第7話 皇子の変化
「僕は僕の為に動いてるからね~。殿下のことはついでだよ~」
と、トリス。
「これから、殿下の近くで見させていただきます。殿下の覚悟を」
と、タトス。
「僕も、僕の都合で君を見ていたいからね。構わないよ」
と、ダドリィー。
ディアライルの胸へ湧き上がる気持ち。
今まで、母と祖母からの押し潰されそうな程に大きな期待から、孤独しか感じられなかったディアライルが、それは初めて感じる感情だった。
自分へ忠義はないと、断言する割りに、トリスは真っ直ぐに自分へ感情や視線を向けてくる。
立場や生まれなんて、トリスは見ていない。
見ているものが、実にシンプルだ。
ディアライルという人間を見ていると、よくわかる。
タトスも、冷静でありながら、その中にあるのは冷たいなにかではなく、優しい何かを感じさせる。
タトスの言葉にも、偽りを感じない。
こちらへ気に入られようとか、気を害してはいけない。
なんて、タトスは考えていない様に見えた。
ただ真摯に、そして、タトスも、真っ直ぐにディアライルを見ている。
ダドリィー。
従兄弟であり、ずっと侍従として、そばに居た存在。
だが、ダドリィーほど、よく分からなかった存在は居なかった。
常に、微笑みを絶やさず、人当たりの良い従兄弟だと、思っていた。
今までは、自分へ対しても、どこか線を引いた態度だった。
それに対して、ディアライルは悲しいとも、辛いとも、思わなかった。
従兄弟といっても、血が薄く繋がるだけの存在だから。
だが、今は本来のダドリィーは口も悪ければ、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべたりするんだと、気付かされた。
ここで、ディアライルは3人へ。
「…なら、見ていてくれ…、私は必ず、見つける。私だけの何かを!他の誰でもなく、私が選ぶ何かを!」
と、強く言う。
それに対して。
「気長に待つ~」
と、トリス。
「見ていましょう」
と、タトス。
「楽しみだね!」
と、ダドリィー。
この時から、見えない何かが、確実に幼い4人の間に出来上がった。
代々、この国の皇帝は皇太子時代に4大貴族、ガウェイン家、ガウディース家、ルース家、テンバール家。
そして、リアーツ侯爵家の人間と主従を越えた何かで繋がる。
現帝は、4家の中でも特に、ガウディースとルースとの繋がりが強く。
先帝は、ガウェイン、テンバールとの繋がりが強い。
そして、三代前の皇帝は4家全てとリアーツとの繋がりが強い。
三代前の皇帝が亡くなると、リアーツとの繋がりは現在の太皇太后へ。
幼い4人が強く繋がる中、繋がりを保ち続ける1組の男女が話をしていた。
ユラユラとワインで満たされたワイングラスを傾けながら、眼下に跪く男へ。
「お前は何故…、我が子をアレヘ差し出すような真似をした?その理由を述べてみよ…」
と、女が問う。
それに対して、男は顔を伏せたまま。
「私は…。あなたの臣です…。ですが!。…この国に生きる民でもあります…」
「…あぁ、なるほどなぁ…。民の憂い…。愚かな皇妃が2代も続いているからな。次代へ期待しているわけか?」
実に、くだらないとばかりに、嘲りを隠さない女へ男は。
「マリアーナ太皇太后陛下」
女の敬称を口にし、許可もないのに、顔を上げた。
その顔には、言葉に対して、咎め立てする色が浮かんでいた。
「なんだ。リアーツ。異議でもあるのか?」
リアーツと、呼びながら、マリアーナはクイッと口元を上げた。
文句は受け付けないというマリアーナの態度に、リアーツは痛ましげな顔をした。
「愚かと…そう断じるには、あまりに…、もはや…、状況が絡み合っております」
それに対して、マリアーナは吐き捨てるように。
「ふん…、絡み合った状況ねぇ?…ただ”愛”に狂う2人の女が、今も尚、愚かな事をしている状況なだけではないか…くだらぬ…」
