第171話 切り札


 俺は急いでドリルゴーレムを四体ほど改造し、合計五体のプロペラゴーレムを横並びにさせた。


「ゴーレム! 風を起こして師匠を援護しろ!」


 プロペラゴーレムが俺の指示に従い、巨人ゴーレムに向けて旋風を吹かせる。


 巨人ゴーレムはレイラスの風魔法で支援されているので、それを乱すのが狙いだ!


 だが旋風は巨人ゴーレムに届くまでに霧散してしまった。


『ムダです。そんなそよ風では』


 レイラスの声が周囲に響く。


 やはり人サイズのプロペラゴーレムで、巨人に立ち向かうのは無理か! この大きさでは起こせる風などたかが知れている……! 


『これならば……やはりダメか!』


 跳躍した師匠が巨人ゴーレムの腹に拳をいれようとする。だがやはり拳が届くまでに風で遠くへ吹き飛ばされてしまった。


 くそっ! 巨人ゴーレムが風の鎧を纏っているのズルいだろ!


『ベギラ、今から私はエルフを潰します。凄惨な光景でしょうから見ない方がいいですよ。ゴーレムの殺戮など見たくないでしょう』

「分かっているならそんなことするな!」

『それは出来ません。どんな手段を用いてもエルフはここで滅ぼします』


 巨人ゴーレムがゆっくりとエルフ達の元へ近づいていく。


 だがエルフたちは逃げない、立ち止まって茫然と巨人を見続けている。彼らの表情には諦めがあった。


「くそっ! 何かないか! 巨人ゴーレムを止める手段は……!」


 このままではエルフたちが全員踏みつぶされて、レイラスは稀代の殺戮者だ! 


 ダメだそれは! レイラスはそんな悪名が似合うような娘じゃないんだ! 


 そうだ彼女は決してそんなに強い人ではない。脳裏にレイラスと食事会をした時のことがよぎる。


 俺達と仲良くしたいと不器用に頑張った少女。レイラスは性根は優しい心を持っていて、決して独裁者の気質があるわけではない。


 だがその上で為政者として厳しい判断を下しているのだ……きっと生涯、この殺戮を心の傷にしてしまうと覚悟の上で!


 そんなことさせるわけにはいかない! これしか選択肢がないならまだし、ゴーレム技術が発展すればエルフを全滅させる必要もないのに!


『弟子よ。ひとつ聞きたい』


 先ほど風に吹き飛ばされた師匠が、俺の元へと走ってきた。


「なんですか!? いま話してる暇は……」

『その上でじゃ。どうしてもレイラスを止めたいか?』

「当たり前です! ゴーレム魔法はこんなことのためにあるわけでもないし! レイラスはこんなことして平気な娘じゃない!」


 師匠に向けて叫ぶ。


 レイラスは無理をしているのだ。そしておそらく……心のどこかで、俺に止めて欲しいと思っている。


 そうでなければ説明のつかないことがひとつあるのだ。だからこそ俺は、絶対にレイラスを止めなければならない。


 師匠はしばらく腕を組んで黙り込んだあと。自分の顔を両手でガンと叩いた。


『……よし。その言葉、しかと聞いたぞ。ならばベギラよ、ワシを使え』

「いや使えと言われても、あの巨人ゴーレムを止める手段が……」

『あるじゃろう。お主が完全に自力で開発した、とっておきの切り札が』


 師匠の言葉を聞いて俺はハッとした。


 俺のとっておきの切り札にして、完全に自力で開発した切り札。そして師匠を使えという言葉……これらが意味することはつまり。


「ははは、師匠。冗談キツイですよ……コア・スタンピードは、使ったゴーレムが爆発しますよ……?」


 コア・スタンピード。


 ゴーレムのコアを暴走させることで、一時的に超性能を与える魔法だ。俺も何度も頼りにしてきた強力無比な力。


『じゃがあの力であれば、巨人ゴーレムも潰せるじゃろう』

「し、しかしそれは……」


 だが強い力にはデメリットがあるものだ。


 コア・スタンピードのデメリット、それはコアが暴走した後に自壊すること。どれだけ性能のよいゴーレムでも例外はない。


 ――つまり師匠に使えば死ぬ。そんなことは俺が言うまでもなく、師匠が一番分かっているはずだ。

 

『それ以外に方法はないじゃろ。なにせあの巨人ゴーレムにレイラスのタッグと来ればな。後言っておくが、ワシのコアを暴走させるのは容易ではないぞ。お主にも危険が』

「しかしそれは!」


 叫ぼうとした瞬間、師匠は俺の頭を撫でてきた。


『ベギラよ、判断を見誤るな。ワシはな、死人が動いているようなものじゃ。そんなワシの身体ひとつで、どれだけのことができると思ってるんじゃ。弟子の願いを叶えて、弟子の妻を止められる。こんなによい状況はもうないぞ』

「…………」


 俺は師匠の言葉に返事できない。


『ゴーレムの未来のためにもじゃ。巨人ゴーレムに殺戮を許せば、今後は兵器にしか見られなくなる。それに……ワシはもういない方がいい。人の心を得たゴーレムは、今後のゴーレムの発展には不要じゃ』


 師匠はゴーレムなので表情は分からない。だが俺に笑いかけた……ように見えた。


『そんな悲しそうな顔をするな。本音を言うぞ? ワシは何より……自分の創ったゴーレムが、どれだけの境地にたどり着けたか確認したい。そんなことができる相手など、もはやこの機を逃せば存在せぬ! ワシの最終最高傑作を試すに! あれほど相応しい相手はおるまい!』


 …………。


「わかり、ました。やりましょう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る