第9話 分からない
「後は当人同士で話せ」とイヴを連れて出て行ったダグラス。2人きりになると沈黙が降りかかった。紫のチューリップで作られたスノードームを自分の横に置いたラウルにチューリップが好きなのはガブリエルだと教えたら何故か顔が青褪め、俯いてしまった。
ガブリエルが好きなチューリップのスノードーム。明らかにガブリエルに渡しに来たのに、この態度は何なのか。今この場に居なくても屋敷にはいると告げてもラウルは嬉しそうにしない。そういえば、焦っていた。
どちらかが口火を切らないとずっと沈黙に包まれたままとなる。
エイレーネーは自分から話し出す事にした。
「第1王子殿下と聖女様の小パーティーはガブリエルと行くんでしょう? 手短に済ませるわね」
「待ってくれ、何の話だ? 私はエイレーネーを迎えに」
「ガブリエルを迎えに来たのでしょう? そう聞いてるわ」
「違う! 私は本当にエイレーネーを迎えに来たんだ!」
嬉々としてラウルが自分を迎えに来ると語っていたガブリエルに嘘は感じられなかった。必死な形相で否定するラウルからも嘘は感じられない。どちらかが嘘を吐いている。嘘を見抜く術をエイレーネーは持たない。やっぱりダグラスに居てもらうべきだった。
「事実を言うとね、今日小パーティーが開催されるというのを知らなかったの」
「なっ」
「お父様やガブリエルは、私の我儘で不参加にしたかったの」
「そんな嘘はすぐにバレる。聖女様は人の嘘を見抜く能力を持っているからな」
「!」
だとすると、さっきのイヴやダグラスの言葉の意味を理解する。ガブリエルの嘘にラウルも加担していると疑われた可能性があった。あのまま行かなくて良かったと安堵した。
「そうだったの……」
「ガブリエルや公爵はどうしてすぐにバレる嘘を……」
「私と同じで聖女様に嘘を見抜く能力があると知らなかったんじゃ」
「公爵が知らないのは有り得ない。ホロロギウム家は魔力が強いだけではなく、魔法に秀でた者を数多く輩出してきた名家。聖女に関する知識も教会や王家程ではなくても教えられる。私も父から教わった」
「……」
エイレーネーが教わってないのは、ガブリエルより目立たせたくないのと優れていると周囲に知られたくないロナウドの思惑によるもの。もしも母方の祖父母が気に掛けてくれなかったら、家庭教師すらつけてもらえなかった。独学で勉強するのも限界がある。
「お父様……公爵様は、魔法の才能がありません。だから、魔法に関する事からは逃げていたんでしょうね」
「公爵が?」
「だからこそ、大魔法使いと呼ばれるお父さんを憎んでいるのだと。私の友人が教えてくれました」
ロナウド自身強い魔力を保持していても、操作する能力が皆無だった。魔法以外に関する能力ならダグラスよりも優れていると告げれば、ラウルも頷いた。
「ホロロギウム領は他領よりも裕福で領民達の幸福度は高いと前に言われた」
「お父さんからすると魔法の才が無くても困らないのに、と理解不能だと首を振られたの」
寧ろ、魔力が強大過ぎたダグラスの方が困った事柄が多かったとイヴは面白げに教えて、ダグラスは興味がないのか話に加わらなかった。
話が逸れてしまったので1つ咳ばらいをし、改めて婚約解消をラウルに放った。再び顔を強張らせたラウルに苦笑し、悪いようにはしないと提案を出していく。
「私はお父さんと一緒に行く。もうホロロギウム家の令嬢ではいられない。私自身の都合での解消になるから、ソレイユ家に落ち度がないよう手を回すわ。その後でガブリエルと婚約しようがしまいがラウルの自由よ」
「考える時間が欲しい。頼む、ダグラス様と一緒に行ってもいい。婚約解消だけは待ってほしいんだ」
「ホロロギウム家との繋がりがなくても、ソレイユ家は困らな……」
