第3話 皇子の憂鬱
大人達の色々な思惑がある中で、ディアライルは成長していった。
しかし、今の生活に窮屈さをディアライルは感じていた。
βの母と祖母は、αの自分に期待している。
誰よりも、偉大な支配者になれと。
治世に優れ、帝国に安寧と繁栄を与えた先帝よりも、その先帝より受け継いだものを維持し、発展させている現帝よりも、優れた治世者になれと。
その為に、母ヘラヴィーサや祖母ジェシカは、ディアライルの周りに居る者を厳選し、ディアライルを含めて、その教育に力を入れてきた。
そして、三才で皇太子という地位を与えられてから、それは一層、加速していった。
まだまだ甘えたい盛りの子供に、母と祖母は過度な期待をかけていった。
ディアライルが些細な失敗をしただけで、そう例えば。
字の練習時、字の綴りを1文字間違えただけで。
「ディアライル!やる気があるのですか!!お前の父上は、こんな失敗はしませんでしたよ!」
と、祖母は激しく怒り。
「あなたなら、出来るわ。今日はちょっと、調子が悪かっただけよね?次は出来るわよね?」
と、母は悲しげな顔をしながら、言った。
3才を過ぎたばかりの子供に対して、常に正解と正道を強いる2人。
だが、そんな母と祖母に対して、父と祖父はといえば。
まだ父は良い。普段、静観していても、母や祖母がやり過ぎる前に、止めてくれるし、逃げ場になってくれた。
しかし、問題は、祖父だ。
祖父は静観というより、本気で無関心だ。
自分を見る祖父の瞳には、なんの情も感じられない。
孫に対する愛情が祖父からは感じられないのだ。
自分を見る無機質な眼差しに、ディアライルは恐怖すら抱くときがあった。
そうして、次第にディアライルはよく分からなくなる。
ディアライルの周りの大人たち。
過度な干渉をしてくる母や祖母。
あまり、口を出さないが、時には止めてくれる父。
そして、孫に対して、何も思っていない祖父。
どこか、バランスがおかしいのだ。
日々、増えてゆく勉学。
安らぎとは無縁な生活に、ディアライルは七才にして、どこか寂しげな目をする子供になっていた。
希望を失って、暗い闇に沈みそうになっていた。
それを見た周りでは、それを危惧する人間達がいた。
現帝の懐刀と称されるガウディース公爵と太皇太后マリアーナの懐刀と称されるリアーツ侯爵の二人。
ガウディース公爵は、七才にして、仄暗い瞳をする皇太子に、心を痛めた。
様々な訳があって、太皇太后に仕えるリアーツ侯爵も、同じく子供に似つかわしくない暗い瞳をする皇太子に、痛ましさを感じていた。
二人は、同じ思いを抱いた。
そして、示し合わせるようにして、ガウディース公爵は自らの息子を皇太子付きの侍従としてして欲しいと、申し出た。
リアーツ侯爵も、自らの息子を皇太子付きの侍従として、欲しいと申し出た。
現帝は当初、その申し入れに、何故この2人が自らの息子を皇太子の侍従にしたいのか、その真意が分からなかった。
元々、ガウディース公爵は現帝の懐刀と言われてるだけあり、現帝からの信頼が厚い家臣である。
その家臣の息子を皇太后が皇太子の侍従にと、強く望んだ時、のらりくらりと、返答をはぐらかし、話自体を有耶無耶にしたのは、公爵本人だ。
そして、リアーツ侯爵といえば、代々が時の皇妃に仕える影の剣。
それが、皇太子に息子を侍従にしたいという。
それに、当代のリアーツ侯爵は太皇太后だけに仕えている人間だ。
リアーツ家は時の皇妃に仕える一族だが、今の皇太后が皇妃の時代にも、今の皇妃にも、リアーツは仕えなかった。
仕えるに、リアーツにはリアーツなりの基準があるのだという。
絶対の忠義は安くないということだろう。
だからか、皇太后も、皇妃も、太皇太后には引け目があるようだ。
義母と義祖母たる人に、2人は言い知れぬ敗北感を感じていた。
そんなリアーツ家の息子が皇太子の侍従にと。
ガライルは理由を問う為に、執務室へ2人を呼び出した。
「単刀直入に、聞く。何故、今なのだ?」
これに、ガウディース公爵が。
「陛下。このままでは、殿下は確実にダメになる」
と、強く言い。
「俺としては、子供があんな目をしてるのは忍びなくてね。うちの子なら、何か力になるだろうと、思ったまでさ」
と、軽妙な口調で、リアーツ侯爵は答えた。
公式の場でないこの場では、ガウディース公爵も、リアーツ侯爵も、ラフな態度を見せる。
ガライルも。
「…お前たちから見て、アレは限界が近いと見えるわけか…」
ため息混じりに、そう言う。
すると、二人は。
「陛下には、限界が見えないか?」
「ヤバイぜ。かなり…な」
と、言った。
「…そうか」
「陛下。このままでよろしいのか?」
ガウディース公爵がそう聞くと、ガライルは苦悩を浮かべなから。
「……分かっている。このままではよくは無いのはな…」
と、呟く。
ここで、リアーツ侯爵が言った。
「まぁ、とりあえず、子らに託してみようぜ。大人が介入するにゃ、まだ時期が悪い」
これに、ガライルもガウディース公爵も、異口同音に。
「「そうだな」」
と、言った。
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