第168話 終わり
巨人ゴーレムが俺達の方へ、つまり竜巻へ向けて歩いて来る。
『……っ! 民たちよ、恐れるな! こけおどしにすぎません! 我らの魔法は破れない!』
女王エルフが叫ぶとその声が戦場に響く。
確かに術者であるエルフの数をあまり減らせていないので、あの竜巻はそこまで弱体化していないはずだ。
計算ではある程度のエルフを減らさないと、巨人ゴーレムでは竜巻が破れないとの話だったのに。
『確かに巨人ゴーレムだけならば無理でしょうね。ですが……私がいることをお忘れですか? 非常戦力だった貴女の力が弱まったならば、もう止められる者はいない』
レイラスの声が風に乗って聞こえてくる。
それと共に戦場に強烈な風が吹き、更に巨人ゴーレムがこちらに近づいて来る。いやさっきよりもわずかに歩く速さが増している……?
おかしい、巨人ゴーレムの歩行スピードがスペックより速い。そして巨人は更に足の動きを早めてとうとう走り出した。
……やはり本来のスピードよりも遥かに速い! これは……はっ!?
「……そうか。追い風か! この風で巨人ゴーレムを後押しして……!」
レイラスは元々風魔法の使い手だ。以前のアイガークとの戦争でも自軍の矢に追い風を与えて、敵軍の矢には向かい風で無力化をしていた。
それを巨人を対象にやっているのだ……! なんて魔法の力だ、エルフたちにも劣らぬどころか勝っているのでは……?
『おお、レイラスのお嬢ちゃん。巨人ゴーレムの肩に乗っとるぞ』
師匠が巨人ゴーレムを眺めながら呟く。ええっ!? そんな危ないところにいるのか!? 冗談抜きで身体張ってるなぁ……。
「くっ……バカな!? 我らに匹敵する風の扱いだと!? あり得ぬ! 貴様のことは散々調べたが、ここまで強力な風など操れぬはずだ! 貴様の出た戦場も全て見ていたのだぞ! このような力など……!」
エルフの女王は悲鳴をあげた。
彼女にとってもレイラスの力は計算外だったらしい。俺だって知らなかったくらいだからな。
悲鳴に返答するように再び風が吹き始める。
『切り札を隠していたのは、貴女がただけではないということです』
「ば、バカな!? 我らの存在を認知していたというのか!? 我らエルフという脅威をずっと把握し、対立に備えていたと!?」
『それは自惚れですね。私はただ切り札をずっと隠していただけです。どんな相手でも使えるようにと。それを切るのが今回になっただけ』
レイラスの声が戦場にこだまし、巨人ゴーレムが勢いよく竜巻に突っ込んでいく。
巨人の振り上げた右腕にもまた、鎧のように風の竜巻が纏っていた。
『巨人よ。その剛腕で砕きなさい、過去の歴史を』
巨人ゴーレムが竜巻に拳を振り下ろす。エルフたちの防壁である竜巻と、巨人ゴーレムに右腕がぶつかり合って拮抗したかに見えたが……さらに上からたたきつけるような風が吹いた。
『これで終わりです』
ゴーレムの右拳が竜巻を打ち破り、地面を打ち付ける。エルフたちの出現させた竜巻はすでに消え去っていた。
レイラスの助力を得た巨人ゴーレムが、エルフたちの切り札たる竜巻を破ったのだ。
「ば、バカな……我らの切り札が……」
エルフ女王は唖然としながら巨人ゴーレムを見て、がっくりと肩を落とす。
いや女王だけではない。周囲にいたエルフたちも力なく地面にへたりこんでいる。おそらく魔法が破られた反動でまともに動けないのだろう。
……すげぇ、本当にすげぇ。流石はレイラスだ。
風でゴーレムを後押しする、なんて言葉で言えば簡単だが、実際にやるのはかなり難しいはずだ。
まず巨人の追い風になるほどの風となれば、かなり風力が強くなければならない。つまり発動に相当な魔力量を必要とする。
さらにだ、強い魔法であればあるほどコントロールが難しい。ボールを投げるのでも全力と八割では、コントロールに大きな差がつくだろう。俺は力抜いても変なところに飛ぶが。
『ベギラ、ありがとうございます。黙っていてすみませんでした。エルフの余剰戦力を無力化し、巨人ゴーレムへの妨害を無理にする。この作戦をエルフに感づかれるわけにはいかなかったのです』
「構わない。俺は顔に出やすいタイプだしな……」
レイラスの呟きに俺はうなずいた。
彼女が俺をエルフたちに近づかせたのは、おそらくエルフ女王を消耗させるためだったのと。黙っていたのはそれをエルフ側に悟らせないためか。
……俺は嘘つくのあまり得意じゃないから、英断と言わざるを得ない。教えてもらえなかったのちょっと悔しいけど、悔しいけど!
結果的に作戦が上手くいって勝てたからよしだ!
『ありがとうございますー。ではベギラは下がってくださいー。後のことは私がやりますからー』
「ああ、わかっ……ん?」
俺は風に流れてくるレイラスの言葉に同意しようとして、ほんの少しの違和感に気づいた。
レイラスの口調が間延びしていて、本心を隠す言葉遣いになっていることに。彼女が心を開いてくれるまではいつもこんな感じだったのだ。
……よく考えたら俺が下がる意味あるか? エルフはもう降伏するだろうし、その後の捕縛にはゴーレムがいた方がよいはずだ。
「俺も残るよ。ゴーレムの力が扱えた方がいいだろ?」
『いえー。貴方がそこにいると危ないのでー。愛する夫を危険な戦場に置いておきたくないというかー』
「もう危険じゃないと思うんだが……勝ったようなものだろ」
エルフたちはもうまともに立てる奴もほぼいない。人の軍もその様子を見て、すでに武器を捨てて投降の様子を示し始めていた。
エルフの女王にいたっては地に伏している。師匠の攻撃のダメージはやはり効いていたようだ。
つまり俺達は勝ったのだから。師匠という護衛もいるので、俺がすぐにここから下がる必要はない。
『ベギラ、お願いしますー。下がってくれないとゴーレムで踏みつぶしますよー?』
いかん、レイラスが少し怒り始めている。さてどうするか。
「おおう……もう少し待ってくれ。ゴーレムの試験もしたいし」
俺はこの場に居座ろうとするが、師匠は微動だにせずに巨人ゴーレムを眺めていた。
『……待て、我が弟子よ。お嬢ちゃんに聞きたいことがある』
『なんですかー?』
『何故エルフに降伏勧告をせぬ? いつもの戦なら最初からずっと、降伏を促していたじゃろう。ましてやこんな勝ち確定の場面で。ベギラ、お主もいい加減に気づかないフリはやめろ』
「…………」
俺は師匠の言葉に応えられなかった。
わかっている、レイラスの様子がおかしいことは。いつもなら常に戦場中に声を響かせて敵に降伏を促す状況だろうに、今回の戦いでは一切叫ばないことを。
だが違うと信じたい。レイラスなら俺の予想なんて裏切ってくれると。
彼女なら……エルフを根絶やしになんてしなくても、もっと良い方法を思いついてくれると……。
『二人とも下がってください。これより巨人ゴーレムで、エルフたちを全員殺します』
…………信じたかった。俺の好きなレイラスは、そんなことはしないって。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます