第174話 説得
師匠ゴーレムは巨神を打ち倒した。巨人ゴーレムはもう起き上がれないだろう、あれだけの巨体がひっくり返ったのだから。
すごく悲しいが今はあえて考えない。俺がやるべきことは師匠の死を悲しむことじゃなく、レイラスを止めることだ。
それができなければ師匠は何のために命を散らせたのか。俺はもうあの人に顔向けできない。
そのレイラスは空をふわふわと浮いていた。巨人ゴーレムが倒れた時に、風魔法で肩から飛び去ったのだ。
彼女は俺を睨みながら、ゆっくりと俺の元へと降りてくる。
「まさか巨人を潰すなんて思いませんでした。本当に貴方達は計算を狂わせますね」
「じゃあ計算が狂ったんだから、エルフへの虐殺も中止にしないか?」
「お断りします。巨人ゴーレムがつぶれたとしても、まだ人間の兵士たちがいます。今のエルフたちは大魔法が破られて、魔力が残っていませんから殺せる」
「…………」
レイラスの心は全く変わっていない。
巨人ゴーレムという切り札が堕ちてもなお、彼女はそうそう己を曲げはしない。
エルフの女王とはまるで違うが……そんな気はしていた。
なら俺のやることはひとつだ。
「レイラス! エルフたちを虐殺する必要はない! 九割九分大丈夫なことのために、そこまでの業を背負うことはないんだ! それにそんなことしたら、レイラスの悪名も広まって今後の統治にも影響が出かねない!」
レイラスの考えは為政者として間違ってはいないのだろう。
だが正しいとも思えないのだ。エルフとは言えども虐殺すれば、民たちから恐れられてしまう。
ましてやレイラスは善君として評判がいいのに、こんなことしたら悪評によるデメリットもあるはずだ。俺がして欲しくないだけではなく、しない方がいい理由だってある!
だがレイラスは首を横に振った。
「……できません。私は王としてエルフは消します」
「どうしてだ!? 何がそこまで……!」
「……私が以前にツェペリア領に戻った時、トゥーンにした会話を覚えていますか?」
俺は小さく頷いた。
彼女はトゥーン兄貴に領主としての義務を果たせと言っていた。兄貴が正妻であるはずのイリアスと、レイラスの姪とうまくいってなかったことへの文句だ。
割とド直球にダメなら処分して、スリーン兄貴に挿げ替えると告げていた。
「権力者には義務があります。民を危険から守る責務も。エルフをここで生かしておいて、もし何かあれば私は民に顔向けできません。起きる可能性が極めて低いことでも、その可能性を潰すのは義務です」
「……潔癖すぎるだろ」
「私は他人に命じておいて、自分のことは棚に上げるつもりはありません。ベギラ、貴方の言っていることも分かります。なのでこれ以上の問答は平行線でしょう」
レイラスは片手を空に掲げた。
すると彼女を包み込むように小さな竜巻が発生する。
「止めたいならば力ずくでどうぞ。今の貴方で、私を倒せるならですが」
「……普段のレイラスなら、もっと言葉で語ると思うんだが?」
「…………これ以上の問答は不要です」
レイラスが掲げた手を降ろすと、俺の背後にいたドリルゴーレムの一体が切り裂かれて両断された。
彼女の風魔法による風の刃か……ゴーレムすら壊すとは、やはりエルフよりも格上だ。
「ベギラ、貴方では私に勝てません。ゴーレム魔法使いは事前準備がなければ、ロクな力を出せない。ドリルゴーレムは元々戦闘用ではありませんからね。私は貴方の魔法を知り尽くしています」
レイラスの声はもはや全てを突き放す絶対零度のようだ。
完全に決意しているのだ、自分が覇王の類になることも厭わないと。
彼女の神算鬼謀の頭脳があればそれも容易なのだろう。だが……レイラスの発言にはひとつだけ間違いがある。
「……確かにそうだな。ゴーレム魔法は事前に準備してないと弱い。ドリルゴーレムでは、レイラスを止める力なんてない」
「なら諦めてください。貴方は止めようとしたので、罪はありませんから」
罪はない……か。やはりレイラスは、俺の知っている少女でしかない。
元より俺のやることは決まっているが、今の言葉で余計にその想いが強くなった。やはりこの優しい少女を、世紀の悪王になどしてはいけない。
それに……この状況になっていること自体が……。
「いや止める。レイラス、俺はお前を止めるぞ。それで帰ってまた、屋敷で皆で楽しくハンバーグでも焼こう」
「っ……私は貴方の力を完全に計算しています。師匠さんのことは計算外でしたが、あの人の全力は見たことがなかった。ですがベギラ、貴方の全力は散々見てきました。今度こそもう何も出来ないはずです」
確かに師匠は今まで全力で戦える相手に恵まれなかった。だからこそレイラスも計算しきれなかったのだろう。
つぐつぐ師匠の偉大さを感じる。逆に俺は常に全力でやって来たので、今の力はレイラスに把握されている。
そんな彼女が断言してくることは事実だ。実際に今の俺には、レイラスを止める手段は思いついていない。
ドリルゴーレムはまだ残っているが、全部使ってもレイラスに叶わないだろう。今しがた瞬殺されたモノでは……だが。
「出来る出来ないじゃない。やるんだ」
俺は必死に頭を働かせる。この人生で、いや地球にいた時も含めて。
死ぬ気になれば人間、大抵のことはできるものだ。ならば今俺がここでやるべきことは……瞬時に自分のゴーレム魔法の腕を上げることだ。
レイラスの計算が今までの俺の力を元にしているならば、それを今すぐに超えるのだ。どんな方法でも手段でもいい、彼女の計算を師匠と同じように狂わせる。
俺がレイラスを本当に愛していて、止めたいと心の底から願っているならば……それくらいやってみせろ!
知恵熱を出しそうなくらい考える。一瞬で大量に作成できる新たなゴーレム魔法でもいい、ドリルゴーレムのコアの暴走力を上げる魔法でもいい。
なんでもいいから今の力では足りないのだ! なんとしてもこの短期間で、強いゴーレムを作りあげなければならない! それを見せることで、俺の言葉に説得力が生まれるのだ。
もう俺のゴーレム魔法は、エルフなんかに負けはしないと。
ここが俺のゴーレム魔法使いとしての、そしてレイラスの夫としてのターニングポイントだ! ここで思いつかなきゃ、今までの俺のゴーレム魔法は全て無意味だ!
周囲を見回す。残っているゴーレムはドリルゴーレムが数十体、だが一体一体が弱いので勝てないだろう。
だが…………ならばこの力を足し算できればいいはずだ!
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予知に近いレベルの計画性の化け物 VS 無計画のその場対応の極み
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