイレーネーが肩身の狭い思いをして暮らすのは変わらなかった。ダグラスに似ているだけでロナウドにとっては憎悪の対象だったから。


 クロワッサンはエイレーネーがイヴに作り方を教わりながら作った品でハムと野菜を挟み、隠し味のドレッシングを切ったパンの内部に塗った。手作りと言ってもいいのか微妙だがラウルは最後まで美味しそうに完食した。

 もう1つあるからとラウルに差し出した。4つ入れてあるので1人2つを食べるつもりでいる。



「ありがとうエイレーネー」

「ええ」

「こんな時間がずっと続けばいいのに」

「ソレイユ公爵様はなんと仰っているの? 私がお父さんのところに行ったのを」

「父は『やっとダグラスが迎えに行ったか』って安心していたよ。母も同じだった」



 実際はイヴが連絡を取ってダグラスが来てくれただけ。エイレーネーが望まなかったら今もホロロギウム家にいた。



「婚約については話し合いの場で決めると父に言われた。エイレーネー、私とこのまま婚約者でいてくれるか?」



 真っ直ぐに自分を見て婚約を望むラウルの気持ちは嬉しい。

 しかしエイレーネーは緩く首を振った。



「お父さんと暮らし始めてあまり日は経ってないけどよく分かったの。私は貴族としてより、お父さんの下で魔法使いとして暮らした方が性に合っていると。魔法を使うのが、習うのがとても楽しいの。公爵夫人となれば魔法を使う機会なんて滅多にないわ」



 特にラウルは王弟を父に持つ。王位継承権も下だが持つ。

 王家との繋がり、筆頭公爵家との繋がりを欲する家は沢山ある。

 ソレイユ公爵夫人の座をエイレーネーが手にするのは違うのではないかとエイレーネー自身が抱いていた。婚約が決まってから受け続けた公爵夫人としての教育は厳しいが自分の為になるものであった。ラウルの母カルロッタには良くしてもらった。特に母メルルが亡くなってからは気を遣ってもらい、ソレイユ公爵邸に招いてメルルやダグラスの話を聞かしてくれた。ホロロギウム家ではダグラスの話題はご法度だったから、話が聞けるだけでエイレーネーは嬉しかった。



「貴族の結婚なら、家同士の利害が一致しないと利益は生まれない。私とこのまま結婚してもソレイユ家に利益は生まれない」

「そんな事はない。エイレーネーだって、私達の婚約が大魔法使い譲りの魔力を持つエイレーネーを王家に取り入れたい陛下や父上の考えだというのを知っているだろう。ホロロギウム家は関係ないんだ」

「個人として良くても家の話になると違ってくるんじゃ」

「いや。エイレーネーがダグラス様の許に行ってもダグラス様が王国に留まってくれるのなら、エイレーネーがダグラス様の所にいてもいいと陛下と父上は言っていて。私との婚約もエイレーネーが良いと言うのならこのまま継続して下さると言ってくれた。ソレイユ家もホロロギウム家も関係ない」



 ラウルとの婚約継続はホロロギウム家にいたら諦めていた。今こうして向かい合って話をする事で婚約の継続はエイレーネーだって本心では望んでいる。

 ホロロギウム家が何と言ってくるかだ。ガブリエルはラウルを誰が見ても好いている。ラウルだけが何故か気付けなかった。話に出すとラウルは落ち込んだ姿を見せ、カルロッタや父ルーベンにある予想を教えられた。


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