王女の深謀遠慮 (1)

翌日、文書の解読が一段落したところで、王女はこう話しはじめた。

「このさき、わたしだけのことならば、あなたに頼らなくても生きていけると思う。でも、もっと大きな悩みがあるの。弟のことなの。」


本国のいまの王位継承規則は男子限定で、その規則のもとで王位継承の資格があるのは、王女の弟ぎみだけだ。弟君はまだ少年で、王位継承がどういうことか、よくわかっていない。それを理解したとき、自分がそれをひきうけられると思うだろうか。耐えられないと思うだろうか。耐えられないと思っても、かわりがいないから、まわりが許さないだろう。そのときの居場所を、本国の外につくってやりたい。本人が帰る気になったとき帰れるように、そして、王位継承の可能性を捨てて永住する気になったらそうできるように、してやりたい。本国から早く帰ってこいと言われるだろうから、それに対抗するには、滞在中の国の法律をみかたにつける必要がある。王女は、その滞在さきとして花旗国がよいと考えて、ぼくに、いざというときに法律の達人を呼び出すことを期待しているのだった。


ただし、王女は、もし弟君が王位継承に不満をもたなければ、その心配をしたことを、おもてざたにしたくない。そして、王女自身の人生を、弟君の危機にそなえるための犠牲にはしたくない。学者のしごとを、本気で、楽しみながらやりたい。学者として本国の資料をつかいたいこともあるから、できるかぎりは王家とのよい関係をたもちたい、ということだった。ぼくが騎士であることは、隠密にしなければならない。


文書解読のつづきは翌日ということになって、ひとりで公共図書館にむかった。いつもならば花旗国の法律の勉強をするのだけれど、さいわいここには本国の法律の本もあるから、きょうはそちらを見てみることにした。いまの法律のもとで、弟君が、順番がまわってきたとき、王位につかないと、王位は空位になってしまうだろう。そうなると国がたちゆかなくなるのだろうか?


いまの本国では、王は政治に深くかかわらないのだが、法律は王が署名しなければ有効にならないらしい。しかし、王が重い病気だったり、まだ幼かったりして、署名ができないこともありうる。そういうときのために摂政という制度があって、摂政が署名すれば法律は有効になる。王がいるうちに摂政をきめておけば、空位になっても、国の政治はまわるのだ。そして、摂政がいれば、王がいなくてもつぎの摂政をきめられるように法律を変えることもできる。


その翌日、王女に話してみると、「わたしもだいたいそう思っていたけれど、自信がなかった。法律をたしかめてくれて、ありがとう」と言われた。


いまの官僚たちの視野には、空位の可能性ははいっていないだろう。しかし、弟君が本国を離れて帰ってこないという事態になれば、空位でも国の政治はまわることに気づくだろう。

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