第5話 何故憎むのか



 恥ずかし気に微笑みを貼り付けたまま、ぎこちない口の動きを見せるラウルは段々と顔を青褪めていく。ガブリエルへの気持ちに気付かれていないと思っていたのか。だとしたら、彼はエイレーネーを甘く見過ぎた。熱が籠った甘い瞳、優しい微笑み、恋人のような丁寧な扱い。誰がどう見てもラウルはガブリエルを想っている。ガブリエルも同じ気持ちで、ラウルを見上げる視線には常に熱が籠っている。

 屋敷の使用人達、周囲からも相思相愛の2人を引き裂く悪女だと冷ややかな声を囁かれている。あまりお茶会に参加しないエイレーネーに入るのだ、ラウルが知らない筈がない。


 ありのままの事実を伝えれば、違う、違う、と青を濃くしたラウルが首を横に振る。



「ち、ちがっ、違うんだエイレーネー」

「違うと仰いましても……」

「私の婚約者はエイレーネーだけだ、ガブリエルじゃないっ」

「ラウル。私に拘らなくてもホロロギウム公爵家は――」

「公爵家は関係ない!」



 強い口調で断言されてもラウルの言葉に信頼性は一切ない。言葉と行動が全く合っていない。



「私はエイレーネー以外とは婚約しない。絶対だ!」

「ラウルにはガブリエルがお似合いよ」

「そんな事ない! 私にはエイレーネーだけだ」

「……」



 どの口が、と詰りたい気持ちを強く抑え、このまま言い合っては人が来てしまう。今日のところは帰ってもらいたい。幾分か冷静さを取り戻したラウルも察したのか、1つ咳を零して「手紙の返事を明日送る。……ごめん」言い残し、去って行った。

 ラウルの後姿が見えなくなるまで立っていたエイレーネーも私室に戻った。ソファーで丸くなっていたイヴが床に移り、足元へ擦り寄って来たので屈んで頭を撫でてやった。何時撫でても触り心地抜群である。



「ケーキの箱が台無しじゃないか。婚約者くんはレーネにご執心のようだ」

「聞いてたの? 大した趣味ね」

「聞こえるんだ。うさぎは耳が良いから」

「……なるほど?」



 イヴは本物のうさぎじゃない。小動物の姿の方が動きやすくて便利だからという理由でうさぎに化けているだけ。動物の完全変身は優秀な魔法使いの証だ。実父の知り合いであるから、イヴ自身も相当な実力者なのだろう。

 可愛らしい声や名前から女性であるのは間違いないが、時折本来の姿が見たくなる。正体を聞いてみるとどんな姿であるか想像してと返された。気品は良く、優秀な魔法使いで可愛らしい声。面倒見の良い美人を想像すると、間違ってはないと答えられた。

 美人なのは認めるらしい。曰く、昔から言われるので、と。


 真っ白な毛並みや青緑の瞳から、本来の姿に戻っても同じ色を持っていそうだ。



「ダグラスに会う件だけど、ちょっと待ってほしいって」

「連絡してくれたの?」

「レーネが家を出たがってるって言ったら、すぐに迎えに行くって。ただ今は国王の仕事で他国へ出張中なんだ。後2、3日で戻るとは言ってたよ」

「そ、それでも2、3日なのね。いつから行っているの?」

「5日前から。馬車で行くと数か月は掛かるけど、ダグラスは転移魔法であっという間さ」



 転移魔法は距離が遠くなればなる程、技の難易度は上がる。転移魔法を使っているといえど、普通なら数か月掛けて行く他国へ2、3日で戻ると言う父の凄さが解る。

 魔法でお茶の用意を出現させ、ソファーに座ったエイレーネーは箱の中からケーキを浮かせて出現させた大皿に載せていく。

 硝子のテーブルには大皿、デザート皿、デザートフォーク、更にティーポットとティーカップも。1人と1匹のお茶会には十分な用意だ。



「へえ。美味しそうなケーキだね。私と食べようと?」

「イヴ以外に一緒にケーキを食べる人はいない」

「美味しそうなケーキを御馳走してくれるレーネに1つ、良い事を教えよう。明日、聖女と第1王子が小パーティーを開く」

「初めて聞いた」

「君の義妹が参加するみたいだよ。君への招待状もあるけど、公爵は知らせないつもりみたい」



 出席は自由だが王子と聖女からの招待を拒否するのは余程の事情ではない限り有り得ない。前ホロロギウム公爵夫人とダグラス=ホロロギウムとの間に生まれた不貞の子というだけで好奇の視線に晒され続けたエイレーネーは、今更悪評の1つや2つ増えたところで痛くも痒くもない。

 どうせ、実父の許へ行くのだから。



「理由を聞かれたら、私の我儘で欠席だと言われそうだわ」

「はは。その通り、公爵は義妹に王子や聖女にそう言えと言われていたよ」

「そんなに私が嫌いなら、お母様が亡くなった時私を捨てたら良かったのに」

「そんなことをしたら王族の怒りを買ってしまうから、公爵は君を嫌々手元に置いたのさ」

「何故?」

「ダグラスさ。レーネがダグラスの娘なのは王族も知っている。大魔法使いが王国に留まる強い理由が君と君の母親だったのさ」



 しかしメルルは7歳のエイレーネーを残し儚くなった。

 メルルの夭折を知ったダグラスはすぐさまエイレーネーを引き取ろうとするも、兄を憎み苦しめるにはエイレーネーを人質にするのが最も効果的だと知っていたロナウドが断固として引き取りを拒否した。

 呆れて物も言えない。

 魔法の才能は仕方ないにしても、勉学や武術、領地経営に社交能力に関しては彼の方が上だとイヴは語っているのに。



「お父様がお父さんを嫌う理由って魔法が関係してるのかしら」

「合っていても正解じゃない。ダグラスからした理解不能な思考らしいけどね」



 確かに、とエイレーネーは頷くのだった。




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