第163話 エルフ


 レーリア軍がエルフとの接敵に気づいた一時間以上前。


 エルフ軍の後方に位置する部隊の馬車の中。そこではエルフの女王がドレス姿で席に座っていた。


 外の風景が見えるようにか馬車の窓は全開にしている。そこに一陣の風が吹いた。


『伝令です! 人間の軍が前方に確認できました! このままならおよそ二時間ほどで接敵します! 巨人ゴーレムの姿も確認!』


 男の声が馬車の中に響く。


「わかりました。引き続き、空からの哨戒を続けなさい。なにかあれば逐一の報告を」

『ははっ!』


 エルフは風を操って空を飛べる。敵よりも高い視点を持てるというのは戦において極めて有利だ。


 城が丘や山の上に建っていて、階層が高いことが多い理由はいくつかある。そのひとつとして敵軍を上から眺めることで、相手の動きを把握できるという大きなメリットがある。


 敵軍の動きを上方から見ることで、大雑把に相手の取っている行動が分かるのだ。つまり敵よりも情報戦で優位に立てる。


 現に今もエルフ軍はレーリア軍に有利を取っていた。レーリア軍が一時間後にようやく知れる情報を、エルフはとっくの昔に把握しているのだ。


 エルフたちは人間を見下していた。空からの目をもって。


『全軍に伝達。絶堕風壁の準備をしなさい。レーリア軍とおおよそ二時間で接敵します』


 女王の声がエルフ軍の全員の耳に入り、エルフ全軍の兵士の顔がひきしまっていく。


 エルフの風魔法が恐ろしい理由。それは純粋な力による威力だけではない。


 敵の上から目線で情報優位に立ち、かつ迅速な指示と連携をせしめる力。軍の統率、連携、軍略において他魔法と一線を画していた。


 もはやエルフたちの情報収集力は、無線などがあった地球近代の軍隊にすら勝る。ましてやこの中世レベルの世界の技術においては圧倒的だ。


 敵は必死に山などの高台を確保し、櫓を建てて少しでも視界を手に入れようとする。狼煙や太鼓などで伝達合図を工夫して連携力を上げようとする。


 それらをあざ笑うかのように、空を飛んで見下ろし風魔法で即座に通信するのだから。


 レイラスが大軍を完璧に指揮できているのも、風魔法により全軍に声を届けられるのが大きい。エルフはそれにさらに空からの目を手に入れている。


『我が民たちよ。ここにいるのは真の意味でのエルフ全員。この軍が負ければすべて終わります』


 女王の声が周囲に響く。


 彼女の言葉は真実だった。エルフは信じられないことに、国民のほぼ全員を連れて進軍している。足手まといになりかねない女子供も引き連れて。


 そんな常人ならあり得ざる、常軌を逸する愚策を行う理由。それは二つあった。


 一つはエルフは女子供も魔法の使い手なので戦力にできること。頭数が増えれば魔力が多くなるので、より放つ魔法が大規模になる。


 そして二つ目。むしろこちらのほうが女王にとっては重要だろう。それは……。


『負ければすべて終わります。貴方達が逃げれば死ぬのは妻であり子です。もはや逃げ場はありません。この戦こそが我々の命運を決めています』


 背水の陣という策がある。背後に川がある場所に陣を敷いて、逃げ場をなくして兵士に決死の覚悟で戦わせることだ。


 軍隊というものは基本的に三割の被害を受けると全滅判定になる。それは色々な理由があるが、そもそも三割も軍が被害を受けたら兵士は恐怖のあまりに逃げて行く。


 軍にとって兵士は消耗品だが、兵士にとって自分の命は大切だ。なので戦の趨勢が決まった時点で、劣勢側の軍は大抵瓦解する。兵士は己の命を優先するので士気がもたないのだ。


 だがそれを避ける方法がある。兵士たちが逃げられない状況を作り出すことだ。ここで逃げても意味がない、と分かりやすく示して決死の覚悟で戦わせる。


 背水の陣ならば背後に川があるので物理的に逃げられない。エルフたちの場合は感情での川……負けたら終わり、退けば他の者が死ぬ。そんな気持ち的に逃げられない状況を作るためにも女子供を帯同させている。


(私たちは負けられぬ。次に負ければ今度こそエルフは滅ぶ。この戦で負ければ結局、我々は全滅させられるだろう。ならばそれを分かりやすく示すことで士気を上げる)


 エルフの女王は負ければ確信していた。負ければエルフは根絶やしにされると。


 自分達がゴーレム技術を滅ぼした張本人だからこそ、そうするだろうと理解できる。


(ゴーレム魔法という相性最悪のものさえなければ、我らの風魔法こそが最強だ。この戦を以て今度こそゴーレム魔法を禁忌にする)


 風魔法は極めて優秀な魔法だ。


 火も水も他のものも大抵吹き飛ばすし、風で後押しした弓矢は敵軍よりも射程が長くなる。情報での優位を取れるので軍隊の指揮にも有用過ぎる。だがゴーレム魔法だけは最悪の相性だった。


 半端な風ではその重量を吹き飛ばすに至らない。ゴーレム軍は意思がないので、奇襲などが成功しても混乱が期待できずに成果が薄い。情報で優位を取って奇策を繰り出しても、力と丈夫さでゴリ押しされる。弓矢も効かない。


 風魔法の利点のほぼ全てが、ゴーレムには通用しない。だから数で劣るエルフは優位性なしでは勝てない、だからゴーレム魔法を憎み滅ぼした。


 しばらく待機したあと、エルフの女王は意を決して宣言する。


『すべてのエルフに告げます。絶堕風壁、発動しなさい』


 ここにエルフたち最後の切り札。相性の悪いゴーレム魔法にすら通用する力が解放された。

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