落ちた桜は…

@airportujimusi

落ちた桜は…

今日は高校の入学式


普通の人は晴れ晴れな気持ちでその日を迎えているのだろうけど、私にとっては厚い雲が被さっているような感じだ


母親も父親も私立は絶対に無理、あり得ない…

と毎日のように言っていた


だから私は絶対に失敗してはいけないと思って、安全圏であるこの高校に進路変更したのだが母親はものすごく怒ってしまった


なんで努力をしようとしないんだよ!


ここで努力しなかったらお前は一生怠けるぞ


ほんとにあり得ない!



このときの母親の言い分は良く分かっていた


私が勉強を怠けなければ最初に志望していた高校には行けただろう


しかも、今のこのような気持ちにはならなかったかもしれない


あと、この高校に受験していた同じ学校の子も私が受験しなければ落ちていなかったかもしれないのに


怠けていた私が何故この高校に受かって、真面目に勉強していたであろうあの子が私の代わりに落ちてしまったのだろうか


罪悪感で胸が痛くなる

晴れ晴れな気持ちでいなくてはいけない、おめでたい朝のはずなのに私の瞳には涙が溜まっていた


私が、努力さえしてればこんなことには


去年、あんなことがなければ…

というのは言い訳でしかないんだ。努力しなかった私が悪いんだ…


沈んでいく私の心の反面、朝の日は徐々に昇って辺りを照らし始めている


ああ、今日も一睡もできずに鳥の鳴き声が聞こえてくる


いきたくない、けどそんなことは親が許してくれない…


休みどころか遅刻すら許してくれないだろう


いきたくない、いきたくない

いきたくない、生きたくない…


お前が甘えたのが悪いんだ!

やっぱりお前はごみだよ、本当に生きてる価値がないよ


自分で自分を貶すような言葉が私の頭のなかを支配しようとしてくる


だめ、だめ、やめて…!

溢れないで、つらい。もうダメ


私は枕元においてあるカミソリをつかみ、蓋を外した


カミソリの刃を左腕にあてがい、スッと引いた



頭の中と左腕にビリビリと電撃が走っている感じがした途端、さっきまであふれでていた汚い言葉達がスッと何処かへ消えていった


つーっ、と赤い血が腕を伝って白い布団に垂れている


あ…また布団汚しちゃった



処理、どうしようか…

と考えていたとき、家の階段を昇る足音が聞こえてきた


あの足音は…母親だ


私は布団の血濡れた部分を内側にして急いで眠っているふりをした


ガチャッ…


「おい、起きろ!今日は入学式だろ!いつまでも怠けてないでさっさと準備しろ」


母親の強い口調に私は泣きそうになるが、ぐっと身体に力を入れて我慢した


そしてできるだけ眠そうな声で返事をした


私の返事を聞いた母親は不機嫌そうにドアを強く閉め、去っていった


分かってるよ、本当は私なんかの入学式に時間を使いたくないんだよね


さっき消えていたはずの汚い言葉達がまた少しずつ湧き始め、私の胸はまた苦しくなってくる


もうだめだ、つらい…


もう一度カミソリを左腕にあてがい、スッと引く


だが、二度目は電撃など走らなかった


ただ痛いだけだ

だが傷はさっきよりも深いようで血の流れる量は多かった


とりあえず、血を止めなきゃ


身体にかけていた布団ので左腕をしばらく抑えた


少し経ったあとに腕をもう一度確認すると、血が固まってかろうじて傷口を抑えていた


血、止まったのかな…


そして、私の頭の中の重苦しい雰囲気は徐々に晴れていった。


痛みと血で冷静になりつつある私はふーっ、と大きく息を吸って吐いた


頭がスッキリとしてくると同時に私のすべきことが浮かんできた


よし、死のう

こんな私生きている価値がないから死のう


覚悟が決まった私の心はここ最近で一番晴れ渡っている



血の染みた掛け布団から勢い良く飛び出して、クローゼットから長袖の上着を取り出した


格好なんて最低限怪しまれなければ良い、傷さえ見られなければどうだって良いんだ


パジャマの上から上着を羽織った私はカミソリを自室のゴミ箱に捨てた


そして自室から飛び出し、階段を下りると母親がリビングで化粧をしている


「どこ行くんだよ、準備終わったんだよな?」


「……ちょっと外の空気吸ってきます」


「はぁ?おい、まだ着替えてもいないのに外行くとかふざけんなよ!…まじで、使えない奴はこの世に要らないんだけど!!」


今のが母親から聞く最後の言葉だろう


良かったね、願いが叶うよ


母親の静止など構わずに素早く家の外に出て行った



今日で終わる世界はまだ涼しかった

風は心地良い温度で私の身体を流れていく


走り、走り、私は川の上を繋ぐ橋まで来ていた



橋の上から遠くに桜並木が見えた。


綺麗な桜だな、どうせ同じ名前なら私も綺麗に落ちたい


桜の花びらのように美しく…



私は橋の上から川を見下ろした


おそらく10m以上はあるだろう


行けるはずだ、



そして私は橋の下の川へ身を投げ出した


落ちていく最中はまるで世界が遅く流れていくようだった


あの花びらもこんな感じで落ちていっているのだろうか



おそらく未練だろうけど、今更ながらに浮かんでくることがある




最後の日くらい、名前で呼んで欲しかったよ。お母さん



点線のような不安定な意識から徐々に安定してきた私は目蓋の裏からの強い明かりで仕方なく目を開けることになった


沢山の医療器具が置いてあり、私にも何かつけられている


自傷した傷もきちんと手当てされているようだし、おそらくここは病院なのだろう


「あ、…目が覚めた?」


看護師であろう人が私がもぞもぞ動いていることに気づいたようだ


「………………お母さんは…?」


私の蚊の鳴き声のような問いに、看護師は苦笑いで応答した


「……桜ちゃんであってるよね?ごめんね…桜ちゃん。あなたは面会謝絶で今は誰とも面会できないからお母さんとも会うことはできないの、でも無事に目が覚めたみたいだから一応お母さんに連絡してあげるからね 」


春に身を投げても結局死にきれずにまた舞い戻る、私はまるで桜みたいだ


いや、桜ではないよ

桜のように努力して綺麗に咲けない


桜のように愛でてもらえない



私なんかが桜になれるわけないんだよ



だからずっと、お母さんに名前で呼んでもらえないんだ

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