第13話 ~フィン~

西の離宮にある温室で、リプルはワクワクしながら、花を選んでいた。どんな花なら、皇子は喜ぶだろう?と思いながら、先程から様々な切り花を量産していた。


王室の所有する温室だけあり、そこにはかなりの数の花が咲き誇っている。


「これかな~。あっ、これもいいな!」

「リプル様。あまり、大量でも皇太子殿下も、お困りになりますよ」


フィンは、手渡された切り花を持ちながら、リプルを優しく止めた。


「んー、そうかな?」

「はい、ほどほどになさいませ」

「わかった!。じゃ、これで最後!」


そう言いながら、手に持つ花にハサミを入れるリプル。


「…リプル様」

それに、しょうがないなと言った表情のフィン。


「えへへ…」

「さあ、行きましょう」

「うん!」



穏やかな時間が、そこには流れていた。





仲睦まじい主従の二人。



リプルにとって、侍従のフィンは自分と同じくΩであり、誰より頼れる存在だ。


フィンも、またこのいまだ幼さの最中にある主を大切に思っている。













リプル付き侍従。

フィン・カレル。




フィンも、またΩである。








リプルが一歳の頃、あることから、フィンの存在を知ったカティは、リプルと同じΩであることもあり、フィンをリプルの侍従にした。

そこには、フィンが特殊な存在であることも関係していた。













フィンの母は、12年前。

街道付近の森で倒れていた所を通りがかった商人の一団に保護された。

しかも、その身は身重だった。


その大きさから、腹の子は、産み月間近と判断できた。





だが、フィンの母は仕立ての良い服を着ていたが、その服は背中の部分が切り裂かれており、それは明らかにと分かるモノだった。

そして、その切り口からは、大量の出血をしており、その傷も化膿して、高熱を出していた。


まさに、その命の灯火は消えかけていた。





身重の身で、明らかに誰かに害された姿。


厄介事の匂いがしており、普通なら見ないフリをされる確率が高かったが、フィンの母を保護した商団の主は、ファーンでは有名な大店おおだなカレル商会の会長ドルデス・カレルだったことが、幸運だった。




ドルデス・カレルは、商才や先見の明に長けている。


12で商人の見習いになり、そこから今の商会を興し、一代で大店にした男。


それに、大店の主だけあり、ドルデスはファーンだけに留まらず、他国の貴族にすら顔が利く。



そんな男は、フィンの母がどこの誰であるか?を知っている風だった。


保護した人物の顔を確認した途端、ドルデスは手を尽くして、フィンの母を看護するように、部下にきつく命じた。



その様子は、鬼気迫るものがあった。





しかし、フィンの母の高熱は、なかなか下がらず、その熱により、傷の化膿も良くなる傾向にはなく、このままでは腹の子もろとも死ぬのは眼に見えていた。



保護されてから、フィンの母は、まともな会話が出来る状態ではなかった。


高熱から、意識は朦朧としていた。



その姿に、ドルデスは危険を承知で、帝王切開を医者エルンにやらせる決断をした。





男のΩが妊娠した場合、出産は帝王切開が基本のこの世界では、比較的よく行われている手術である。


しかし、フィンの母の状態では、赤ん坊は助かっても、母体の生命の保証は無かった。





「…ドルデス様。本気ですか!?こんな状態での手術など、母体に悪影響です!」


エルンはそう強く言うが、ドルデスは。


「分かっている!!…だが、当の本人が腹の中の子供を優先しろと、ずっと言っているんだ!」


と、強く返した。





医者としては、患者の身を害する選択はしたくはなかった。

しかし、ドルデスの言うとおり、フィンの母は。


「…子を…、助けて…私より、この子を…」


「…お願い…、この子を助けて…」



と、何度も何度も、繰り返し口にしていた。


自分の命の灯火が消える前に、なんとかしようとする姿は、エルンも見ていたから、知っていた。



だが、医者エルンはなかなか、決断しなかった。

まだ希望はある!と、エルンは考えた。


しかし、一向に状況は良くならない。


だからこそ、ドルデスは決断した。



別の医者に、手術を強行させたのだ。


「…子供だけでも、助けねばならない…!。二人とも死なせるより、本人が子供を優先しろと言う意思が強い以上、俺はそれを叶えるぞ!」



本来なら、二人とも助けたい。


だが、それは叶わない。






そうして、フィンはこの世に生を受けた。




だが、案の定、帝王切開の影響もあり元々、弱っていたフィンの母は術後、二度と目を覚ます事はなかった…。




そして、ドルデスは子供に「フィン」と名付け、自らの養い子にした。


フィンが成長していく中で、Ωであると判明しても、ドルデスは自らの子供と分け隔てなく、フィンを育てた。

ドルデスは、βであったが、商人のドルデスは、Ωに対するβ特有の差別意識がなかった。


「金はな。流れてゆく、生き物だ。物事ってやつを…、あぁだから、こうだからと忌避したり、嫌っていては、そいつからは金は逃げる。それに、商人が貴賤を判断しちゃ、商機を逃す」





それは、一代で大店を作り上げた男らしい信条である。




またドルデスの妻アメリも、そんな夫を理解して支える女であり、Ωに偏見を持たず、フィンを慈しんで育てた。





そして。

フィンに、ドルデスは真実を教えて、こう言い聞かせてきた。


「いいか?ボウズ。お前は俺の養い子だ。俺は、お前の本当のオヤジじゃない。お前の母親と本当の父親の事は、お前が成人してから、教えてやる。だから、卑屈になるな!養い子だからと、愛されてないとか考えるな。俺はお前を嫌々、養い子にしてない」






アメリも。


「可愛いフィン。私はあなたの本当の母親じゃない。けどね?あなたを愛してるわ。あなたが大事だわ。それだけは信じて」


と、何度もフィンへ言い聞かせた。



その結果、養い親の愛情を疑わず、伸びやかにフィンは成長していった。






そして、6歳の頃。

ドルデスがカティへある商品を納品する所へフィンが同席したことが、リプルの侍従として働き始めるキッカケに繋がった。





フィンは今や、リプルの良き理解者であり、リプルの良き相談相手。






運命の糸は絡まる。


その複雑に絡まった糸は、解ける気配はあるのか?。






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