第6話 悪意があるのはどちら?


 美味しいケーキを全て半分こにして食べた翌日。今日は第1王子と聖女の小パーティーが開催される日。昨日イヴが教えてくれた。エイレーネーは我儘を言って参加しない体になっているので、ロナウドの思惑通りにしてやろうと何もしない。食堂での食事を禁じられているので昨日から私室で食事をしている。食事を運んでくるのは密かに味方をしてくれる侍女。3人が食べているのと同じメニューであるのは、変に律儀だ。


 うさぎのイヴが隣で自前の野菜を食べている。此処にいない時のイヴは何をしているのか気になって訊ねると「君は気にしなくていいよ」とはぐらかされた。深く追及はしない。お互い程好い距離が丁度いい。



「レーネの義妹がドレスを自慢すると部屋に来るそうだよ」

「ねえ、イヴの耳が良いのはうさぎになっているから?」

「それもあるが生まれつきなんだ。多くの人の声を1度に聞き入れるようにと教育されてきたから」

「なら、立場の上の家柄なのね」

「どうだろうねえ。私の家は君が思うよりもずっと面倒な所さ。兄が3人いてね。長男は家を継いだのはいいけれど、次男の子供が跡を継ぐとすぐに出て行ってしまったんだ」

「お兄さんが3人いたのね」



 次男の子が跡を継いだということは、長男には子供が出来なかったみたいだ。イヴ曰く、結婚どころか婚約者も想う相手もいなかったとか。家を継ぐ気が更々なかったようだが、長男は類稀な能力を持っていることから、次男夫妻に跡継ぎとなる子供が生まれ継げるようになったら代替わりをしてもいいという話になった。



「私は1番上の兄を探しているんだ。3番目の兄も兄者を探している。気配を辿ったら、王国にいるのは確かなんだが」

「私でよければ協力しましょうか?」

「いや。兄者探しはついでで急いでないよ。今は君の問題を解決するのが優先さ」

「私の問題はお父さんの許へ行ったら終わりね」

「どうだろうねえ……」



 意味深に呟いたイヴに首を傾げたら、扉がノックもなしに勢いよく開かれた。薄いピンク色を基調としたフリルがふんだんにあしらわれたドレスを着こなすガブリエルが立っていた。胸元には光り輝くサファイアのネックレス。高価な物だ。食事の手を止めてガブリエルを見上げた。



「お姉様見てください! 今日、第1王子殿下と聖女様に招待されたパーティーで着ていくドレスです!」

「素敵ね」

「そうでしょう? お姉様には招待状は届いてないので準備はしなくていいですよ。あ、今から準備をしても流行りのドレスを持っていないお姉様じゃ間に合いませんか。心配しなくてもホロロギウム公爵家の令嬢として、わたくしが責任を持って出席しますから」

「そう。頑張って」



 マナーが怪しいガブリエルがホロロギウム公爵家の代表として出席……。不安しかない。



「はい! 後、今日はラウル様がエスコートをしてくれるんです! 時間になったら迎えに来てくれますの」



 婚約者はエイレーネーだと叫んだ割に、ガブリエルの手は離さないラウルのちゃっかり振りに笑ってしまった。ガブリエルが小首を傾げたので笑うのを止め、食事を再開した。まだ何かを言いたそうなガブリエルに他はと問うた。



「ないなら食べるわよ」

「ラウル様が迎えに来るんですよ?」

「さっき言っていたじゃない」

「こ、こう、怒るとかしないんですか?」

「どうして? ラウルがガブリエルを好きなのは誰が見たって分かるじゃない。私達は政略結婚。個人の気持ちなんて重要視されないもの」

「お姉様はラウル様が好きなんじゃないんですか?」



 好きだ。今でも。実父ダグラスの許へ行って置いて行くと決めても、である。

 ガブリエルも薄々エイレーネーがラウルを好いているのを気付いている。からこそ、こうして自慢しに来るのだ。

 思っていた反応じゃないのを怪訝にするくらいなら、もう少し淑女としての教育に力を入れてほしい。


 冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせても人の感情程コントロールが難しい代物はない。魔力コントロールなら抜群に上手なのに。



