第178話 ワシじゃよ


 レイラスはしばらく泣き続けた後、ようやく涙を止めた。


「……エルフたちは拘束します。殺しません。それでいいんですよね?」

「ベストだよ。ただかなりきつく拘束して、絶対に逆らえないようにしてくれ」


 俺はエルフたちを全滅させる必要はないとは言った。だが彼らを甘く見ているわけでも、信用しているわけでもない。


 今回の戦いでエルフの心をへし折れたとは思うのだが、それはそれとして捨て鉢になる者もいるかもしれない。


 そもそも奴らは俺達を何度も暗殺しようとしてきたのだから。根切りにするほどではないというだけで、エルフたちには敗者としての扱いをさせてもらう。


「マッドゴーレム。あのエルフの女王を捕えろ」

『全ての兵に告げます。エルフたちを捕縛しなさい。抵抗すれば殺して構いません、ただし投降した者への危害は厳禁です。強姦、略奪をするようならばその者も殺します。軍規を守りなさい』


 レイラスは魔法で戦場中に声を届ける。


 さっきまでの泣き声はどこへやら、すでに彼女の声は平時と同様だ。


 そしてしっかりと兵士の心情を理解している。勝利した兵士たちは何をしてもいいと思う者が多くなる。


 つまりエルフたちの略奪などに走りかねないので、その禁止をしっかりと事前に言い含めておく。


 本来なら兵士たちから不満も出そうなところだが……。


「兵たちは特に手柄も上げてませんし、大して戦ってもいません。彼らに死者も出てないので抑えきれるでしょう。貴方のゴーレムのおかげですね」


 そこもレイラスはしっかりと計算しているようだ。


 兵士たちは仲間が殺された恨みなどもあり、勝利すれば略奪に走る。それは兵士たちへにとってはご褒美みたいなものなので、完全に封じるのはなかなか難しい。


 無能な指揮官なら軍規を守らせることはできないだろう。


「でもレイラスなら、仮にまともに戦っていても軍規を守らせることが出来ただろ?」

「どうでしょうね、何にしてもエルフに勝てたのはあなたのおかげです」


 レイラスは少し悲しそうな顔で笑った。


 すると話を遮るようにマッドゴーレムがこちらにやって来た。片手で女王エルフを抱きかかえて。


「…………わ、私たちはこれからどうなる」


 女王エルフは暗い顔で聞いてきた。彼女はマッドゴーレムに子供のように抱えられていて、もはや女王の威厳など皆無だ。


「それは貴方達の今後の態度しだいです。少しでも待遇をよくしたいなら、エルフが暴れないように抑えるのですね」

「……私たちを殺さないということか!?」

「今のところは。ただしエルフたちが抵抗するようなら分かりません。ベギラ、この人をエルフたちの元へ連れて行ってください。女王は敗北を宣言した方が分かりやすいでしょう」

「そうだな。マッドゴーレム、運んでくれ」


 俺の命令に従ってマッドゴーレムが、エルフ女王を運んでいく。


 彼女がエルフたちに敗北を宣言して、かつ抵抗しないように命じればうまく収まるだろうか。


 それにもしエルフたちが抵抗してきたら、どうなるかは分からない。当然だが兵士たちだって抵抗するし、なし崩しで全員殺すなんてことにもなりかねないからだ。


 後はエルフ女王の手腕に期待だ。


 そんなことを考えていると、レイラスが俺に抱き着いてきた。


「……ベギラ、改めてごめんなさい。貴方から師匠さんを奪ってしまった。謝っても取り返しがつかないですが、私にはこうするしかありません」

「気にするな、とは言わない。でも師匠はレイラスを恨んでいなかったから、病むほど気にしすぎなくていい」


 俺は師匠のことを思い出していた。


 本当に偉大な師匠だった。ゴーレム魔法において、あの人ほどの天才はもう未来永劫現れないだろう。


 そして意味不明なほどに奇才で変人だった。まさか寿命で死ぬ前に自分の心をゴーレムに宿して、本当の意味で頭ゴーレムになるとは。


 何ならこの瞬間にも、師匠マークツーとかで復活しそうなくらいだ。流石にそれはないけどな。もし師匠に蘇るアテがあるならば、絶対に俺に伝えているからだ。


 その方がレイラスを説得しやすくなる。師匠は頭ゴーレムだが、わざわざ他人を苦しめるようなことはしない。ゴーレム研究関係を除いて。


 ここは俺が夫として、レイラスを慰めるべきだろう。ロマンチックなことを言って。


 ちょうど日が暮れてきて、星が見え始めていた。俺はレイラスの頭を撫でた。


「レイラス、師匠は星になったんだ。ほらあの星の中にきっと、師匠のゴーレム星が……」

『あんな高いところにはないと思うがのう。ワシ案外高いところ嫌いなんじゃ』

「そうですかね? 師匠なら飛んで行ってもおかしくはな……んっ!?!?!?」

「こ、この声は!?」


 俺とレイラスは目を見開いて周囲を見渡す。


 そう、この声は。聞きなれたこの声は……師匠のものだ!?

 

『ここじゃー。ここじゃよー』


 耳を澄ませると地面から師匠の声がする!? 更に目を凝らして見ると……指サイズの小さな土人形がピョンピョンと跳ねている!?


「し、師匠!?」

『ワシじゃよ』

「どうして生きてるんですか!? そこは死んでおくべきところでは!? 亡霊になってまでゴーレムに宿ったんですか!?!?!?」

『人を化け物みたいに言うんじゃないわい! 死に際のコアが崩壊する時に、ワシの意識がまだ存在することで気づけたのじゃ。ワシの心はコアそのものではなくて、コアの一部分に詰まっていると』

「ま、まさか!? その一部分のコアだけ切り離して、他の土につけたんですか!?」

『そうじゃ、おかげでこんなに小さくなってしもうたがのう。はっはっは』


 師匠の高笑いが周囲に小さく響き渡る。


 こ、この人やべぇ……不死身か? 俺が正直感動通り越して呆れていると、レイラスが涙を流して地面に膝をつけた。


「よ、よかったです……ありがとうございます……! そして申し訳ありません……!」

『はっはっは! むしろゴーレム技術が更なる発展をするわい! ほれ終わりよければ全てよしじゃ! 早速帰ってこの魔法を更に使いこなすぞ! だいぶ弱体化してしまったが、おかげでワシの価値も減ったしのう!』


 死に際に新たな魔法を発明して、ぶっつけ本番で成功させるとは……色々と思うところはあるが流石は師匠だ!

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