第12話 国王の執務室に突撃


 王宮に来るのは大抵催しがある時のみ。ロナウドは時折登城していた。個人的理由で足を運ばない王宮は豪華絢爛を表しており、何時見ても黄金に輝いている。神の祝福によって栄える王国において神のお告げは絶対である。故に、神の言葉を授かる神官や聖女の存在は極めて重要視される。

 足早に王宮の中を進むダグラスに付いて行くエイレーネー。騎士や文官がギョッとした顔をする気持ちがよく分かる。

 一際大きな扉の前に立ったダグラスが「エレン、私だ、入るぞ」と声を掛けた。奥から慌ただしい物音がし、静かになったタイミングでダグラスはノックも無しに扉を開けた。


 室内にいたのは国王エレン=フォン=ミラクロ。見ると部屋は王の執務室だったようで執務机には大きなシュークリームが4つ積み重なった皿がある。デザートの時間にしては早いというか、精悍な顔つきの国王がシュークリームを4つ食べようとしていたのにちょっと吃驚である。



「ダグラス! 部屋に入る時はノックをしろ! 吃驚するじゃないか!」

「入る前に声を掛けただろう」

「呼び出していないお前が来た時点で既に驚きだったがな! ……ん? そこにいるのは……」



 王族特有の青の瞳がエイレーネーとイヴに向かった。エイレーネーが礼を執る前にダグラスが手で制した。



「時間がない。手短に言うぞ。お前の空いている時で良い。ソレイユ家とホロロギウム家、お前を合わせた場を設けたい」

「何があった」

「エイレーネーは私が引き取る。ソレイユ家の公子との婚約をどうするかその場で決めてもらいたい」

「待て、最初から話せ。今までホロロギウム公爵に遠慮していたお前が急に」

「エイレーネーから私の許へ来たいと報せを受けた。これ以上ホロロギウム家にいても、この子に負担が掛かるだけだ」



 まずは話し合いの場を設けたいダグラスは訳を話せと迫るエレンを制し、頷くのが早いとエレンは了承した。

 次に訳をダグラスが話し、途中エイレーネーにも説明を求めたエレンは全て聞き終えると顔を手で覆った。



「……そうか……」

「あのお父さん、ラウルとの婚約解消は一旦待ってもらえませんか? ラウルが待っていてほしいと言ったんです。あんな真剣に言われては」

「それについてはお前の好きにするといい。だが、ホロロギウム家の令嬢でなくなるお前をソレイユ家が嫡男の伴侶として求めるかは話が別となる」



 ダグラスの話に待ったを掛けたエレンは「それは違う」と首を振った。



「エイレーネー嬢とラウルの婚約はお前をこの国に留めておく事と大魔法使いと同等の魔力を国外に渡らせない為だ。仮にホロロギウム家の令嬢でなくなるとしても、お前の娘としてならソレイユ公爵はエイレーネー嬢とラウルの婚約を継続させるだろう」

「貴族としての体裁はどうなる」

「大魔法使いの娘である肩書は変わらない。エイレーネー嬢を連れてお前が国外へ行く事の方が損失がでかい。……それにだ」



 鋭く、重い威圧を込めていた青の瞳から力が抜け柔らかく細められた。



「父と娘が暮らそうとしているのを邪魔する程、俺は無粋な人間じゃない」

「そうか。弟同様、人使いがかなり荒いのは何故だ」

「無理にでも仕事を作らんとお前は引き籠ってばかりで外へ出ようとせんからだ!」

「材料集めに出ている」

「偶にだろうが!」



 砕けた口調で話すダグラスとエレンの付き合いの長さと深さが垣間見える。こうやって気軽に話せる相手がエイレーネーにはあまりいない。イヴは何でも話せていたのに性別が男性と分かるとちょっと話しにくくなった。



