第10話 美人な〇〇だった
諦めの早さについては遺伝というより、環境がそうさせた。エイレーネーが求めたってエイレーネーを通してダグラスを見ていた公爵は決して与えはしない。
父、夫の背を見てエイレーネーを虐げるガブリエルや義母も同じ。奪う楽しさを知っている彼等は与える真似はしない。
額を床に擦り付ける勢いで頭を下げたラウルの言葉が嘘とは思えない。ただ、やはりガブリエルの言葉も嘘と思えないのだ。
ラウルに顔を上げてもらったエイレーネーはこの後何を言うべきかと迷うも、取り敢えずは床からまたソファーに座り直してもらった。いつまでもラウルを床に座らせられない。
「ラウルの言葉が嘘とは思えないけどガブリエルが言っていることも嘘とは思えないの」
「……」
「ガブリエルは明らかにラウルを慕っていて私を目の敵にしていたから」
正直に言ってしまうとラウルとガブリエルはとてもお似合いな2人に見えている。近くで何度も見てきたエイレーネーだからこそ断言する。
顔色が悪いままのラウルは聞くだけで途中言葉を挟んでこない。ガブリエルとの関係の良さを指摘する旨を伝えれば伝える程暗くなっていく。
「さっきも言ったように私はお父さんと行く。ラウルはガブリエルを好きじゃないと言うけど私はそうは思わない。好きじゃない相手とあんな風に仲良くはなれない」
「エイレーネー……」
「小さい頃からの付き合いだもの。ラウルが感じているのはきっと同情に近い。私は大丈夫。此処にいない方が幸せになれる気がするの」
「……そこに僕が一緒にいることは……含まれないのか?」
成人間近になると一人称を「僕」から「私」へと変えて以来、「僕」と言っているのを聞いていなかった。一人称が変わっただけでラウルがちょっとだけ大人になったなと感じたのに昔の言い方に戻ったら、まだ関係が拗れる前のラウルといる気分となった。
縋るように見つめられ返答に窮した。
父ダグラスと初めて会ったのにも関わらず、すんなりと存在を受け入れられたのはうさぎの友人イヴがお互いの近況を話していてくれたお陰。
ラウルとは……。
「……ごめんなさい……何とも言えない」
「……」
無理に言葉を捻り出した所で満足のいく答えを言えるかと問われると首を振るしかなく。ラウルもいると言っても疑問がずっと残るだけ。ならば今は保留にしておくしかなかった。
俯いたラウルは「分かった……」と力なく言い、テーブルにそっと小箱を置いた。エイレーネーに渡すつもりらしい紫のチューリップのスノードーム。
「これはエイレーネーに渡すつもりだったんだ」
「私がチューリップを好きだと思っていたの?」
「いや……花言葉で選んだんだ」
「花言葉……」
チューリップには色によって花言葉が異なると聞いたことがあった。
赤は「真実の愛」
ピンクは「誠実な愛」
黄色は「望みのない愛」
白は「失われた愛」
紫は――
「ただ、今の僕には、エイレーネーにこのスノードームを渡す資格はない」
紫のチューリップの花言葉を思い出している最中にラウルは出した小箱を下げた。悲し気で少し自嘲めいた笑みは酷く傷付いた人形みたいで。
「これは何時か渡す時がくるまで置いておくよ」
「来たらいいね」
「「!」」
突然割り込んだ全く知らない男性の声に2人反応し、振り向くとこの世で最も美しい宝石すら霞む圧倒的美の体現者がいた。
純銀の髪と瞳。眉や睫毛も銀色。
ふんわりとした髪はとても柔らかそうではある。
エイレーネーにふんわりと微笑んだ青年。不覚にもドキリとしてしまった。エイレーネーに近付いた青年へラウルが噛みつくも青年に気にした様子はない。
「話は終わった?」
「え、ええ。ええっと、どちら様?」
「ああ、この姿で会うのは初めてだねレーネ」
