第13話 理解の違い
植物の成長を促進させ、脳に描いた姿を実現する造形魔法を難なく披露した父に度肝を抜かれた。造形魔法は使用者の魔力や魔力コントロールの他に想像力も非常に大切な技術となる。蔓で創造された椅子に座った。普通の椅子と何も変わらない。微かに森の匂いがしてソワソワとする心を落ち着かせてくれた。
丸テーブルも言わずもがな蔓で創造された。3人で丸テーブルを囲うよう座るとイヴが「茶菓子がないね」と指を鳴らした。
淡い光が丸テーブルの上に現れた直後、そこに人数分のティーセットが置かれていた。ティーポットを持ったイヴが慣れた手付きで紅茶を注いでくれた。魔法についてエイレーネーは同い年の貴族の中では優秀な使い手だが、大魔法使いと呼ばれるダグラスや天使(仮)なイヴと比べると月と蟻であると突き付けられる。
悔しいとか、腹立たしいとか、嫌な感情はない。あるのは純粋な尊敬のみ。
ティーカップが3人の前に置かれるとエイレーネーは口を開いた。
「お父さん! ……その前にお父様と呼んだ方がいいですか?」
「好きに呼べばいい」
「じゃあ……お父さんで」
お父様だとロナウドのいる前では被るからとお父さんと呼んでいただけ。ただ、お父さんと呼び慣れたせいで今更お父様も変と感じた。
「ありがとうございます。私を迎えに来てくれて」
「お前は俺を恨んでいないのか?」
「え」
ダグラスを恨むという発想は1度たりともなかった。1度も会えてなかったと言えど、イヴを通して父からの愛は確かに受け取っていた。
「メルルが亡くなり、ホロロギウム家の屋敷に1人お前を残す事になった俺を恨んでいないのか」
「お母様は亡くなる前に『私が死んだら、お父様の許へ行きたいと絶対に味方になってくれる方に言いなさい』と言っていました」
それはきっとイヴの事だったのだ。
母が亡くなるとすぐにイヴはエイレーネーの前に姿を現した。
「イヴにお父さんの所へ行こうとは言われていました。行かなかったのは私の意思なんです」
辛い思いをすると知りながらホロロギウム家に居続けたのはラウルがいたから。ガブリエルと会うとガブリエルに夢中になったラウルに最初は傷付いた。その時もイヴはダグラスの許へ行こうと手を差し伸べた。取らなかったのはいつかは……と期待したエイレーネーがいたからだ。
「お父さんを恨むとかはないです。私の意思でホロロギウム家に居ましたから」
「そうか」
「私も良いですか? お父様……公爵様がお父さんや魔法を憎むのは、公爵様に魔法の才能が無かったからですか?」
「優秀な魔法使いを数多く輩出したホロロギウム家に生まれたのに、魔力があっても魔法の扱いが得意じゃない。ただそれだけだ」
「それだけとは思えませんが……」
試しに2人の幼少期を訊ねてみた。聞いたところで面白くないとダグラスは前置きをしつつ、魔法にばかり夢中になっていたダグラスと魔法以外に関しては優秀なロナウドは常に勉学に励んでいたと語られた。
「次期公爵としてはあいつの方が向いていたからな。俺は父に後継はロナウドがなるべきだと言い続けた。当主に魔法の才がなかろうと貴族として重要な才能はロナウドの方が圧倒的に上だった」
「公爵様はそうは思わなかったのでは?」
「さあ。元々俺は他人に興味がなかった。向いている者がその座に就けばいいだけの話だ。俺は公爵に向かない、あいつは向いている。それだけの話だ」
「はは……」
言葉通り、実の弟なのにダグラスの声色はとても淡々としていた。
「彼が拗れたのは君のそういうところが理由じゃないのか? ダグラス」とイヴが指摘した。
「弟と遊んだ記憶ある?」
「覚えていない」
「彼から近寄って来た記憶は?」
「どうだかな。記憶にない」
「はは。兄に構ってもらえない理由が魔法を使う才能がないからだと彼が思ったら?」
「? 何故俺が構わない理由をそこへ結ぶ」
確か兄が3人いると言っていたイヴ。末っ子の彼にはロナウドが持つ憎しみの理由が読み取れたのだ。
「イヴは公爵様がお父さんを嫌う理由が解るの?」
「ダグラスが元から他人への関心が薄いのは会った時から分かった。ただ、弟である彼は自分に魔法を使う才能がないからだと思ったのじゃないのかな」
「あいつがそんな事を気にするとは思えんがな……」
「ははは。ダグラス、君が彼を理解していないように彼も君を理解していないのさ」
魔力だけがあって扱う才能がなくても祖父母はロナウドを愛していたし、両者の関係は極めて良い。周囲の声が良くなかったかと言われるとそうでもない。ただ、ロナウドに魔法に関する才能がないと知らないだけとも言えた。
「後日話し合いの場が持たれるのなら、公爵様ともお話をされるのも良いのでは?」
「どうだかな。頭に血が上ってまともに話し合えるとは思わんさ」
一理ある。
「もうそろそろ殿下と聖女様の小パーティーが始まっている頃ですね……」
「レーネは心配?」
「ううん。ラウルは殿下や聖女様に嘘は吐かないわ。問題なのはガブリエルよ」
ガブリエルは予定通り、エイレーネーが来ないのは我儘を言って来たがらないと言いそうだ。事情は既に国王に伝えてある。国王経由で王子や聖女にも事情は通されているだろう。
嘘の内容だけに重罪にはならないだろうが何らかの罰は下される。そこだけが心配だった。
――ホロロギウム公爵邸を出発したラウルは1人、王城の庭で開催される第1王子と聖女の小パーティーに参加した。従兄弟の為顔を合わせると口調が砕ける王子に苦笑しつつ、そっと顔を近付けられ囁かれた。
「エイレーネー嬢との事情は父上から聞いている」
「! エイレーネーや大魔法使い様が此処に来たのか?」
「ああ。ダグラス様の転移魔法で父上と話した後は帰ったらしいが。ラウル、エイレーネー嬢と正面から話し合え。避けられているからと逃げていたお前にも原因があるんだぞ」
「……」
「それとガブリエル嬢。どう見てもお前を好きなのが丸分かりなのに気付かなかったのか?」
「……ガブリエルをエイレーネーと同じ目で見た事が1度もなかったから」
「鈍いのか一途なのかよく分からない奴だ」
この従兄弟にはエイレーネーへの悩みを何度も聞いてもらっていた。ガブリエルを遠ざけて見ろと言われたが未来の義妹になるガブリエルを無碍にも扱えなかった。お前の甘さが招いた結果だと言われ、エイレーネーの時と同じくらい項垂れた。
話を聞いていた聖女アリアーヌに「ラウル様はエイレーネー様を好きだったのですか……?」と驚いたように言われてしまい、更に項垂れた。
「あ、も、申し訳ありません。ガブリエル様ととても仲睦まじかったので……」
「…………そうか」
他人の目から見てもガブリエルを好きなのだと見られていたのなら、ずっと近くにいたエイレーネーだってそう思う。ラウルが違うと言っても信じてもらえない筈だ。
従兄弟の憐れな姿に王子ウィリアムは同情を込めた眼差しを送った。
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