第4話 婚約を解消したい


『マダム・シルヴィア』で意外な人を見掛けつつも、向こうはエイレーネーに気付かなかった。声を掛けようか迷うも、そこまでの仲じゃないかと踏み止まり、目当てのケーキを5種類、手の空いた給仕に言って箱に詰めてもらった。代金を払ってケーキの入った箱を持ち、店の外に出た。転移魔法を使えばあっという間に屋敷だが、今帰ってもラウルがまだいるだろう。

 遅く帰っても誰も気にしない。暫く夕食も食堂で摂らずに済む。

 ケーキは箱を慎重に持っておけば、崩れはしない。

 魔法店に行くか、と足を向けて出発。『マダム・シルヴィア』から徒歩で30分程歩いた先に目当ての魔法店はあった。

 周囲は掃除が行き届いており、枯葉の1枚も落ちていない。年季の入った扉を開けると狭くはない店内には、等間隔で置かれた魔法アイテムが陳列されていた。客は疎である。


 特別欲しい魔法道具はないが何かないかという時間潰し。魔除け、虫除け、女除けもあれば男除けもある。幸運を運ぶ道具や不幸を呼び寄せる道具まで。


「あ」と微かに声を発してエイレーネーが手に取ったのは透き通るような空色の首飾り。宝石じゃなく、魔力を込められての色のようだ。



「ラウルの瞳の色みたい……」



 首飾りを見つめて暫し経った後。

 店主に首飾りの代金を払って外に出た。



「こんなもの買ったって意味はないのに」



 ラウルの瞳と同じ色だったから、気付くと購入していた。彼の瞳がエイレーネーに優しく愛するような感情で見てくれることはこの先もないのだろう。彼の瞳の先にいるのはガブリエル。首に掛け、服の中に首飾りを隠したエイレーネーはこの後も雑貨店や古書店を巡り、転移魔法で屋敷近くまで戻った。

 正門へ近付き門番に門を開けさせ、屋敷へ歩いて行く。買い物に出掛けて数時間経過したが、ラウルがいる可能性は否めない。素早く屋敷に入り、迎えもない、目が合っても無視をする使用人をエイレーネーもスルーをして私室へと足を速めた。


 が。



「エイレーネー」



 エイレーネーを呼び留める声が。

 エイレーネーは聞こえていない振りをしてさっさと部屋に戻りたかったが、ぐっと堪え振り向いた。

 彼――ラウルは早足で近付くとエイレーネーの前に立つ。



「体の調子が悪いと聞いていたが大丈夫なのか……?」



 どうして自分の所にラウル訪問の報せが来なかったのかを理解した。ガブリエルか、リリーナか、それとも別の誰かが。誰かが告げた体調不良を鵜呑みにし、代わりという体でガブリエルが相手を申し出たかラウルがいさせたか。

 どちらでも良い。

 ラウルが愛しているのはガブリエルだ。婚約者とよりも仲睦まじい光景を見ているとエイレーネーでさえそう思えてくる。



「大して悪くありません。ラウルが来ているとは知らなかったもので。挨拶もせず、申し訳ありません」

「え? あ、い、いや、いい。元気なら。……ん? その箱は?」

「ケーキです。街へ買い物へ行っていたのに」

「体調が悪いんじゃなかったのか?」

「大して悪くないと言いました」

「買い物には行くのに、私には会わないのか」



 エイレーネーがラウルの訪問を告げられた上で外出していたらエイレーネーが責められる。姿を見掛けていたから、来ているという事実は知っていた。


 誰も伝えに来なかったから、知らないと言い通せる。


 責めるラウルの瞳は言葉よりも強くエイレーネーへ気持ちをぶつけている。箱の取っ手が握力でぐにゃりと潰れるもエイレーネーは負けじとラウルを睨み返した。



「言ったでしょう。ラウルが来ているとは知らなかったと。知っていたら会いに行きました」

「本当に知らないのか? 私はホロロギウム公爵邸を訪れてすぐにエイレーネーに会わせてほしいと頼んだ。待っている間にガブリエルが来て、君が来てくれるまで話し相手になってもらっていたんだ」



 話し相手……婚約者の義妹と腕を組んで客室に入る行為は、話し相手に必要な事柄ではないだろう。



「戻った侍女は君が体調不良だから会えないと言っていた。私が来たのを言っても、会えないの一点張りだと」

「私の部屋には誰も来ておりません。ラウルの訪問を報せに行ったというのは、どの侍女ですか」

「ガブリエル付の侍女だった筈だよ」



 報せるわけがない。

 と声を大にして叫びたい衝動を抑え込み、大きく息を吸い込み、吐いて、会話を続けた。



「帰る前に君に一目でもいいから会いたくて部屋を出たんだ。そうしたら、エイレーネー、君がいたんだ」

「侍女に関しては後程私の方から話を聞きます。帰るのなら、お見送りをします」

「いや……いい。こうして会えたんだ」

「……っ」



 ホッとした息を吐いて柔らかに笑むラウルの空色の瞳が細められる。空を彷彿とさせる透き通るような青が好き。箱の取っ手を握る力がまた強くなる。

 婚約者には義務だから接して、惚れた相手には本心から接して。


 子供の時からラウルが好き。今でも、好きだ。実父ダグラスの許へ行く前にラウルにお別れを言うと決めたのは誰だったか。

 ダグラスの許へ行って、憎まれ嫌われている人しかいない屋敷から出て行きたい。母との思い出とさよならをするのは悲しくても。



「ラウル宛に手紙を送ったの」

「え」

「話をしたいことがあったから、都合の良い日にソレイユ家に行っても良い日を知りたかったの」

「そう、なのか。すまない、まだ見ていない」

「入れ違いになったのよ。気にしないで」

「屋敷に戻ったら、すぐに予定を確認して返事を送るよ」

「ううん、ここで話すわ」

「大事な話じゃないのか?」

「大事だけど長い話じゃないの」



 とても短くて、すぐに終わってしまう。エイレーネーにとっては重くてもラウルには念願が訪れる瞬間でもあるだろう。


 お日様みたいで温かくて綺麗な髪と純粋な気持ちを言ったら、照れくさそうに笑った幼い彼の相貌が脳裏に蘇る。急にそわそわとしだしたラウルはこの後自分もエイレーネーに話したいことがあると口にする。

 ……エイレーネーの想像する台詞だったら、何重にも蓋をしている本心が飛び出して止まらない涙を流しながらラウルを責め続けてしまう。



「私はあなたとの婚約を解消したい。ラウルの婚約者は私よりもガブリエルの方が相応しいと思うの」

「…………え…………」



 恥ずかし気に何かを言いたげだったラウルの相貌が見る見るうちに青褪めていく。



「お互い、義務で相手をするよりも意中の相手と結婚した方が気持ちにゆとりも出来るし、精神面に関しても悪影響は出ない筈。幸いガブリエルはホロロギウム公爵の娘であるし、私からガブリエルに代わってもホロロギウム公爵家の令嬢から嫁入りするのは変わらない」


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