「……え?」
レーネはうさぎのイヴが好んで使う愛称。まさか、まさか、と予想が外れてほしいと切なる願いを込めてエイレーネーは問うた。
「イヴ……?」
外れてほしい願いは「そうだよ」とあっさり言ってのけた青年イヴによって砕け散った。
唖然とするエイレーネーの隣に座ったイヴは悪戯成功と言わんばかりの笑み。
「はは! 面白い物が見られたよレーネ」
「な、待って、男だなんて聞いてないわ」
「私は一言でも女だと言ったことがあった?」
「な、なかったけど……!」
なくても名前的に女性だと思っていたし、美人だとも言われていると話していたから女性だと思い込んでいた。
頭を抱えるエイレーネーへ愉しげに笑いつつ、敵意剥き出しなラウルへイヴは視線をやった。
「やあ、レーネの婚約者君。お別れの話は済んだかい?」
「あなたは誰だ。エイレーネーを騙していたのか」
「人聞きの悪い。私を女だと思っていたのはレーネ。性別について話さなかったのは悪かったよ。ただ、ダグラスが駄目だと言ったんだ」
「お父さんが……?」
若干復活したエイレーネーは頭を抱えたままだが視線だけイヴにやる。
「そう。レーネには婚約者がいるから、異性と仲良くしていると知られればレーネが更に肩身の狭い思いをするからと」
「お父さんが……」
「私はどちらでも良かったのだけれどね。ダグラスが言うのならと従っただけさ」
離れていてもダグラスはずっとエイレーネーを気に掛けていた。直接的な贈り物はロナウドが遮断するだろうからと、遠くから祝福の魔法をエイレーネーに掛けてくれていた。
「レーネに身の危険が迫ったら防衛魔法が発動するようにとか、どんな事が起きても夜はぐっすり眠れる安眠の魔法を掛けたりとか色々」
「生活感のある魔法ね……」
一見地味でも遠く離れて暮らす娘に魔法を掛けるのは並大抵では無理で。それを易々と熟すダグラスはやはり天才なのだ。ロナウドが知れば激昂してエイレーネーに魔法が掛けられたと思った瞬間を見逃さないよう四六時中見張りを付けていた。
「さてと、レーネと婚約者君の話は終わったで良いのかな?」
「そう……ね。終わったでいいわ」
「エイレーネー!」
これ以上居たってお互い上手い言葉は見つからない。時間を置いて話そうと提案したエイレーネーの言葉をラウルは受け入れた。
「……分かった。これだけは教えて。エイレーネーは大魔法使い様の所に行くんだよね?」
「そうよ」
「後日、父に大魔法使い様の家を聞いて会いに行くよ」
「ソレイユ公爵に聞かなくてもダグラスに聞けばいいさ。あっさりと教えてくれるよ」
隠すものじゃないからとイヴは付け加えた。ダグラスが住む家周辺には人払いの結界が張られており、悪意ある者の侵入を防ぐ効果がある。エイレーネーに会いたいだけなら結界はラウルを通すだろうと言われてもラウルは首を振った。
「エイレーネーが大魔法使い様と住むとなれば、必ず経緯を聞かれる。その時にきちんと話して改めて父上に場所を聞く。父上は時折大魔法使い様に依頼をしているみたいだから知っているんだ」
「ソレイユ公爵様が?」
「依頼というより、引き籠りのダグラスを外へ出させる為の理由作りさ。他の魔法使いに頼んだって達成可能な簡単な依頼だよ」
追加の情報をくれるイヴにお礼を言い、何か言いたげな目をするラウルに首を傾げた。
「まだ言いたい事があるなら言ってちょうだい」
「いや……大魔法使い様のこと詳しいなって」
「私がダグラスに会ったのは、彼が子供の時だ。それなりに長く付き合いがあるから詳しいのは不思議じゃない」
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