「正直に言いなさいよ。自分の方が私よりラウルに好かれて羨ましいのだろうと。自慢したくて用事もないのに来るなんてご苦労なことね!」

「な! わ、わたくしは、そんな、つもりは……」



 苛立ちをぶつけてやれば見る見る内にガブリエルの大きな瞳に涙が溜まっていく。一緒に来ていた侍女がエイレーネーを睨み「お嬢様を泣かせるなんて……! 旦那様に即報告させていただきます!」と悪者扱い。



「将来家族になる人と仲良くしちゃ駄目なんですかっ? ラウル様はわたくしのお義兄様になるのにっ」

「未来の義兄になる人と、婚約者の私を差し置いて必要以上に親しくする理由が他にあるの?」

「っ……う……ああああああああ……」



「お嬢様!」と侍女は泣き出したガブリエルを肩に抱き、親の仇でも見るような目つきでエイレーネーを睨み、他の侍女が公爵を呼びに走って行った。

 隣で野菜を食べていたイヴはお腹を抱えて大笑いしている。イヴの姿も声も他の人間には見えない聞こえない。エイレーネーにしか、認識されない。


 カッとなって感情を露にしてしまったと後悔しても遅い。直ぐにロナウドは駆け付けた。愛娘の悲しむ姿を見て顔を歪め、守るように抱き締めるとエイレーネーへ怒気の孕んだ瞳を投げ付けた。



「エイレーネー!! ガブリエルに何をした!!」

「エイレーネーお嬢様がガブリエルお嬢様に酷い言葉を何度も浴びせて……! それでガブリエルお嬢様は……」



 エイレーネーではなく、侍女が説明をした。話を聞いたロナウドは更に怒りに顔を歪ませた。



「今すぐに頭を下げ誠心誠意ガブリエルに謝罪するなら許してやろう」

「……いいえ! 私は絶対に謝りません」

「なっ!!」

「婚約者のいる男性と必要以上に親しくするガブリエルに苦言を呈しただけです。ガブリエルを悲しませたくないのなら、これからラウルと接するなら最低限に留めるようお父様から言ってください」

「酷いですお姉様っ、わたくしがラウル様に好かれているからって……! だ、大体、お姉様だってさっきラウル様はお姉様よりわたくしの方が好きだって仰っていたじゃないですか!」

「ふん。お前のような可愛げのない女がソレイユ家の後継者に好かれる訳がない。醜い嫉妬など起こさず、ガブリエルのように可愛らしさを磨けばどうだ」



 憎み、嘲笑うロナウドの緋色の瞳はエイレーネーを通して誰かを見ていた。エイレーネーを冷遇し、罵詈雑言することで誰かに勝ったつもりでいる。その誰かとはエイレーネーの実父ダグラス。魔法以外の才能では勝っているのに、大きな憎しみを抱くまでには何らかの出来事があったに違いない。

 ちらりとイヴを見やるとギョッとしそうになった。可愛らしいうさぎが冷徹な眼差しでガブリエルとロナウドを見ていた。



「エイレーネー。何とか言ったらどうなんだ」



 何も言い返さないのも気に食わないらしい。

 ロナウドを真っ直ぐ射抜き、たじろぐ姿に構わずエイレーネーは言葉を放った。



「可愛らしさ、ですか。ダグラス=ホロロギウムに可愛さはありましたか」



 実父の名を出した途端、ロナウドの纏う空気が変わった。エイレーネーを嘲笑っていたのに、恐ろしいまでの憎悪を剝き出しにした。名を聞くだけで態度を一変させる。2人の間に特別な何かがあったのだろう。イヴは何もないと言うが実父と親しいイヴでも知らない何かがあったのだろう。



「お前などメルルの血を引いていなければすぐに捨ててやるものを……!」



 王家が大陸最高峰の魔法使いを手放したくない為に、憎き男の娘を手元に置き育てないといけなくなったロナウドのやり場のない怒りは全てエイレーネーに注がれた。頭に血が上っている男はこの後自分が言い放つ言葉の意味を理解するのに、どれくらいの時間を有したかは誰にも分からない。



「出て行け!! ホロロギウム公爵家にお前のような不貞の娘は不要だ!!!」

「あーあ、言っちゃったね」



 冷徹な眼で2人を見やっていたイヴが零し、掌を強く握り締めたエイレーネーは深呼吸をした。




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