第177話 説得
俺がレイラスを押し倒してすぐに、レイラスは睨んできた。
「ベギラ……! なにをするんですかっ!」
「押し倒した!」
「このっ……! こんな時にふざけないでください!」
「ふざけてなんていない! 俺はレイラスのことが今も好きだからな! ゴーレムに攻撃させるわけにもいかないだろ」
ゴーレムは力加減が下手だ。レイラスを捕らえさせようとしたら、怪我させてしまう恐れがある。
俺が役得なのは否定しないがこれはちゃんとした理由ありだ! とは言えこのままだと話しづらいので、俺は押し倒すのをやめて立ち上がった。
もうレイラスも風魔法を撃ってはこないだろう。彼女もまたゆっくりと体勢を立て直した。
「……っ。好きなら……好きなら、私の邪魔をしないでください!」
レイラスは興奮してかなり顔が赤くなっている。
本当に普段の彼女とは全く違う。まるで年相応の少女のようだ。
「好きだから邪魔するんだよ! 望んでもないことをしようとするな! マッドゴーレムの性能は見ただろ! あいつはもう量産できるんだ、エルフに負ける要素はない! 全滅の必要性は消えただろ!」
「消えていません……望んでいます! 私は、エルフたちを全滅させることを望んでいるんです!」
「嘘をつくなよ! レイラスがそんなこと望むはずがない! それならレーリア王を倒す時、もっと血を流す手段を選んでいた!」
レイラスは優しい。彼女の戦術は基本的に、なるべく血の流れない戦い方だった。
彼女が本気でやろうと思えば、もっと早く王家を滅ぼすこともできたのだ。この風魔法を使えば全て終わっていただろうに。
「レイラスは優しいはずだ!」
「違います! 私は本当にエルフたちを皆殺しにすることを望んでいます……! 今だって……! 私は優しくなんてない!」
レイラスはなおも否定する。
だが俺は彼女とずっと暮らしてきた。ずっと彼女のことを見てきた。
こんな僅かな間に交わした言葉で覆されはしない! そしてレイラスは合理主義の持ち主だ。
マッドゴーレムの性能を見れば、もう俺達がエルフに負ける要素もないと気づいているはずだ。また彼女は虐殺を嫌っている人物である。
その上で彼女が頑なにエルフたちを滅ぼそうとしている理由はなにか。
エルフがまだ隠し玉を持っているとか? いやそんなことはない、少し遠くで呆けているエルフ女王を見れば一目瞭然だ。
エルフを滅さないことが周辺諸国に影響を与える? いやそれよりも、滅ぼすことによる悪名の方がデメリットがあると思う。
それに絶対に勝ててもう脅威ではない相手なら、レイラスは真綿で首を絞めるように潰せるだろう。悪名を背負ってまでやることではない。
俺はエルフを殺す理由を全て潰したつもりだ。その上でまだエルフたちを生かしてはダメな理由、理由…………。
うーん………………あっもしかして……俺の自意識過剰でなければ……。
「……レイラス、まさか俺達のためか?」
「えっ」
「俺やメイルやミレスが、エルフに暗殺される危険性を考慮してるんじゃないか……?」
エルフたちの行動を思い出していたが、あいつらは俺達に何度もちょっかいを出してきた。
毎回撃退したわけだが……ともすれば暗殺されていた可能性もゼロではない。そしてエルフを生き残らせれば、また俺達を狙ってくるかもしれない。
レイラスはしばらく黙り込んだ後に。
「…………はい」
か細い声で肯定して、涙を流しながら話を続ける。
「不安、なんです。今までいなかった大切な人たちが、私の甘い判断でいなくなるのが……! いやもういなくなってしまった! 貴方の師匠さんを殺してしまった! もう戻れない……だから私は、エルフを全滅させることを望んで……!?」
俺は改めてレイラスに飛び掛かって、地面へと押し倒した。
「っ!? ベギラ、また何をっ!?」
「レイラス、安心しろ! 俺もメイルもミレスも、暗殺なんてされないから!」
簡単な話なんだ。
後はもうレイラスを安心させるだけでいい。それだけで全て終わる。
「暗殺への対策は万全にする! ゴーレムを常に警備させるから大丈夫だ!」
「そんなこと言っても、される可能性はあります……!」
「それを言うなら、エルフじゃなくても一緒だ。エルフを滅ぼしていても、人間に暗殺される可能性はある。いやむしろエルフを滅ぼした悪名で恐怖され、暗殺者を差し向けられるかもな」
レイラスはもう論理思考ができていない。
エルフを滅ぼすことを前提として、そのために理由づけをしているのだ。だから俺程度の考えでも、すぐにデメリットを思いつく。
「師匠が死んだのは、レイラスのせいじゃない。師匠は元から死に場所を探していたところもあったし、自分の死で俺達が割れるのを望んでいない」
「慰めはよしてください! どう考えても私のせいでしかない……! 私が、壊してしまった、なくしてしまった……! ベギラ、貴方も本当は私に怒っているんでしょう……大切な師匠さんを、奪ってしまった……」
今の彼女を覆っているのは不安感と罪悪感だ。
師匠の本心を知らなければこの反応は仕方ない。今の状態の彼女を説得するには、百の言葉でも無理だろう。
…………ならこうするしかないよなぁ!
俺はレイラスの可愛い唇にキスをした。
「!? ~~~~~っ!?」
レイラスは目を白黒させてパニックになっている。しばらく彼女とのキスの味を楽しんだ後に口を離した。
「な、なっ、なななな、なにをっ!?」
「キスした」
「そんなことは言われなくても分かってます!?」
レイラスは顔を真っ赤にして叫んでいる。キスは人にとっての愛情表現だ。
親が子を愛する時にもするし、恋人同士でもする。少しレイラスにはショックが強かったかもしれないが、今での感情の上書きはできたと思いたい。
「レイラス、聞いてくれ。俺はレイラスを恨んでなんていない」
「私を止めるために、嘘をつかないでください!」
「違う! 嘘だったら……キスなんてしない! 俺は本当にレイラスのことなんて恨んでない!」
「……っ」
レイラスは俺の顔をマジマジと見てきた。
俺は真剣な表情でそれに返す。今回だけは愛想もなにも必要ない、ただ俺の本心を顔に出していた。
レイラスはしばらく逡巡してから……両手で顔を覆った。
「……ごめんなさい。ごめんなさい……ひっく……ごめんなさい……本当は、嫌でした……でも、もう許してもらえないと……、ならせめて、嫌われても守ろうと……!」
「師匠のことも計算外だったのは分かってるよ。そもそも厳密にはレイラスが殺したわけじゃない」
泣きわめくレイラスの頭を撫でる。今まで我慢してきた全てを流すかのように、レイラスは泣き続けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます