第8話 距離が遠くなった
初めてエイレーネーを見た感想はこの世の人とは思えない美しさと冷めた感情を宿した黄金の瞳、だった。ホロロギウム公爵を見上げる瞳はとても冷めていた。
人形のような感情のない少女と婚約……。
詳しく聞いたら、大魔法使いと前公爵夫人の不貞の末に生まれた娘で、ホロロギウム公爵ロナウドや後妻や娘との血の繋がりはない。
初めての顔合わせは王宮で行われた。魔力判定の儀で見掛けた通りの人形を思わせる冷たい少女とずっといられるだろうか。更にラウルは、魔力こそ強くても魔法の使用は得意じゃなかった。
父が王弟、大魔法使いの強い魔力を受け継ぐエイレーネーを逃したくない大人の都合で結ばれた政略結婚。当人達の意思はない。
仲良く出来るだろうか。互いを愛し、愛される関係は築けるだろうか。
様々な不安を抱えたまま顔合わせを果たした。
初めて出会ったエイレーネーはラウルが思っていたよりもずっと感情が豊かな子だった。最初は緊張して表情は硬かったが、時間が経つにつれやわらかくなり、口数も多くなっていった。
初めての顔合わせを経てから交流を増やし、このままの関係を保てば結婚しても良好でいられると感じた。ラウル自身も会う回数を重ねるにつれエイレーネーに好意を抱くようになった。照れた時に髪を触ったり、プレゼントを渡した時に見せた溢れんばかりの笑顔は他人と比べ物にならない輝きがあった。
エイレーネーからも好意を感じていた。このままでいられたら、幸せなままだったろう。
「――今……なんと仰いましたか……?」
昔を思い出し懐かしさを感じると共に、当時あったエイレーネーからの熱い視線はガブリエルを紹介されてから感じられなくなった。それどころか、最近では会いに行っても体調不良や不在を理由にエイレーネーに会えていない。屋敷に行くと必ず会えたのはガブリエル。彼女の義妹。エイレーネーをと訊ねても上記の理由を言われ、改めて来ると帰ろうとするラウルを引き止めエイレーネーの話をされた。頻繫に交流があったのは1年だけ。その後はエイレーネーよりガブリエルと会うことが多くなった。
手紙のやり取りも月に1度あるかないか、婚約者としての交流も月1。ラウルが訪ねると必ずガブリエルが先に来て、エイレーネーは後から来るか来ないかのどちらか。
将来自分にとっても義妹になるわけだし、険悪になったらエイレーネーにも影響が及ぶとなるべく丁寧に接するよう心掛けた。
……そのせいでエイレーネーにガブリエルの方が好きだと誤解された上、婚約解消を求められた。昨日は必死に否定し、後日話し合う事で一旦保留となった。
会っても嬉しいと思った事がないと言われた時、ショックが大きくて何時屋敷に戻ったか分からなかった。その翌日にあんな言葉を言われてしまった。エイレーネーにとって自分はもう要らないのか、眼中にないのか、と問いたくなる。
今日は第1王子と聖女が小パーティーを開く日。昨日エイレーネーに会って迎えに来る旨を伝えたかったのに本人には最後でしか会えず、会えても肝心の内容を伝えられなかった。ガブリエルが必ず伝えると言ってくれたので信じよう。
前々からエイレーネーに渡そうと決めていた紫のチューリップのスノードームを持ってホロロギウム公爵家まで迎えに行った。
門の前にいる門番は何故か倒れていた。馭者が慌てた様子で教えて来る。ラウルは従者と馬車から降りて門番に駆け寄った。息はある。眠っているだけに見えた。
そこにホロロギウム公爵家の執事が青い顔をしてラウル達を出迎えた。
「お……お待ちしておりました、ソレイユ公子様。エイレーネーお嬢様とダグラス様の所へご案内致します」
驚愕のあまり声すら出なかった。ダグラス。予想している通りの人なら、エイレーネーの実父。ホロロギウム公爵家を除籍され、今は王都から離れた湖に住んでいると聞く。国王からの仕事をする以外は殆どを家で過ごすと父から聞いた。
今になってエイレーネーといるのか、どうして2人の名を出されたのか。
恐ろしく緊張した面持ちでラウルは執事の案内で2人が待つ応接室に通された。
道中気になったのは後妻やガブリエルがいないこと。特にガブリエルはラウルが来ると必ず出迎えるのに。また、他の使用人達もいつもより人数が少ない気がする。
応接室に設置されてあるソファーに座っていたのはエイレーネー。エイレーネーにそっくりな美貌の男性。と、白く潰れた顔の垂れ耳うさぎ。目の色が青緑で、じっとラウルを見てくる。居心地の悪さを感じつつ、エイレーネーに促され向かいに座った。
――開口1番、ダグラスに告げられたのがエイレーネーとの婚約解消だった。
何故……と掠れた声で問う。エイレーネーに渡すつもりだった紫のチューリップのスノードームを入れた箱が手の中から落ちてしまった。慌てて拾い、中身を確認して傷付いていないかを確かめた。異常はなかった。安心したところでエイレーネーが怪訝げに聞いた。
「ラウル、それは?」
「紫のチューリップで作ったスノードームなんだ。どうしても自分で渡したくて」
「そう……、帰る時ガブリエルに会っていくと良いわ。屋敷にはいるから」
「――え」
勢いよく顔を上げたら声色だけではなく、表情も怪訝そうだ。
「ガブリエルに渡すのでしょう? チューリップはガブリエルの好きな花だもの」
そんな話、聞いたことがない。
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