第173話 最後の戦い、ここに②


 師匠ゴーレムの手刀が巨人ゴーレムの右腕を軽くとした。


『なっ!? ベギラの最高傑作と、私の魔法の産物が……!』


 レイラスの焦った悲鳴が響く。


 彼女はこの戦場において、今までの流れを全て操っていた。


 ベギラがエルフ軍へと奇襲を仕掛け、エルフの切り札たる竜巻を巨神で破る。ここまで全て筋書き通り。


 だが師匠のことだけは本当に計算外だった。まさか命を捨ててまで自分に立ち向かうとは思えなかったのだ。


《違うな。その巨人ゴーレムは最高傑作などではない! ベギラの手から離れたゴーレムが、この程度で腕を切り落とされる土くれが……あ奴の最高傑作であるものか! お嬢ちゃん、お主はゴーレム魔法とベギラを舐めている!》


 師匠ゴーレムの声がレイラスの脳裏に響く。


『黙りなさい! 舐めたわけでも、過小評価したわけでもない……っ! ですが私が……!』

《おっと。悪いが聞くつもりはない。ワシはゴーレムの件で説教するのみよ。夫婦喧嘩はベギラに任せた!》


 師匠ゴーレムは地面に着地して再び跳び、勢いのままに今度は巨人ゴーレムの左肩を殴った。


 肩がぶっ壊れて、腕の付け根が砕ける。残った大部分の腕は轟音を立てながらまた地に堕ちる。


《さて次は足じゃ》

『やめなさい! エルフを滅ぼすことは、ゴーレム魔法の発展にもつながることです! 邪魔する相手がいなくなれば……!』

《そして残るのはゴーレム魔法を褒めたたえる者のみか! くだらん! ワシもベギラも、ゴーレム魔法を馬鹿にされながらずっと鍛えてきた! そんな絶賛だけの井の中でなど生きておらぬわ!》

『っ……!』


 師匠ゴーレムは巨人の足もとへと歩いていく。


 それはまるで破壊の化身に立ち向かう勇者のように。その姿はレイラスの心を抉った。


『…………ゴーレム! 踏みつぶしなさい!』


 レイラスは悲鳴をあげる。


 そして巨人ゴーレムは命に従ってその巨大な右足を振り上げ、師匠ゴーレムに向けて勢いよく踏みつけた。


 だが――師匠ゴーレムは自らよりも遥かに大きい足を、両手で受け止め潰されずに拮抗していた。


『なっ……!? どれだけ大きさに差があると……風魔法部隊! 上空から押しつぶす風を!』


 空からの突風が巨人ゴーレムを打ち据える。だがそれでも、師匠ゴーレムは潰れない。


《軽い……軽いのう……! 魂の入っていないゴーレムなど、何の重みも感じはせぬわ……っ!》

『そんな……いくら何でも滅茶苦茶です! 魔法部隊、もっと風魔法を強くしなさい!』 


 更に押しつぶす風が強くなる。だがそれでも師匠ゴーレムは潰れない。


《ふっ……お嬢ちゃん、やはりゴーレムの扱いが下手じゃの》

『なにを……!』

《分からぬか? ゴーレムはな、自重に脆いんじゃよ。おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!!》


 師匠ゴーレムが咆哮すると共に、巨人ゴーレムの右足が上がっていく。


 巨人ゴーレムが自ら上げているのではない。


 ――持ち上げられているのだ。潰すはずの物に、百倍近くの体躯の差を持つ相手に。


『ま、まさか投げるつもりですかっ!?』

《まさかもまさかよ! やはり両腕がない巨人ゴーレムならば、軽く倒せば自重で崩壊する! 迂闊に片足上げるべきではなかったのう!》


 師匠ゴーレムの脳内に響く声からは、喜色の部分が感じ取れる。それと同時に彼の鉄の身体にも、ヒビが入り始めていた。


 コアが限界を迎え始めたのだ。そんな今際の時でありながら、師匠ゴーレムの心は笑っている。


『や、やめなさい! やめてください! エルフをここで潰せば、もう憂いはなくなるのですよ!?』

《やめぬよ。この殺戮人形と化してしまったモノは、ワシが一緒に連れて行かなければなぁ!》

 

 師匠ゴーレムは受け止めていた手に更に力を入れる。


 もはや巨人ゴーレムは押しつぶすどころではない。右足からひっくり返されないように、必死に全体重を右足にかけるしかなかった。


 だがそれでも……足もとにある小さなゴーレムに押し勝てない。


《ゴーレムは人の役に立つ人形じゃわい! 神になんぞ……人の上に立つ代物ではない! ベギラよ、見ておくがよい! これがお主の超えるべきゴーレムの……力じゃああああああ!!!》


 巨人ゴーレムの右足が空へと跳ねあがった。


 いや巨人ゴーレムそのものが、宙へと浮かされたのだ。たかが人サイズのゴーレムに。


 戦場にいる全ての者にその光景が写る。神になるはずだったゴーレムが無様に負けて、身体ごと地に墜落する姿を。


(ベギラよ、後はお主の役目じゃ。言っておくがな、今のワシ程度の性能のゴーレムは造ってみせるのじゃぞ。当然ながら人の魂など無しでな)


 師匠ゴーレムの身体が崩壊していく。屑鉄となって崩れていく。


(ああ、そうじゃ墓標はいらんぞ。なにせワシの墓標は……こんなに大きなものがあるのじゃからな)


 師匠ゴーレムは最後にチラリと最愛の弟子を見る。


(……む、閃いたぞ。やれやれ、死に際にもまた新しいゴーレム魔法を思いつくとはワシもつくづく……頭ゴーレムじゃな)


 そして完全に崩れて、物言わぬ鉄クズの山へと戻った。


 巨人ゴーレムは尻もちをついて、周囲の大地が大きく揺れるのだった。

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