第一章
第9話 Ωの母と息子
大国ガーメイルの皇太子の外遊というニュースは凄い速さで、各国に広まった。
そして、様々な国がこれを好機と捉えた。
何せ、大国の皇太子の外遊だ。
自国に滞在してくれれば、滞在中に消費される金額は莫大であろう。
国庫が潤うチャンスがある!と、思っていた。
しかし、ガーメイルから遠く離れた海洋国家ファーンでは、違った。
このファーン国は太皇太后マリアーナの母国であり、現王ルーティスはマリアーナの甥にあたる。
マリアーナは嫁いでからも、生家であるファーン王室とは定期的に情報交換をしており、ルーティスは、皇太子を取り巻く状況をある程度は把握していた。
ゆえに、ルーティスは、この外遊が自国にこの先、厄介な事態を招かねばいいがと、懸念していた。
その懸念の最大の理由。
それは、ルーティス王の腹違いのΩの弟とその子の事。
今回、ガーメイルの皇太子が外遊する国で未婚もしくは婚約者の居ないΩが居るのは、ファーンを覗いても、いくつかあるが、ルーティスは、自身の身の内にくる言い知れぬ。
どうにも、嫌な予感が拭えなかった。
その予感を抱いたままに、ルーティスは、すぐ弟を執務室へ呼び出した。
「おや…。ガーメイルの皇太子殿下が我が国へも外遊を?」
「あぁ、…我が国は…太皇太后様の母国だからなぁ。真っ先に、此度の外遊先には、組み込まれたそうだ…」
ルーティスの顔には、ありありと迷惑なという色が見えていた。
ファーンは、海洋国家。
その性質上、陸地の問題には関与したくない理由が、ファーンにはあった。
そんな兄へ、弟のカティは。
「兄上。外遊をする予定の皇子殿下は、まだ十にもならぬ子供だと聞く。Ωの色香に惑う年ではないだろう?」
と、朗らかに笑いながら言った。
あまり、心配していない弟へルーティスは。
「私が心配なのは、お前ではない!。あの"子"だ。ガーメイルの皇太子とは年回りも近いだろ。もしや…とな」
と、ため息混じりに言った。
親の自分よりも、悩んでいる様子の兄の姿に、カティは。
「兄上。まさか、ガーメイルの皇太子があの子の番かもしれぬと疑っているのか?」
と、呆れた顔で聞いた。
「あぁ、あの"子"の番は、今のところは、この国のαでは、今のところ無いだろう?。ゆえに、心配なのだ…」
ルーティスには、既に子は3人いる。
しかし、ルーティスは、実の弟が産んだ甥をその実の子よりも、溺愛している節がある。
それに、甥は"父親"を知らない。
その事もあり、甥が生まれてきてから、ルーティスは、甥の父親代わりを担ってきた。
初めて赤ん坊だった甥を自分の腕に抱いた瞬間、いや、目にした瞬間から、ルーティスは甥が可愛くて仕方ないという有り様だった。
「…兄上。それが、あの子の運命ならば…、兄上にも分かるだろう?。…誰が何を言っても、覆らないよ」
カティは意味ありげな笑みを浮かべて、そう言った。
しかし、ルーティスは理性と感情なら、感情を優先したのか。
「分かっている!だが、心配だ!」
と、声をはりあげた。
「…"ルー"は、あの子には、本当に過保護だなぁ」
自身の息子が、今より幼い頃に呼んだ兄の愛称を持ち出し、笑いながら、カティがそう言うと。
「あぁ!悪いか!可愛いんだ!私はあの"子"がな!あの子と!そして!…お前がな…」
と、ルーティスは開き直りながらも、そっぽを向いて言う。
これに、カティはさらに笑みを深め。
「兄上に愛されるあの子は幸せだな」
「…当たり前だろう?。私はお前たちの為ならば、どんなことだろうとやる覚悟だ」
ルーティスが、そう間髪いれずに、そう断言すると。
「…兄上。本当に、相変わらず、そこだけは気持ち悪いな」
と、笑って言った。
これに、ルーティスは。
「兄が弟を好きで悪いのか!」
と、また更に開き直る。
そんなルーティスに、カティは。
「悪くはないとは…、思うよ?」
と、そう苦笑いで返すしかなかった。
このルーティスの弟大好きっぷりは、周りからは、一時期、まさか?と危ぶまれる程であった。
なにせ、αとΩだ。
何があっても、おかしくはない。
この場合、まさか?の意味は、信愛や肉親の情を越えたなにか?かと疑われていたのだが、ルーティスがΩの番である王妃を見つけてからは、杞憂に終わった。
しかし、では。
素で愛情だけの弟大好きの兄という事になるわけで、周りは…。
それはそれで、ドン引いたのは、ルーティスだけが知らない話である。
ルーティス王の甥。
リプル・リム・ファーン。
海洋国家ファーンの王弟カティの一人息子であるこの子の出自は謎が多い。
なぜならば、王弟カティは未婚でリプルを産んだ。
我が子リプルの父親が誰であるか?をカティは、黙して語らない。
誰に何を問われても、微笑で返すのみ。
それに、リプルはまるで、母カティの生き写しのように、瞳の色も髪の色も同じで、銀髪にスカイブルーの瞳のため、父親を連想する要素がなかった。
その性も、母カティと同じΩ。
Ωであることからも、伯父ルーティスの溺愛っぷりに、更なる拍車を掛けている。
しかし、その当の本人は、それに対して比較的に、のほほんと構えている。
リプルは、伯父でもある王からの寵愛を良いことに、周りに理不尽な態度をするような子ではない。
逆に、自分に甘すぎる伯父を時には諌める事が出来る気概を持った子である。
母カティが月花美人だと言われるのに対して、リプルは陽だまりと称される。
ほがらかで、穏やかな性質。
どこまでも、素直な子供。
リプルは、母と伯父たちの愛に包まれて、すくすくと成長していた。
伯父が要らぬ心配をする中、リプルは側仕えのフィンから、ガーメイル帝国皇太子ディアライルの外遊の話を聞いていた。
「へ?…皇太子殿下の外遊があるの?」
リプルがそうフィンへ聞くと。
「はい、一年の間、諸外国を回られて、最後の3ヶ月は我が国で過ごされるとか」
フィンが午後のお茶を準備しながら、そう答えた。
「じゃ、皇太子殿下がこの国へご訪問されたら、僕もお会いするの?」
「…王がご許可なされば、お会い出来るかと」
そう答えながらも、フィンは内心では。
(リプル様を溺愛なさる陛下がαである皇太子殿下とΩであるリプル様を会わせるはずはありませんよ…)
と、思った。
「皇太子殿下はどんな方なんだろうね~」
「…年若くして、例外的に皇太子になられた方ですから、優秀な方なのでしょう」
「もし、お会いする事があれば、仲良くしたいな!」
無邪気に笑いながら、そう言ったリプルへフィンは。
「…そう…ですね」
と、言うしかなかった。
この国において、本来であれば、二人の邂逅が叶うはずはない。
二人は、αとΩだ。
ファーンとしては、間違いが起きてはほしくない。
出来るだけ、接触は避ける方向になるはずだと、フィンは思った。
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