第8話 "親とは?"~父と息子~

ディアライルは三人の友を得た。

だが、ディアライルを取り巻く状況がすぐに変わるはずもない。


それどころか、状況は日々悪化してゆく…。









βの祖母と母は孫と息子のαのさがを知らず知らずの内に、βのさがに染めようとする。

αやΩにとって、生涯ただ一人の番は己の本能で選ぶものだ。


αやΩは自分の番に出会ってしまえば、それまでの生活も、人生を共にしてきた者も、捨て去れる性をもっている。


だが、βにはそうはいった性がない。


抗いきれない番という存在の意味をほぼ全てのβは理解していない。


それに、ディアライルの祖母と母はβでありながら、αの妻になったがゆえに、番という概念を信じてもいない。


自分達がβでありながら、αの妻としてあり、子まで成したという自負があるからだろう。


番など、なんだというのか?と。

私はβだが、αの夫がいると。


彼女らは、妻という事実のみを見ていた。


自らが夫に愛されていないという事実を彼女らは決して認めない。



最近では、自らの孫に、息子に、早く嫁に迎えろと。

まだ8つにもならない子供に、毎日のように言うのである。

それも、自分達が選んだ嫁をと、そう言うのである。



「お前の妻は良家の子女の中から、私たちが選びますからね」


「えぇ、お義母様!共に立派な皇帝に相応しい素晴らしい妃を選びましょうね」


などと言う二人の言葉に、近頃のディアライルは否定も肯定も返さない様にしていた。


曖昧な返答を心掛けていた。


何故ならば、二人の話に、肯定すれば話が余計に長くなり、否定すれば否定したで、二人揃って、ヒステリックになるのは目に見えていたからだ。


だが、確実に二人のこの一種の無邪気さは幼い皇子の心に心労を与えていた。

言葉が意味をなさないのは苦痛である。


βの祖母も母も、αの自分を理解していないのだと、そう思えることばかりを常に言われ、ディアライルは人知れず、傷ついていたし、疲れていた。





この二人の言動については、現皇帝ガライルも頭を悩ませ、ついには先帝であり自らの父であるルディライルと話をする機会を作るほどだった。



しかし、この二人。

ガライルとルディライルは実の父子おやこでありながら、随分と希薄な関係を築いてきた。




先帝ルディライルは、番ではないβの妻から生まれたαの息子に、これまで何の感情も出したことがなく、息子である現帝ガライルも、息子の自分に全く興味がなく、自分を放置する父親に対して、なにも思ってこなかった。


それは、お互いがαであるからこそ、理解ができた事だった。


番ではない存在とその存在が生んだ"息子"という存在の意味をよく知っていたのだ。



しかし、ルディライルとガライルは同一の存在ではない。

ガライルはルディライルほど、"息子"という存在に、無関心にはなれなかったのだ。


だからこそ、ガライルはルディライルと話をした。










「最近、妃達が騒がしいとは聞いていた。…随分と目に余る振るまいが増えたそうだな?」


退位してから、必要な年に数回の公務以外では、顔を会わすのも久しぶりな"父親"からのその言葉を前に、ガライルは。


「父上…。何か…、手はないでしょうか?このままでは、皇子は…"息子"が!!…壊れてしまいます…」


と、自分の本音を晒した。

そんな"息子"へルディライルは。


「お前は…"アレ"に…、関心があるのだな?」


と、意外だという風に言った。



それに対して、ガライルは目を伏せ。


「はい…あの子は………。"息子"ですから…」


と、返した。


だが、言葉とは裏腹に、目を伏せたままの"息子"ガライルを見ながら、ルディライルは。


「"息子"…だから…か…」


と、感慨深さを滲ませた声音で、呟く。


それに。



「…はい。あの子は…、私の"息子"です…」


今度は、ルディライルを真っ直ぐに見て、ガライルは、そう返した。



そんな"息子"の姿を見て。


「…では…、ならば、私の"孫"でもある訳だな…」


ルディライルは、何かを確認するように、そう言った。


それに対して。


「…はい、そうです」


と、今度はルディライルの眼を見て、ガライルは答えた。


年々と、面差しが自分に似てきたと言われる"息子"の顔を見ながら、ルディライルは言う。


「…では、皇子を暫く、国から離せ。……そうだな。…一年間だ。さすれば、道も見えよう。皇太后には、…私から言う…。…アレにも、そろそろ釘を刺さねばならぬからな」


「ありがとうございます。父上…」


この時、ガライルの声は震えていた。



長年、自分を見ることすらなかった"父親"が自分の顔を見て、"孫"とそして、"アレ"や"これ"ではなく、きちんと"息子"を…。


ディアライルを皇子と言った事が、ガライルはただただ嬉しかった…。






父子おやことして、思い合えずとも、その"真意"は伝わる。



その事実が、嬉しかった……。




父子としては、歪。

けれど、同じαとして、分かり合えたことがガライルには救いとなった。





★Φ★Φ★Φ★Φ★Φ★














ルディライルはガライルとの話が終わると、すぐに自らの妻である皇太后ジェシカを呼び出し、皇太子ディアライルの一年間の外遊を通達した。


これに、勿論ジェシカは。


「何故です!幼い子供を一年間も、母親から離して、外遊など!」


と、反発したが、ルディライルは、まったく取り合わなかった。


「皇太后。これは決定事項だ。皇太子ディアライルは一年間、国から離す」

「ルディライル様!」

「皇太后。これは決定事項だ」


ルディライルのその声には、力が働いていた。

βのジェシカでは抗えないα‬の力。


「ル、ルディライル様…!?」


滅多に見ないα‬としての夫の姿に、ジェシカは気圧される。


「皇太后。やりすぎたな。お前は…。βがα‬を支配できると、管理できると、制御できると…。本当に、そう思うのか?。皇太子は、βではない。皇太子はα‬なのだ。α‬には、α‬としての生き方がある。…私や現帝が、βであるそなたや、皇妃を妻にしたからと、何を勘違いしたのだ?。愚かな…」


更に、ルディライルは冷めた目をジェシカへ向け。


「…良いか?。何をしても、私は…。お前を認めない。お前は…、私の…"番"ではない。お前は…、ただ…、世継ぎを産んだだけの女だ…。私は、お前に興味もなければ、関心もない」


そう言うと、ジェシカから背を向けて、部屋から出て行った。


残されたジェシカは、唇を噛み締めて、手を強く握りこみ、しばらくは、その場に留まっていた。


「えぇ…。そうですわね。あなたは…、私を認めない。…けれど、私は……。の妻なのです。ですわ!!」


「それだけは…、何があっても…えぇ、変わりません!絶対に!!」




自分に、言い聞かせるようなその言葉を吐く、ジェシカの瞳には、爛々と強くどろどろとした感情が宿っていた。





ルディライルの、ジェシカは、まさに








多少の波風は、あったもののガーメイル帝国皇太子ディアライルの1年間の外遊は決まった。


国内に、数々の火種を生んだまま…。













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