第3話 ケーキを買いに
ラウルと初めて出会ったのは7歳の時。貴族の子供は7歳になると王城にある儀式場にて魔力判定を受けるのが法律で決められている。エイレーネーも例外じゃない。エイレーネーの場合は特に周囲の注目度が高かった。稀代の大魔法使いに瓜二つな令嬢に誰もが期待したのだ。彼の人と同じ力を。
無力であれと願ったのは果たして何人いたのか。
判定の結果――エイレーネーは大魔法使いと同等の魔力を持っていた。
この結果を受け、最も悔しがったのは王家だろう。エイレーネーと婚約させる王子がいなかった。
手を挙げたのがソレイユ公爵家だった。
王弟が婿入りした公爵家にはエイレーネーと同じ年齢の長男が1人いた。
それがラウルだった。
ソレイユ公爵家とホロロギウム公爵家。序列はソレイユ家が上であり、公爵となった王弟たっての頼みで2人の婚約は成立した。
「……」
最初の頃はラウルに会うのが楽しみだった。母が亡くなり、すぐに後妻リリーナとその娘ガブリエルが本邸に住み始めてからエイレーネーの居場所は何処にもなかった。母が生きていた頃からの使用人達は、初めこそエイレーネーの味方だったが彼女達の機嫌を損ねると問答無用に解雇されていってから、エイレーネーの方から味方をしないでくれと頼んだ。
彼等にだって家庭がある。自分が我慢をすれば、彼等や彼等の家族は路頭に迷わないで済む。
必要最低限の世話だけをしてもらい、後は魔法でどうにかした。その頃から現れるようになったイヴが助けてくれるのもあり、かなり楽をしている。
イヴと相談してダグラスの許へ行くと決めた翌日。ラウルにはお別れを言いたいとイヴに告げ、会う約束を取り付けるべく手紙を書いた。密かに味方をしてくれる執事にソレイユ家への手紙を託して、エイレーネーは買い物にでも行こうと身支度をした。
魔法であっという間にドレスの着付けも髪のセットも終えた。真珠とトパーズの髪飾りを着け、服装におかしな点はないか確認。ソファーで横になって眺めているイヴにも見てもらい、問題がないと分かると外へ出た。
「お嬢様。お手紙、ちゃんと出しておきましたよ」
「ありがとう」
手紙を託した執事が通り過ぎる際に素早く伝えてくれたのをエイレーネーも素早くお礼を言った。
公爵家の馬車を使うと後から何処へ行っていたかを3人に聞かれる。特にガブリエルは知りたがり、適当に言っても後から父に説教を食らう。更に無駄遣いをさせるお金はないとまで。イヴが教えてくれたがエイレーネーに掛かる費用は全てダグラスの資産から出されており、ホロロギウム家からは一銭も出ていない。そう母方の祖父にも聞かされていたので、それを指摘したら顔を真っ赤に染め上げ怒声を上げられたのは懐かしい。
今日は街で有名なスイーツ店『マダム・シルヴィア』に行く。品が良く、品揃えも豊富で全てのメニューを食べきるのに何種類食べたら良いのかと悩ませる。エイレーネーは甘味に目がない。イヴも甘い食べ物を好む。イヴの分も買おう。
「私とイヴなら、2種類ずつは食べられるわね」
今日は4種類のスイーツを買おう。
楽しみにしながら玄関ホールへ向かっていると見慣れた男女が腕を組んで客室へと入って行った。
仲睦まじく、微笑み合って部屋へと入って行ったのはラウルとガブリエル。
「……」
執事に頼んだ手紙はまだソレイユ家には届いていない。ラウルが来ているのはどうして、訪問の報せは聞いていない、ガブリエルに向ける優しくて愛に溢れた瞳は何。聞きたくて、問い質したい事は山程ある。今すぐ客室に飛び込んでラウルを問い詰めたいのに、足は地面に縫い付けられたように動いてくれない。体も固まってしまったのか、動いてくれない。
「…………」
上機嫌でスイーツを買いに行きたかったのに、ラウルとガブリエルの姿を見て気持ちは落ちてしまった。
2人が客室に入って行くのを目撃したエイレーネーを使用人達は囁き声で嘲笑う。冷めた瞳で一瞥してやれば、大袈裟な程体を跳ね逃げて行く。度胸がないくせに陰口を叩く口だけは立派だ。
強く手を握り締め、何事もなかったようにエイレーネーは客室の前を通り過ぎた。
……室内から聞こえる声は小さいのに、2人の仲の良さを突き付けられるのは、どうしてなのか。
外に出て空気を肺一杯に吸い込み、吐き出した。ラウルとガブリエルのことは、今は忘れていよう。折角の美味しいスイーツも台無しとなる。イヴと食べて愚痴を聞いてもらって終わりだ。正門まで向かい、門番に買い物に行くとだけ告げて街へ向かった。エイレーネーが何処へ行こうと興味はなくても、行先を告げないと後から煩く聞かれる。ホロロギウム公爵家からある程度離れると転移魔法を使い街へ降りた。
高等技法である転移魔法は、イヴの持ってきたダグラスの魔法書で猛特訓をした甲斐あって習得した。
長距離は魔力消費が激しくて使用は難しいが、屋敷から街までなら距離が短いので簡単に行ける。馬車を必要としないのも転移魔法あってこそ。
『マダム・シルヴィア』に入ると身形の良い貴婦人や令嬢が多くいた。貴族や裕福な平民がよく訪れる。ガラスケースに入れられたケーキの前に立つ。違う種類を選んでイヴと感想を言おう。4種類にしたいのに気になるケーキが5種類もある。
「……よし」
5種類とも買ってしまえとエイレーネーは顔を上げて給仕を呼んだ。が、一寸遅かった。別の客に呼ばれて行ってしまった。次にしようと抱くも、客の声に聞き覚えがあった。
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