第172話 最後の戦い、ここに①
俺は師匠の肩に手を触れて、魔力を練り始めた。
師匠の根幹たる魔力核を暴走させる……つまり師匠の魂を俺の手で潰す行為のために。
やりたくはない、やりたいはずはない、だがやらねばならない。
なんとなく感じてしまうのだ。きっと師匠が今まで生きてきたのは、このためだったんじゃないかと。
今この瞬間、俺にレイラスを止める術はない。ゴーレム魔法は事前準備が必要なので、彼女に対抗可能なゴーレムがいない。いやいなかったはずだった。
目の前にいる師匠という存在を除けば。
『弟子よ、いやベギラよ! 言っておくか加減などするでないぞ! あわよくば助かるように暴走を軽減など、考えていては全て失うぞ! 相手はあのお嬢ちゃんじゃ!』
「分かってます! 師匠の花道を、半端な手入れで汚しはしませんよ!」
『なんじゃ、分かっておるではないか! ならばワシのことより、愛する妻へかける言葉を考えておくんじゃな!』
師匠のコアが異常な力を発揮し始めたのを感じる。
すぐ散ることを対価とした、瞬間的な極限の輝き。花火の如き一瞬のために。
すでに準備は整った。俺が一言告げれば、後は成る。成ってしまう。
……俺は師匠の顔を見た。人間の時とは違う無機質で、無表情というか顔のパーツがないノッペラボウ。
身体も鉄のゴーレム……だが彼は間違いなく俺の師匠だ。
もっと師匠と楽しくゴーレムを作っていきたい。なのでここで終わりにしたくない。
だがだからこそ。これからもゴーレムを楽しく作るために、ゴーレムを殺りく人形にしないために。
そして何よりレイラスを……俺の妻を止めるために……!
俺は全てを振り切るように大きく息を吸って叫ぶ。
「師匠、行きますよ!」
「ベギラ! そんな辛そうな声を出すでない! これより現れるは今までの最強、伝説を描くゴーレムじゃぞ! そんな伝説を創った者なら堂々たれ! ゴーレム史を彩るだろう師匠と弟子の、最高合作なのじゃからなぁ!」
ノッペラボウのはずの師匠の顔に、生前の師匠の顔が写った気がした。笑っている、こんな状況下で本当に楽しそうに。
ああ、そうだ。師匠は本当にゴーレム好きだ。俺が弟子となった時から、身体は大きく変わったが心は無変。
ならば、俺は弟子として師匠の望みに尽くそう。
「《コア・スタンピード》!!」
俺は師匠の終わりを告げる魔の法を呟いた。
身体が衰弱して吐きそうになる。それは魔力を限界まで使っているからか、いやきっと違うだろう。
師匠の身体が光り輝いていく。普通ならばコアの暴走によって全身を桃色の光が包むが……師匠は金と銀の二色に発行していた。
《むはははははは! これが伝説となるゴーレムか! たぎる、たぎるぞ! 力があふれ出てくるようじゃ! なるほどなるほど! 時間があるなら全て紙に記録するんじゃがなぁ!》
興奮を隠しきれない師匠の声が、直接脳内に響いてきた。俺もそんな師匠を見とれている。
「な、なんて魔力……それに心に直接語り掛けて……!? もはやこの世の理から外れているのでは……!?」
エルフの女王は茫然としながら呟く。
当たり前だ。師匠が命を賭けた最高傑作だぞ……この世の理程度で測れると思うな!
《ベギラ! ワシは巨人ゴーレムをやる! お主の大一番はその後じゃ! お嬢ちゃんを言い含めろ! 決して失敗するなよ》
「はい!」
師匠はゆっくりと巨人ゴーレムに向けて歩いていく。
巨人ゴーレムは迎え撃つように、足を大きくあげた。踏みつぶすつもりなのだ。
『……そのまま進めば潰します。どうかお下がりください』
レイラスの声が戦場に響く。だが師匠の歩みは止まらない。
《レイラスのお嬢ちゃんよ。お主の心意気を変えるのはベギラの仕事。なればワシはゴーレムについて説教しよう。ゴーレムは虐殺のための道具ではない》
『……だとしても、やらねばならないことはあるのです。貴方の声でも聞けません』
響く声に僅かに震えが混じる。怯えているのだ、あのレイラスが。
師匠という超越的な存在を前にしては、彼女ですら予測し得なかったということか。
《ふっ、じゃろうな。先も言うたがワシの仕事はお嬢ちゃんの説得ではない》
『……最終警告です、退いてください。さもなければ……』
《下がらんよ》
一瞬の静寂。そして再び風が吹いた。
『ならば仕方ありません。私も切り札をお出ししましょう。風魔法部隊、巨人ゴーレムに風を集めなさい』
巨人ゴーレムの身体が竜巻に覆われて行く。胴、頭、腕、足……全て竜巻が鎧のように纏われた。
……そうか。風魔法は別にエルフやレイラスの専売特許ではない。
彼女らには劣るが人間でも扱える者はいる。そして大勢集めれば巨人すら纏う力になる。
『まだです。炎魔法部隊、豪炎を』
レイラスが告げた瞬間、巨人ゴーレムが火に包まれた。
いや違う、竜巻の鎧が燃えているのだ。
炎の渦に包まれた巨人……まるで神話のごとき光景であった。
『……本当ならエルフたちを潰す直前に、この姿を見せるつもりでした』
《なるほどのう。神が舞い降りてエルフを潰した、と。この姿であれば納得する者もあろうな。そしてお主は神の使者か代弁者と言ったところかのう?》
……レイラスは用意周到に、エルフを潰すつもりだったんだな。
確かにこのゴーレムがエルフを潰せば、驕った存在が神の裁きを受けたと見えるかもしれない。
そうすればレイラスは世間的には、殺戮者でなく執行人と見てもらえるかもしれない。そうなるように準備していたのか。
だがそれで仮に世間の目は欺けても、彼女自身の自責からのは逃れられないだろうに……!
『神の化身よ! 彼のエルフを潰しなさい!』
巨人ゴーレムは前進する。狙いは師匠ではなくてエルフたち。
当然だ、彼女は別に師匠ゴーレムを倒す必要はない。エルフたちさえ殺しきってしまえばそれで終わりなのだから。
だが…………。
《そうはいかぬ! ふんっ!》
師匠は跳躍して巨人ゴーレムの腕へと飛び掛かる。炎の竜巻の鎧が師匠に襲い掛かるが……今の師匠に、そんな程度など無意味だ。
《はああああああぁぁぁぁぁぁぁ!》
師匠が巨人の右腕に対して手刀を放った。まるで一寸法師が鬼の腕に切りかかるがごとき所業。
だが……巨人ゴーレムの右腕は根本から切断され、地面へと落ちて行った。
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