「ダグラス。お前の要求は分かった。すぐに手配をしよう」

「頼む。段取りがついたら連絡をくれ。それまでは屋敷にいる筈だ」

「頼むからいてくれ」



 このやり取りからするに、ダグラスは不在になっていた時があったのだろう。

 エイレーネーに振り向き「行くぞ」とだけ告げるとまた転移魔法を展開しようとした。あ、とエイレーネーは腕を掴み待ったを掛けた。



「殿下と聖女様のパーティーはどうしましょう? 2人に挨拶だけでも」

「お前は知らなかったのだろう? なら、知らないまま行けばいいさ」

「知らない?」とエレンが口を挟んだ。

 上位貴族の令嬢令息には全員招待状を送っているのにエイレーネーだけ知らないとはどういう事かと説明を求められた。更にエイレーネーだけ返事がないままだとも。身内の恥を晒すみたいで恥ずかしい気持ちはあるが正直に打ち明けた。

 深い溜め息を吐いたエレンの青い目はダグラスへいった。



「これについてはダグラス、お前にも原因があるのだぞ」

「? 何故だ。あいつの魔法嫌いはあいつに魔法が向かなかったからだろう」

「そういう問題じゃない。全くお前は……。……ロナウドをメルルと同じとは言わんでも、少しは見てやるべきだったのだ」

「?」

「……はあ~~~……」



 とても深い、深い溜め息を披露したエレンから発せられるのは盛大な呆れ。何故呆れているのかダグラスには理解されず、一緒にいるエイレーネーもよく分からなかった。イヴは楽しそうにしている。

 項垂れたエレンを放ってダグラスは再び転移魔法陣を展開し、エイレーネーの手を引いて湖付近にある屋敷へと一気に飛んだ。

 周囲には人払いの結界が張られており、相応しくない客は決して辿り着けない。公爵家の屋敷の何倍も小さいがこれから父と娘が生きていくにはかなり余裕のある大きさだ。

 加えて外観は非常に清廉としており、水色に輝く屋敷と整理された外の風景が絵画の世界を連想させた。



「綺麗……」

「だろ? 私が時折来て掃除してるから」

「イヴが掃除を?」

「ダグラスを放っておいたら自分の身の回りを最低限しか維持しないからね。レーネの母君が生きていた時は、私がこっそりと此処に連れて来て掃除をしていたよ」

「お母様が……」



 ならば此処は父だけではなく、母の思い出が詰まった場所なのだ。



「今日からは私も掃除をするわ」

「大したことはしていないよ。全て魔法で終わらせているから」

「生活魔法を使ってるのね」

「そんなところかな」


「エイレーネー」



 屋敷の扉の前に立つダグラスに呼ばれて近付き、中へと案内された。

 玄関も公爵家の屋敷とは比べ物にならないくらい狭い。が、全く嫌だと感じない。爽やかな柑橘系の芳香剤が出迎えてくれた。入ってすぐに2階へ続く階段がある。ダグラスの私室は2階にあり、エイレーネーの部屋は隣にすると言われた。



「後で必要な家具を創る。どんな物がいいか後で言いなさい」

「は、はい。創るって魔法で?」

「そうだ。態々買うのは手間だからな」



 普通の人からすると魔法で家具を創るという発想はない。物によれば搬入までに時間は掛かるが普通は購入する。

 ダグラスの個人的資産は公爵家で暮らしていたエイレーネーに掛かる費用をそのまま負担するくらいどうということはない、程に有り余っており。更に鉱山を幾つか所有しているとも聞く。

 ロナウドに養育費代わりにやると告げた鉱山もその内の1つ。質の良い宝石が採れるのだとか。


 部屋の場所や使用用途を説明されながら屋敷を案内され、終わると庭に出た。雑草が1つも見当たらない整理された庭。花は咲いてないが道具が揃えばガーデニングだって可能だ。



「天気が良いから庭でお喋りをしようよ」

「エイレーネー、それでいいか?」

「はい!」


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