第2話 実父の所に行きたい

 

 夕食の時間。1日の中でも特に憂鬱だ。朝や昼は稀でも、夕食は家族揃って食事をするのが決まりとなっている。父ロナウドと後妻リリーナ、その娘ガブリエルだけで食べればいいものを、エイレーネーまで食堂で摂ることとなっている。

 向かいに父と後妻。エイレーネーの隣にはガブリエル。傍から見たら普通の4人家族の食事風景だろうが、エイレーネーが会話に入ることはない。



「ラム肉のソテーとても美味しい! 明日も食べたいわ!」

「ガブリエルが気に入ってくれて良かった。料理長には私から言っておこう」

「ありがとうお父様!」

「良かったわねガブリエル」

「ええ!」



 ラム肉のソテーはガブリエルが言うようにとても美味しい。だが、エイレーネーが絶賛して明日も食べたいと言ったところでロナウドはガブリエルと同じような言葉や声はくれない。エイレーネーがするのは黙々と手を進め、家族ごっこを見るだけ。

 時折、リリーナが話を振ってくるがロナウドはすぐに話題を逸らし、エイレーネーを除外する。


 嫌われている原因は知っている。ロナウド自ら言っていたし、うさぎのイヴも語っていた。


 ラム肉のソテーの話が終わるとリリーナが今日の午後の出来事を語った。



「今日はラウル様が来た日だったわね。エイレーネーさん、あなた最近態度が悪いようだけれどラウル様の婚約者としての自覚はあるのかしら?」



 恐らくガブリエルが告げ口をしたか、或いは使用人達が喋ったか……。今日のエイレーネーの態度は婚約者としての振る舞いとしては失格だろう。



「エイレーネー。それは本当か? ソレイユ公爵家に失礼のないようにしなさい」

「……ええ、そうしますわ」



 今日はもう退席してもいいだろう。これ以上いても空気が悪くなるだけ。料理の半分を残してエイレーネーは席を立った。ガブリエルが残された料理を見て「お姉様、お料理が残っていますわ。料理人への気遣いがなくてよ」と嫌味を言うが、味方が誰もいない場で完食可能な鉄の胃袋を生憎と持ち合わせていない。



「全く。お前がいると食欲が減る一方だ」

「でしたら、明日から私は部屋で食事を摂ります。どうぞ、で楽しんでください」

「なんだその言い方は!!」



 嫌味を言って追い払おうとしたのはロナウドなのに、エイレーネーを悪者にする。言い方がきつかったのは認めるが事実である。激昂したロナウドは勢いよく席から立ち上がってテーブルを叩き付けた。リリーナとガブリエルが悲鳴を上げ、使用人達が顔を青くさせるも彼女は動じない。

 責めるようにロナウドを睨めば、表情に刻まれた怒りは激しさを増し、憎しみを宿らせた。



「リリーナが前妻の娘であるお前に気を遣っているというのに、お前には私達に感謝するという思いはないのか!」



 エイレーネーを、というより、ロナウドはエイレーネーを通して別の誰かを睨み、憎んでいる。父や後妻やその娘に感謝……か。

 エイレーネーを食事の場に居させたいのは、お前の居場所は何処にもないのだと知らしめたいがため。家族は自分達3人で、お前は要らないのだと。



「反省するまで暫くの間食堂に来ることを禁ずる!」

「ありがとうございます!」

「なっ!」



 願ってもない言葉。口から出したからには、今更却下はさせない。エイレーネーが泣いて縋るとでも思ったのか、ロナウドが面食らったのをいいことに軽い足取りで食堂を出た。

 私室に戻ったエイレーネーは鍵を閉めて溜め息を吐いた。



「溜め息ばかりだと幸せが逃げるよ?」

「もう逃げてばかりだわ」



 ソファーの上で丸くなっていたイヴがくすくすと笑う。

 幸いというべきか、エイレーネーに専属の侍女は付けられていない。皆、ホロロギウム公爵家の当主に嫌われているエイレーネーに仕えたくないのだ。ましてや、エイレーネは前妻の不貞の子と疎まれ、嫌われている。



「お父さんに……会いたいな……」



 母メルルは元々ダグラス=ホロロギウムの婚約者だった。ダグラスは公爵家の長男で戸籍上の父の兄、エイレーネーの実父。

 稀代の大魔法使いと云われ、その力は大陸最高峰と名高い。



「私の見た目ってお父さんにそっくりなんだよね」

「ダグラスを美少女にしたら、エイレーネーになるんだなって思うくらいにな」



 毛先に掛けて青が濃くなる青銀の髪も黄金の瞳もダグラス譲り。

 両親が引き裂かれたのは戸籍上の父の策略によるもの。

 ダグラスから彼に婚約者が代えられたのは、生まれた時から兄に何1つ敵わなかった彼の意地でもあったのだろう。


 イヴの隣に腰掛け、白くもふもふな体を抱き上げ膝に乗せた。撫でる手付きは優しく、健康な毛並みを堪能しながらも心は重い。



「お父さんに会いたい……」

「ダグラスは君を歓迎するだろう。でも良いの? 最初、私がダグラスの許へ連れて行ってあげると言った時、行かないと首を振ったのは君だよ?」

「うん。もう、いいよ」



 ――残ったって、努力したって、あの人は……私を愛してくれないから。



「……そう。2度と王都に戻らない覚悟はある?」

「うん」

「好きだったんだろう?」

「イヴ……私……好きな女性がいる人と結婚するのは、耐えられない。私は、私だけを生涯愛してくれる人じゃないと嫌よ」

「普通だよ、とても普通だ。だがそれでいて難しい」

「ええ。人の気持ちは永久に続くか、すぐに飽きて別に心を移す」



 出発は何時にしようと話すイヴに、エイレーネーはその前にラウルにお別れを言いたいと告げたのだった。




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