と、言い放つ。
そして、マリアーナはリアーツを見据え。
「お前は根が優しいからな。…幼子が酷な状態に置かれるのを良しとはできまいよなぁ…」
「陛下…」
「”愛”を知り、”愛”に生きた事があるお前には、あの二人がただ痛ましげに、見えるのだなぁ…」
手に持つワインを飲み干すと、マリアーナは更に。
「リアーツ。貴様は、その憐れみを捨てよ。国という大義の前に、個人の意志など意味は無い!。とくに、皇帝と皇妃は、ただの人間ではない。共に国を守り、国を導く者だ。その立場にある者が、己の立場を理解せず、己を律せないなら、その立場にある価値はない!」
と、強く言う。
マリアーナの顔には、固く強い意思と信念が見え、リアーツはなんとも言えない気分になった。
だが、これだけは言わねばと。
「…”愛”…、その全てが人を狂わせはしません。一方的な”愛”こそが、人を狂わせます。それは…、太皇太后様が1番よく、お分かりのはずです」
と、返す。
その言葉に、マリアーナは顔を歪めて。
「…あぁ、…分かっているさ…。だからこそ、私は…、誰よりもあの二人が、許せないのだろう…」
と、口にした。
「太皇太后様…」
マリアーナは更に、言う。
まるで、自分へ言い聞かせるような口調で。
「あの日から…、あの運命の日と呼べる日から…、私は務めを果たしてきた…。自分に課せられた役目を全うする事に、私は心血を注いできた。…そこには些かの迷いもない。そして、先帝も、現帝も、与えられた役割を…。その務めを果たしている。だが、今の皇太后や皇妃はどうだ?…違うだろう?。己の欲だけで、動いているではないか…」
己を律し、個を消し、国を導く夫を支える存在。
それが皇妃というものだと、マリアーナは思って生きている。
事実、マリアーナは先々帝をよく支え、先々帝が存命中は、良き妻として側で尽くした。
だが、そこに、どんな葛藤があったか?。
知るものは少ないが。
「リアーツよ。よかったではないか…。此度の次代は …。真の忠義と真の友を得る。いずれ、…”愛”を得る事もできよう。それは…、本当に幸せな事だ」
自らの身の内に溜まった気持ちを吐き出すように、そう言うマリアーナへ。
リアーツはここで初めて。
「マリアーナ様」
と、名前を呼んだ。
「あなた様が、次代様の件で今まで表立って何もしないのも、動かなかった理由も、私には分かっています。ですが…次代様には…、なんの罪もありません。次代様は次代様です。だからこそ、私は息子を侍従へと申し出たのです。悪因は絶たねばなりません」
自分の言葉が少しでも伝わるようにと、言葉を紡ぐ。
心の中で。
(我が主よ。あなたは…、誰よりも苦しまれた…。けれど、苦しみながらも、あなたは前を向いた。与えられた役割を…あなた様は…。見事に演じた…私は,そんなあなたの姿に、救われたのです!。マリアーナ様…)
と、言葉にできない思いを浮かべた。
かつて、自分の身に起きた死にたくなるほどの絶望の先にあったのは、強く存在している目の前の主の姿。
耐えがたい痛みと悲しみの先で、強く凛としたマリアーナがいたからこそ、リアーツは存在していけた。
「ふっ…」
今にも泣きそうな顔で、自分を見る男を前に、マリアーナは思った。
(お前とて、本心では愛する我が子を我が子が選ばぬ道に進ませたくはなかったろうに…、現帝を…友を思う気持ちはそこまで、強いか…)
マリアーナはため息を吐き出し。
「今は…、見ていよう…。次代の進む道をな…」
と、そう言った。
「マリアーナ様…」
「次代が…本当に、良き皇帝となるか?をな…」
「…はい」
Ωの太皇太后マリアーナ。
直近三代の皇妃の中で、彼女は唯一の存在。
彼女が居るから、皇太后も、そして皇妃もまた神経を尖らせる。
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