第14話 快適



 実父ダグラスの許へ身を寄せてから10日が経った。いきなりの同居に戸惑うかもしれないと緊張していたものの、ダグラスがエイレーネーに気を遣って何事も最優先にしてくれたお陰で緊張はすぐに無くなった。ダグラスの私室の隣をエイレーネー好みの部屋に変えた魔法の腕前は流石としか言い様がなかった。家具も創ってくれようとしたがエイレーネーも創造魔法を習いたくて使用方法を強請った。特別な魔力操作は必要なく、重要なのは創造力だと説明された。試しに自分の思い描くテーブルを脳内で描き、魔法で創造するも――出来上がったのは描いた物とは程遠いデザインのテーブルだった。



『初めてにしては中々の出来だ。後はエイレーネー自身がどれだけ強く頭に描くかが重要だ』

『色んな家具を見ておくべきでした』

『それも良いが美術品を見るのも良いだろう。魔法使いの発想力を刺激してくれる』



 創造魔法なら使用者の思い描く物を強く念じないと完璧な形にはならない。エイレーネーがそうである。それから何度か試してみるが成功せず、ダグラスが創ってくれた。



「ダグラスとの生活は慣れた?」

「ええ。ホロロギウム家にいた時より快適」

「良かった」



 朝食を食べ終わるとダグラスは部屋に籠って魔法の研究をしている。毎日の事なので気にするなと言われており、用事があるなら好きな時に来いと許可を貰っている。此処にいる間エイレーネーは創造魔法の特訓、イヴとのお話、ダグラスが休憩を挟んだ時に話をし、屋敷の掃除もしている。生活魔法は殆ど使用してこなかったのでイヴにコツを伝授されている最中だ。

 今は朝食後ののんびりタイムといったところ、イヴと向かい合って座り紅茶を飲んでいた。



「此処に来て2日後にラウルが来て吃驚したわ」

「ああ、婚約者君ね。ソレイユ公爵から場所を聞いたんだろうね」



 従者もつけず、1人でエイレーネーを訪ねたラウルには度肝を抜かれた。馬車で来たと聞かされても心配はした。ダグラスの人払いの結界に弾かれなくて良かったとエイレーネーと会えたラウルはホッとしていた。エイレーネーも少しばかり不安だったが結界はラウルを無害と判断してくれた。

 庭で席を設け、ラウルに座るよう促した。お互い席に着くと此処での生活を問われ、快適だと答えた。



『公爵様やガブリエル達がいないのが1番大きい。あの人達を気にしないでいられる時間が出来て嬉しいの』

『エイレーネー……すまなかった。私は全く気付けなかった。エイレーネーの方が距離を取っていると思っていた。ガブリエルが会う度に言っていたから』



 あ、と口にしてからラウルは抑えるもエイレーネーは気にしていない。ラウルとガブリエルの方が一緒にいた時間が長いのだ、仕方ない。



『ごめん』

『謝ってばかりよラウル』

『エイレーネーとやっと話せるのにこんな話しか出来ない自分が嫌になる。私からエイレーネーの側へ行くべきだったんだ』



 声色からラウルの後悔が読み取れるもエイレーネーは何と返したら良いかと返答に窮した。ラウルは無理に返事は求めておらず、自嘲気味に笑んだ。



『あ……一昨日の殿下と聖女様の小パーティーなんだが。ガブリエルがやってくれたよ』

『!』



 話題を急に変えたのはこれ以上同じ話題だとお互い言葉が続かなくなるからだ。他人の嘘を見抜く聖女の前でガブリエルは予定通りの発言をした。先に国王から詳細を聞かされている上、王族と聖女相手に堂々と嘘を発したガブリエルはアリアーヌに即嘘だと指摘され身柄を拘束された。話はロナウドにすぐに届き、王族と聖女を前に嘘を申すとはどういう事かと国王に厳しく追及されたようだ。



『エイレーネーの言った通り、公爵様やガブリエルは聖女様が嘘を見抜く能力を持っていると知らなかったみたいなんだ』

『そう』

『先にダグラス様が陛下に話を回していたから、今回は厳重注意に止めたと聞いた。もうすぐある話し合いの席で言及するだろうって父上が』

『ラウルはソレイユ公爵様に此処を教えられたのよね?』

『ああ。ダグラス様の結界を通れるかはお前次第だって言われたよ』



 結果は目の前にラウルがいる。それが答え。

 それからも他愛のない話をしてラウルは帰った。次に来る日も告げて。



「レーネにとっては良い結果に回っているね」

「回りすぎて怖いくらい」

「彼等が何かをしてくると?」



 ホロロギウム家の人達。ガブリエルや後妻はあまり魔法が得意ではないので物理的に何かを仕掛けてくることはない筈。問題はロナウド。地位も権力もあるロナウドが何かをしないか心配だ。母方の実家にはダグラスが何かやり取りをしている節がある。一昨日、母方実家の家紋が押された手紙をダグラスの愛鳥ポッポ君が運んだ。

 可愛い名前だと意外に思ったら名付けはイヴがしていた。



「婚約者君とはどうするの?」

「ホロロギウム家にいないだけであんなに長く話せたなんてね。外で会えば良かった」

「どうだろう。君の妹君は婚約者君にご執心だし、君の後をつけて無理矢理交ざるのは造作もなかったろうね」

「やめてイヴ」



 有り得そうな話だから背筋が寒い。



「次に会うのは明後日だったね。湖周辺を回るといいよ」

「そうね。お天気がよかったらそうするわ」

「悪ければ私かダグラスが変えてあげるよ」

「……天気を変えられるの?」

「私達くらいになれば可能さ」



 父が凄いのは目の前にいるイヴや亡き母、周囲から散々聞かされてきたから知っている。動物の完全変身を難なく使えるイヴもだが彼の場合人間ではないらしいのでそれが理由かと問う。

 イヴは困ったように笑うだけでエイレーネーの欲しい返事は与えなかった。


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