「家は関係ない!」
「そう言われても……」
頑なに婚約解消を嫌がるラウルの思惑が分からない。エイレーネーを有責にすると言っても頑として頷いてくれない。ある予想が浮かんだ。
「私と婚約解消したらガブリエルと婚約出来ないと思ってるの? それなら、お父さんが」
「違う!! 何でそこでガブリエルが出て来る!!」
違った。なら、彼が断固拒否する理由が皆目見当もつかない。分からなくて正解が見つからない。降参である。
「ラウルの真意を聞かせて。私と婚約解消したくないのは何故なの」
「そ、それは」
「ホロロギウム家との繋がりがなくてもソレイユ家にはあまり損失はないわ。私がお父さんと行っても、お父さんはきっと王国に留まってくれる。お父さんがいなくなる心配はないの」
ラウルが婚約解消を拒否する理由にガブリエルが含まれないのなら、大魔法使いたるお父さんが王国を去るのではと危惧しているからではと至ったエイレーネーが説得を試みるも。聞いていく内に項垂れていくラウルに首を傾げた。
ガブリエルでも大魔法使いでもないのなら、ラウルが婚約解消を嫌がる理由が何かもうエイレーネーには分からなくてお手上げである。
「……ガブリエルも大魔法使い様も関係ない」
「……」
「……私は、私個人の願いとして、エイレーネーと婚約破棄も婚約解消もしたくないんだ」
「それは……」
顔を上げたラウルは今まで見た事がないくらい昏く、傷付いた相貌だった。
「エイレーネーは……他に誰か好きな人でもいるのか?」
「好きな人? いいえ、いないわ。それを言うなら、ラウル、貴方は」
「……私が馬鹿だった……それは認める。けど、ガブリエルの事が好きなのは絶対にないっ」
「……」
「信用出来ないのなら誓約魔法を使ったっていい」
口で言うのは簡単だが誓約魔法は偽りの気持ちを持ってでは成功しない。ソレイユ家の嫡男たる彼が知らない筈がない。ラウルの言葉に嘘はないのだ。逆に疑問が増えるばかり。
ふう、と息を吐いたエイレーネーはガブリエルとの親密さを指摘をした。好きじゃないと言う割に誰が見ても仲睦まじいし、この間は腕を組んで2人で歩いていたと言うと見るからに顔を青褪めた。所詮その程度なのだと嘆息したらラウルはソファーから離れエイレーネーの横に来たかと思うと――足と手を床につけ、額を床に擦り付ける勢いで頭を下げた。
慌てる羽目になったエイレーネーだが、死にそうな掠れた声で固まった。
「違うんだ……っ! 本当に、今ここで、誓約魔法で誓ってもいい!」
「ま、待って顔を上げて!」
「エイレーネーが来ない代わりに毎回話し相手になってくれたガブリエルには感謝しているっ、私の知らないエイレーネーの話もしてくれるから、あまり素っ気なくも出来なくてっ」
「……」
「勘違いをさせるような行動を取った私が悪かったっ、エイレーネーが来ないのを疑問に思いながらもガブリエルが私の代わりに君に伝えるという言葉をいつも信じていた。……エイレーネーが私と会うのを嫌がっているとガブリエルに言われた時は、嫌われるような事を何時してしまったのかと悩んだ」
「え?」
後妻とガブリエルが来てからラウルとの距離が遠くなったのは、ラウルが一目見てガブリエルを気に入ったからだ。初めて彼を見た時の自分がそうだったから、彼がガブリエルに惚れたのも分かってしまった。ロナウドには憎まれ疎まれ、後妻やガブリエルから嫌がらせをされ続け、彼等側の使用人達からも冷遇され続けた。ラウルを早々に諦めたのは期待したところで負けを見るのは自分だと悟ったからだ。後は父親譲りの諦めの早さ。これについてはイヴが語っていた。
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